中国の歴代王朝は、あたかも文明の配電盤のようにユーラシア大陸の東半分に興亡した。中国側の呼称になる東夷、西戎、南蛮、北狄の周辺諸民族があびるようにその恩恵を受け、独自の文化を育んだのはいうまでもない。西や南の諸民族は陸と海のシルクロードからこれに浴し、北方民族はユーラシア大陸の東半分を南北に画する万里の長城を介して中華の文明を享受したのである。万里の長城は農耕と遊牧の諸民族が攻防した歴代の古戦場… [全文を読む]