中国知識人群像
「自由」を問い続ける人びと(3)

「自由」を問い続ける人びと(3)

中国の「維権運動(権利擁護運動)」に関する情報発信をしているウェブ サイト「維権網」は、12月21日のトップページで「国家政権転覆扇動 罪」に問われている劉暁波の初公判が2日後の23日午前9時から、北京市 第一中級人民法院で行われると伝えた。 [全文を読む]
「自由」を問い続ける人びと(2)

「自由」を問い続ける人びと(2)

2009年10月1日、中国は建国60周年を迎えた。厳戒態勢のもとで 10年ぶりに行われた大規模な軍事パレードは圧倒的な力を誇示し、一連の 祝賀行事は建国60年の輝かしい歴史を強調した。世界各国が金融危機の影 響から脱することができずにいた中で、中国経済はいち早く回復を見せ、高 い経済成長に裏付けられた自信に満ち溢れていた。 [全文を読む]
「自由」を問い続ける人びと(1)

「自由」を問い続ける人びと(1)

2009年12月25日、クリスマスに北京から届いたのは、「劉暁波、懲役11年」という知らせだった。中国の民主化についての建議書「08憲章」の起草者の一人であり、その発表前夜に拘束され、「国家政権転覆扇動罪」の容疑で逮捕された劉暁波に対して、北京市第一中級人民法院(地裁に相当)は、懲役11年と政治的権利剥奪2年の実刑判決を言い渡したのだ。 [全文を読む]
1989─2009

1989─2009

文献集を読みながら、幾度となく天安門広場を思い浮かべた。世界最大の広場を初めて凝視したのは、事件当時のニュース映像だった。その年、本放送を開始したNHK衛星放送は連日広場の様子を報道していて、自宅の居間のテレビでニュースにくぎ付けになっていた筆者は中国語を学び始めたばかりの高校生だった。 [全文を読む]
続・胡耀邦を記念する人びと

続・胡耀邦を記念する人びと

4月15日の胡耀邦没後20周年の前日に、北京から雑誌『炎黄春秋』の最新号が届いた。中国のジャーナリストや作家の友人たちからは、天安門事件20周年につながる胡耀邦関連の報道はできず、公式記念行事もないと聞いていたが、果たして『炎黄春秋』がどのような文章を掲載したか、あるいは掲載できなかったかが気になっていた。 [全文を読む]
胡耀邦を記念する人びと

胡耀邦を記念する人びと

山というよりは小高い丘というほどのなだらかな斜面を登りきったところに、胡耀邦の墓地はあった。生い茂る木々が切り拓かれ芝生の斜面が続くその先に、胡耀邦のレリーフが刻まれた巨大な墓碑がたたずんでいた。胡耀邦、1915ー1989。墓碑には、中国少年先鋒隊、中国共産主義青年団、そして中国共産党の徽章がそれぞれ刻まれている。 [全文を読む]
北京とプラハを結ぶ知識人たち

北京とプラハを結ぶ知識人たち

ステージ上には、穏やかに微笑む劉暁波の写真が掲げられ、自信に満ちた表情で胸を張る人たちの姿がある。 2009年3月11日、チェコのプラハで開催された One World 09 Human Rights Film Festival の開幕式で、2008 Homo Homini Award の授与が行われた。受賞したのは劉暁波と「08憲章」の全署名者で、写真はその授賞式でのひとコマだ。 [全文を読む]
李鋭と「09上書」

李鋭と「09上書」

李鋭は1937年に中国共産党に入党し、党や政府の要職を歴任した老幹部だ。抗日戦争時期は延安で党の青年工作や新聞工作に従事し、中華人民共和国建国後は『新湖南報』新聞社社長、湖南省宣伝部長などの宣伝工作を経て、1952年には水利電力副部長に就任した。 [全文を読む]
続・劉暁波「未来の自由な中国は民間にあり」

続・劉暁波「未来の自由な中国は民間にあり」

前回紹介した劉暁波の『未来的自由中国在民間』は、原稿を書き終えて一度は書棚に戻したのだが、ふと思い立って北京行きの旅支度に加えた。本の中表紙に、購入した日付と書店の名前を記すのはいつの頃からかの習慣で、「2006年11月18日、香港・田園書屋」とある。 [全文を読む]
劉暁波:未来の自由な中国は民間にあり

劉暁波:未来の自由な中国は民間にあり

「世界人権宣言」の採択から60周年を迎えた2008年12月10日、「08憲章」と題する文章が、作家の劉暁波が拘束されたという情報と共に海外のメディアによって報道された。中国の言論状況の実態を物語る事件である。 [全文を読む]