コラム
いすみの古民家 ②

いすみの古民家 ②

わたしたちの家を見て、いすみの地元の人は率直に言う。「こんな家、よく、買いましたね」「こういう家に住みたいって感覚、ちょっとぼくらにはわかんない」古民家を好きなのは都会人だけ。それはまるで田舎の人の好みではないのだ。田舎の人はツルツル、ピカピカしたモノが好き。それに対して、都会の人はザラザラ、ゴワゴワしたモノが好きだ。考えてみれば、白洲正子も、ソローも、ターシャ・チューダーも、古いモノや自然を愛した著名人は誰もが、もともとは生粋の都会人だった… [全文を読む]
蒋経国と鄧小平──二つの改革開放

蒋経国と鄧小平──二つの改革開放

今年は中国の鄧小平が工業、農業、科学技術、国防の四つの近代化を掲げ「改革開放」、つまり市場経済の導入へと舵を切って40年を迎える節目の年である。鄧小平が権力を確立したのは、中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(「3中全会」1978年12月18~22日)で、毛沢東の負の遺産の解消-文化大革命で失脚した人々の復権や新たな国造りに着手した。共産主義国家・中国の一大転換点である… [全文を読む]
朝鮮戦争、政治運動下のラジオペキン

朝鮮戦争、政治運動下のラジオペキン

中華人民共和国は建国後、幾多の政治運動に翻弄される。それは中国共産党が新民主主義路線を反古にして「過渡期の総路線」を採択し、急速な社会主義化に舵を切ったことが原因のひとつになっている。中共が1950年代を通じて発動した主な政治運動を挙げてゆくと、三反運動、五反運動、農村における地主からの土地没収(中共は「土地改革」と自称)、公私合営、合作社運動、百花斉放・百家争鳴、反「右派」闘争、人民公社… [全文を読む]
トリレンマについて考える

トリレンマについて考える

国際金融や世界経済の分野では、トリレンマが話題になることがあります。トリレンマという表現はおそらく多くの人にとって初耳でしょうが、ジレンマと関係があるものの、2つではなく3つの要素の間で板挟みになる事態のことです。つまり、トリレンマという状況の中では、3つの目標全てを達成することはできず、そのうち2つを達成するためには残りの1つを犠牲にしなければならないというわけです。国際金融のトリレンマは、自由な資本移動、為替相場の安定… [全文を読む]
いすみの古民家

いすみの古民家

「古民家、見てみる?」──夫の言葉に背を押され、インターネットで物件探しをはじめたのは3年前。人生は短い。「いずれ…」という先延ばしはもうやめよう。多少がんばれば実現できることなら、だれにも遠慮せず、やってしまおう。昔から古いものが好きだった。建築も工芸も、古いものは美しい。フランス人は19世紀の建物にいまも普通に住んでいるし、チベット人は、お香の匂いのする古い文明をいまも守っている。だから、わたしはフランスやチベットが好きなのだ… [全文を読む]
陰キャと陽キャ

陰キャと陽キャ

「ママ、高校時代どんな子だった?」会話らしい会話もなくなった高1の息子から話しかけられると無条件にうれしい。それも、わたしのことを聞いてくれるなんて。自分語りの機会を逃すまじと長い演説が始まる。「えーとね、基本、目立たない普通の子だったんだけどね、『あぶれる』っていうのが一番、怖かったかな。球技大会や社会のグループ授業なんかで、先生が決めるんじゃなくて、生徒が好きな子たちでグループ作るってときがあるでしょ。『はーい、皆さん、席を立って… [全文を読む]
税収増や年金の安定につながる減価する貨幣

税収増や年金の安定につながる減価する貨幣

ベーシックインカムについては第5回ですでに取り上げましたが、今回はその関連で、財政や年金制度の安定という観点から、減価する貨幣について考えてみたいと思います。減価する貨幣は、シルビオ・ゲゼル(1862~1930)がその代表作「自然的経済秩序」(日本語訳はこちら)で提唱した制度で、通貨が一定期間ごとにその価値を減らすというものです… [全文を読む]
ウィンブルドン化する東京

ウィンブルドン化する東京

はたらく人が足りない。スーパー、コンビニ、飲食店、マッサージ店。どこもかしこも労働力の逼迫を感じる。一番よく見えるのがサービス業で、いつのまにか、周りは中国人、ベトナム人、インドネシア人の店員ばかり。一体、日本人の主婦や学生はどこに行ってしまったのだろう? サービスをされる側のお客さんも外国人がやたら多い。物見遊山のインバウンド外国人観光客、茅場町や新川のIT企業や証券会社で働くインド人や中国人エグゼキュティブとその家族。まるで外国のような光景は… [全文を読む]
通貨改革に関するスイスの国民投票

通貨改革に関するスイスの国民投票

6月10日にスイスでは、通貨改革に関する国民投票が行われます。この国民投票では、現在はどこの国でも認められている、民間銀行による通貨創造を禁止し、同国の中央銀行であるスイス国立銀行のみが通貨創造権を有するようにしようという提案について、賛成あるいは反対の投票が行われます。ちょっとわかりにくい投票ですが、社会の仕組み全体を大きく変える内容ですので、今回はこの内容について解説したいと思います… [全文を読む]
国民党系放送局の接収、国営化、公私合営──ラジオペキンの1950年代

国民党系放送局の接収、国営化、公私合営──ラジオペキンの1950年代

革命根拠地の延安(陝西省)から瓦窰堡、そして河北・渉県の沙河村、石家荘の西柏坡などを転戦して北平に入城した新華廣播電台は1949年6月20日に日本語放送を開局し、同年10月1日、中華人民共和国の建国とともに北京放送局(ラジオペキン)と改名して現代史における国際放送の歴史を刻みはじめた。まもなく… [全文を読む]
体育会系のチベット人

体育会系のチベット人

体育会系といえば、高校時代を思い出す。休み時間に廊下をふざけながら歩いていて、ふと気づくと、横にいたはずのバスケ部の友だちがいない。振り返ると、彼女は廊下の端でコクンと首を90度前傾させ、直立不動で凍っているではないか。見ると、前からバスケ部の先輩が歩いてくる。10秒ほど凍りついていた友だちは、先輩が通り過ぎるとたちまち生気を取り戻し、再び、何事もなかったかのようにじゃれついてきた。何も大名行列や帝国陸軍じゃあるまいし…。当時、文化系部活に… [全文を読む]
自由中国之声の成立と初期の日本語放送(1949~1970)

自由中国之声の成立と初期の日本語放送(1949~1970)

1945年8月15日、終戦の詔書が台湾でも放送され、台湾住民は台湾が日本人の統治から離れることを知った。9月1日に新しい統治者となる中華民国(国民政府、国府)から三人の代表が初めて台湾に姿を現したのに続き、10月5日には台湾省行政長官公署と台湾省警備司令部の前進指揮所が成立、25日には台北公会堂で日本軍の降伏式が行われ、ここに日本による台湾支配は… [全文を読む]
ラジオペキンの成立──中華人民共和国建国の前後

ラジオペキンの成立──中華人民共和国建国の前後

胡宗南が率いる国民党軍に包囲され、1947年3月に延安の赤色根拠地を放棄した中国共産党軍は、陝西の瓦窰堡、河北・渉県の沙河村、石家荘の西柏坡を転戦し、1949年3月25日、北平に入城した。そこでまず国民党のラジオ局を接収し、中央廣播事業管理処のもとで北平新華廣播電台を立ち上げた。延安を離れてから2年後のことだった。同年10月1日、中華人民共和国の建国を境に中央廣播事業管理処は中央廣播事業管理局に… [全文を読む]
ベーシックインカムは実現可能か?

ベーシックインカムは実現可能か?

ベーシックインカム(所得保障制度)は、基本的に誰に対しても平等に最低限の所得を政府が提供するという制度で、ここ数年、欧州諸国を中心としてこのベーシックインカムを試験的に実行している地域が増えてきたこともあり、日本でも前回の総選挙で希望の党が公約に掲げたことで、注目が増しています。今回は、このベーシックインカムについてちょっと考えてみたいと思います。ベーシックインカムというと、政治的左派や… [全文を読む]
延安新華廣播電台──ラジオペキンの濫觴

延安新華廣播電台──ラジオペキンの濫觴

中国国際放送局(ラジオペキン)の揺籃は延安にある。中国共産党が延安に根拠地を置く以前、その中心は江西省東部の瑞金にあった。1927年4月12日、蒋介石が上海で発動した反共クーデターで第一次国共合作が崩壊し、地下にもぐった中共はふたつに分裂する国民政府の所在地だった武漢と南京の喉元に位置する江西省南昌市で蜂起し、その後は拠点を都市から農村に移して江西、湖南、福建の各省を中心に根拠地を設け、瑞金郊外に中華… [全文を読む]