燕のたより 第21回
王丹と陳光誠
一九八九年の天安門民主化運動の学生リーダーであった王丹さんからメールが届きました。当時、彼は北京大学歴史系の学生で、六月四日の天安門事件の後、政府転覆の陰謀を企てたとして十一年の判決を下され、服役していましたが、一九九八年に病気治療を理由に仮釈放され、米国に出国し、ハーバード大学で歴史学博士の学位を取得し、現在では台湾の大学で中国近代史を教えています。 [全文を読む]
バウルの便り 第13回
女性党首モモタ・ベナルジー
女性党首であるモモタ・ベナルジーは、党派、宗派にかかわらず、西ベンガル人の尊敬と人気を集めているようです。首相となった今も、ゴム草履をはき、特別待遇は一切拒否し、護衛もつけず交通渋滞でも一般車と同じように停車し、声をかけてくる一般の人々の質問にも答える。モモタを批判する人にはあまり出会わないぐらい、一般人からの信頼を得ているようです。 [全文を読む]
廖亦武氏『ショル兄妹賞』を受賞
また、新たな朗報です。廖亦武さんが、ドイツで「ショル兄妹賞」を受賞しました。「ショル兄妹賞」は「独立精神、公民の自由、道徳、知識、美意識を促進し、勇気と今日の社会的責任を高める作家」に与えられます。廖亦武さんは劉暁波さんの盟友で、「〇八憲章」の最初の署名者です。一九八九年の天安門事件のとき「大虐殺」という詩を発表したため四年間も投獄されました。 [全文を読む]
北京の胡同から 第35回
外国映画をめぐるいくつかの情況
私を含めた北京の映画ファンには実に嬉しいことだが、今年4月末に行われた第一回北京国際電影季の後を追うように、現在北京では様々な国の映画祭が数珠を連ねるように開催されている。北京ではもう恒例ともいえるフランス映画祭の後、トルコ映画祭、スウェーデン映画祭、日本映画ウィーク、ロシア映画祭がそれに続き、現在開催されているのは、モロッコ映画祭だ。 [全文を読む]
狼の見たチベット 第28回
高僧アジャ・リンポチェ
チベットにはトゥルクと呼ばれる特別な僧侶たちがいる。平たく言うと高僧が生まれ変わるという信仰だ。生まれ変わって、また坊さんとは御苦労なことだ。もっとも吾輩も生まれ変わりなんてものが本当にあるのならば、次も狼以外の生き物に生まれ変わりたくはないが。 [全文を読む]
燕のたより 第20回
女医の高耀潔 纏足のマザー・テレサ 八二歳からの亡命生活、最高齢の亡命者
高耀潔医師は一九二七年一二月一九日に山東省に生まれ、一九三一年九月一八日に抗日戦争(日中戦争)が起きると、河南省に移った。幼い頃は活発で腕白だったため、男の子のようではだめだと、五歳から纏足にされた。 [全文を読む]
北京の胡同から 第34回
写真に込められた願い──「草場地春の写真祭2011」開幕
北京のアート界で今、一番の話題といえば、やはり芸術区「草場地」を代表するキーパーソン、アイ・ウェイウェイの行方だろう。北京どころか世界中の、といってもいい。多くの人がご存じかもしれないが、香港に移動するため、北京空港で飛行機に乗ろうとしたところを突然拘束され、行方が分からなくなってしまった。 [全文を読む]
燕のたより 第19回
「日拱一卒、為民発声」―我が友・冉雲飛―
「日拱一卒、為民発声」は、四川省の作家、冉雲飛の座右の銘であり、その意味は、日々、一「卒」として少しずつ前に推し進め、民のため声を発するということである。これは、学者、思想家の胡適の「日拱一卒、功不唐捐」にならっており… [全文を読む]
北京の胡同から 第33回
被災者の方々へ──故郷の話 & 消えた文化財たちの墓標
北京の崇文門内の小報房胡同というところで、1997年、清代の郵政総局址を利用した、北京郵政博物館が開館した。開館当時の関係者の説明やウェブサイトの説明を読むと、ここは清末の1905年から1907年にかけて郵政総局だっただけでなく、民国期の郵政においても北京の第一支局として機能していたとのこと。 [全文を読む]
バウルの便り 第12回
「外」から見た日本
3月12日、あちこちから電話が入る。「日本のご自宅のほうは大丈夫ですか?」「日本のご家族の方はご無事でしょうか?」テレビも無ければ新聞も取っていない……そんなアシュラム生活をしている私が、今回の東日本大地震と津波のことを知ったのは、ニュースを見た村人からの知らせを受けたからでした。 [全文を読む]
狼の見たチベット 第27回
自死したプンツォク
プンツォクは東チベット、アムドのンガバという地域にあるキルティ僧院(キルティ・ゴンパ)という大きな寺院で修行している僧だった。キルティ僧院は、この地域でのチベット仏教ゲルク派(ダライ・ラマが属する宗派)の最大の僧院で3000人以上の僧侶たちが生活している。 [全文を読む]
燕のたより 第18回
最後の一撃──張健と天安門の兄弟
パリ十三区のポルト・ド・ショワジーの周辺は、「カルチェ・シノワ(中国人地区)」と呼ばれ、主にカンボジア、ベトナム、ラオス出身の華人が居住している。華人資本のスーパー、中華レストラン、中国仏教の寺院もある。フランスはヨーロッパで華人が最も多く居住する国と言われている。 [全文を読む]
燕のたより 第17回
茉莉花(ジャスミン)の物語
江蘇の民謡に「好一朶茉莉花(一輪のジャスミン)」があり、広く歌われてきた。またジャスミンはとても親しまれている花で、ジャスミン茶もよく飲まれている。ところが、最近、別な「ジャスミン」が現れた。 [全文を読む]
北京の胡同から 第32回
ドラマ、映画、小説が問う中国の「医徳」
昨年秋から今年にかけて、新聞やメディアでしばしば取り上げられている言葉がある。医療道徳、医師の備えるべき道徳などを指す「医徳」だ。これは、近年増加している医療訴訟や医療をめぐる数々の苦情申し立てを前に、病院や医療従事者がこれにどう対応するか、が強く問われるようになったからだ。 [全文を読む]
狼の見たチベット 第26回
追跡者ジグメ・ノルブ
インディアナ州でレストランを経営しているジグメ・ノルブというチベット人がいた。彼は吾輩たち狼でも真っ青になるほどの追跡者だ。彼は19回、延べ12500kmにも及ぶ長い距離を徒歩あるいは自転車で追跡している。ジグメ・ノルブが追い求めたのは柔らかい鹿肉でもなければ、猛々しい雄牛でもない。ジグメ・ノルブが12500kmの追跡で追い求めていたのはチベットの独立、自由と平和だった。 [全文を読む]
