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集広舎

Archive for March 2009


コラム新着情報

【集広舎コラムの更新です】

・2009年3月21日
若き日の遠山金四郎・鳥居耀蔵・水野忠邦の知恵比べを描いた小説、田牧大和氏の「三悪人」の書評、
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む第3回」が更新されました。
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む」を過去のコラムも合わせてお楽しみ下さい。

コラム新着情報

【集広舎コラムが更新されました】

・2009年3月18日

中国のとりわけ北京の胡同に関心を寄せるフリーライター多田麻美さんによるコラム、
北京の胡同から/第11回』が更新されました。
今回のコラムは、北京で行われている無形文化財の知識の普及についてご紹介です。

過去のコラムも合わせて御覧下さい。

書評/原文で楽しむ明清文人の小品世界

集広舎発行書籍「原文で楽しむ明清文人の小品世界」の書評が届きました。

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大木康著『原文で楽しむ明清文人の小品世界』を読む
──二十年ぶりの授業
(名古屋外国語大学准教授)船越達志

本書は、読者が原文を丁寧に読むことを通して、明清時代の文人の生き方と美学の世界に触れ味わうことを旨として書かれた書である。原文が掲げられる際には、原文、訳文、訓読(散曲はなし)、語釈、という構成がとられている。その前後に、その作品に関する詳しい解説が付されている。取り上げられる文章は、八股文、小品文集の序文、散曲、美人論、若い側室の伝記、手紙、庭園修復の記録、旅の心得等様々である。これら原文が伝える文人達の生の声には、胸を打たれるものがある。愛姫に先立たれた文人の悲しみ、獄中にありながら父母の健康を気遣う文人の孝行の想い、流刑になっている友人を案じる文人間の友情など、偽りの無いその真心は感動的である。こういった文人達の真情に触れることができるのは、原文を介してのみ味わえるものである。本書ならではと言えるであろう。
 原文を味読し、文人の世界に触れることは、それ自体大変興味深いことであるが、本書では、ただ単に原文が提示され、それで終わるわけではない。その原文に対する解説中で、原文にまつわる様々な情報が提示されるのである。これが大変興味深い。例えば、第一章で取り上げられる八股文「唐寅の西廂八股」は、各テキストの状況等から、元来唐寅の作ではなく、後世作者に仮託されたことが示される。また第五章で取り上げられる「呉姫扣扣小伝」は、冒襄の愛姫、呉扣扣が死去した際に、陳維崧が記した彼女の伝記であるが、これにはその十年前に死去した冒襄の愛妾董小宛の影が漂っている。第七章で取り上げられるのは蘇州の名園滄浪亭修復について記した宋犖「重修滄浪亭記」であるが、著者は実際に現地を訪れ、原文と比較しながら現在の様子を紹介する。こういった一歩踏み込んだ解説が、興味深く語られていく。さながら各章が、一時間、一時間の講義のように展開し、読者をひきつける。
 また筆者は、『紅楼夢』を専門に研究しているが、そういった者にも本書は多くの示唆を与えてくれる。『紅楼夢』は様々なテーマを持つ小説であるが、恋愛小説としての側面に注目した際、『西廂記』は重要な関わりを持っている。『紅楼夢』第23回には、主人公賈宝玉とヒロイン林黛玉がともに『西廂記』に心酔する場面が描かれている。その際、賈宝玉は林黛玉に、自らを『西廂記』中の恋人に見立てる文句を投げかける。面と向かって恋愛感情を吐露することのない『紅楼夢』においては、極めて重要な場面である。この賈宝玉が林黛玉に投げかける言葉の基づく台詞、「我是箇多愁多病身、怎当他傾国傾城貌」をもとに作られた八股文が、本書第一章で取り上げられている。本書では、『紅楼夢』中に出てくる『西廂記』が金聖歎本であることを指摘した上で、「曹雪芹は、あるいは金聖歎本『西廂記』に付された八股文の題目を通して、この一句を心に留めたのかもしれない」とする(52頁)。本書で取り上げられる八股文は、『西廂記』と『紅楼夢』を結ぶ極めて重要な作品であったというのだ。また第四章で取り上げられる美人論、衛泳『悦容編』の序には、情ある女子が埋没してしまうことを恐れ、筆を執ったことが記されているが、すぐれた女性の名が伝わらないことを心配し、筆を執るというのは、冒襄『影梅庵憶語』や『紅楼夢』にも見られる一つのパターンであることが指摘されている(141頁)。これは「甲戌本」と呼ばれるテキストに付された凡例「紅楼夢旨義」に記された『紅楼夢』の執筆動機であるが、一つのパターンとする指摘は興味深い。また本書には、董小宛、納蘭成徳など、紅学上、話題となった人物達も顔を出す。
以上は、筆者の関心から述べた一例にすぎないが、読者それぞれの関心に本書は多くの示唆を与えてくれると思われる。作品、作者、時代などの解説を通して話題は縦横無尽に駆け巡るからである。『西廂記』、『紅楼夢』、陶淵明、「三言」、『子不語』、周作人、『情史類略』、李漁、『浮生六記』等々、文学史でもおなじみの名称にも説き及ぶし、もちろん作品の背後にある当時の社会(例えば科挙)も、実感として浮かび上がってくる。まるで講読の授業において、原文解釈を通して先生が多大な薀蓄を語るのを受講しているかのようである。このように教室における講読の授業を彷彿とするのは、本書の大きな特徴である。私事にわたるが、本書の著者・大木康先生は、筆者の学生時代の恩師である。当時受講したのは「唐宋の古文」と題された科目で、韓愈の古文の講読であった。授業は、演習形式であったが、先生の作品解説は縦横無尽に広がり、白話小説や当時の新説などにも及んだ。まさに本書の展開はあの時の授業を彷彿とする。その次年度には、明清小説の講読と文学史の概説が予定されていたが、先生の転勤により、それはかなわなかった。今、本書を読み終え、二十年を隔てて、その幻の授業出席がかなったかのような感を受けた。

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今後とも集広舎発行書籍をどうぞよろしくお願いします。

集広舎新刊案内/インド解き放たれた賢い象

【集広舎新刊案内】

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書名:インド解き放たれた賢い象
著者:グルチャラン・ダース
訳者:友田浩
A5平/418頁
定価 3,486円(税込)
発行:集広舎
発売:中国書店
ISBN:978-4-904213-04-9 C0098 ¥3320E

インド人による初めての本格的なインド紹介の本と評判の『インディア・アンバウンド』の邦訳。ノーベル経済学賞受賞者アマルティア・センも「自叙伝、経済分析、社会調査、政治点検およびビジネス展望が、ない交ぜになってインド理解へと導く素晴らしい本」と絶賛する。

【本書構成】
第一部 希望の春(1942〜1965)
 第一章 英語で怒鳴り、サンスクリット語で詠唱する
 第二章 バザールの匂い
 第三章 行き先のない列車
 第四章 あのとき盲目、そして今は?
 第五章 もしかつて豊かだったのなら、なぜ今は貧しいのか
 第六章 新聞配達の道
 第七章 資本主義で富み、社会主義で貧する
第二部 失われた世代(1966〜1991)
 第八章 バザールの力
 第九章 《レルマロホ》と《台中在来1号》
 第十章 カースト
 第十一章 ゼロを掛ける
 第十二章 マルワリ商人
 第十三章 カブタルカーナの夢
 第十四章 許認可の憂うつ
第三部 夢の復活(1991〜1999)
 第十五章 一九九一年「黄金の夏」
 第十六章 百万人の改革者たち
 第十七章 ニューマネー
 第十八章 オールドマネー
 第十九章 中流階級の着実な台頭
 第二十章 近代と西洋
 第二十一章 まず民主主義、それから資本主義
 第二十二章 知識は富なり
 第二十三章 新しい国家

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【集広舎コラムの更新です】

・2009年3月9日
雨宮由希夫さんの歴史時代本の書評が書かれた
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む第3回」が更新されました。
今回は「忠臣蔵」で知られるこの元禄赤穂事件を題材にした森村誠一氏の「武士の尾」です。
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む」を過去のコラムも合わせてお楽しみ下さい。

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【集広舎コラムが更新されました】
・2009年3月4日

劉燕子(Liu Yanzi)さんのコラム「燕のたより/第7回」が更新されました。
『王力雄『私の西域、君の東トルキスタン』を読む
──新疆のパレスチナ化、或いはチェチェン化』です。

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