コラム
体育会系のチベット人

体育会系のチベット人

体育会系といえば、高校時代を思い出す。休み時間に廊下をふざけながら歩いていて、ふと気づくと、横にいたはずのバスケ部の友だちがいない。振り返ると、彼女は廊下の端でコクンと首を90度前傾させ、直立不動で凍っているではないか。見ると、前からバスケ部の先輩が歩いてくる。10秒ほど凍りついていた友だちは、先輩が通り過ぎるとたちまち生気を取り戻し、再び、何事もなかったかのようにじゃれついてきた。何も大名行列や帝国陸軍じゃあるまいし…。当時、文化系部活に… [全文を読む]
自由中国之声の成立と初期の日本語放送(1949~1970)

自由中国之声の成立と初期の日本語放送(1949~1970)

1945年8月15日、終戦の詔書が台湾でも放送され、台湾住民は台湾が日本人の統治から離れることを知った。9月1日に新しい統治者となる中華民国(国民政府、国府)から三人の代表が初めて台湾に姿を現したのに続き、10月5日には台湾省行政長官公署と台湾省警備司令部の前進指揮所が成立、25日には台北公会堂で日本軍の降伏式が行われ、ここに日本による台湾支配は… [全文を読む]
ラジオペキンの成立──中華人民共和国建国の前後

ラジオペキンの成立──中華人民共和国建国の前後

胡宗南が率いる国民党軍に包囲され、1947年3月に延安の赤色根拠地を放棄した中国共産党軍は、陝西の瓦窰堡、河北・渉県の沙河村、石家荘の西柏坡を転戦し、1949年3月25日、北平に入城した。そこでまず国民党のラジオ局を接収し、中央廣播事業管理処のもとで北平新華廣播電台を立ち上げた。延安を離れてから2年後のことだった。同年10月1日、中華人民共和国の建国を境に中央廣播事業管理処は中央廣播事業管理局に… [全文を読む]
ベーシックインカムは実現可能か?

ベーシックインカムは実現可能か?

ベーシックインカム(所得保障制度)は、基本的に誰に対しても平等に最低限の所得を政府が提供するという制度で、ここ数年、欧州諸国を中心としてこのベーシックインカムを試験的に実行している地域が増えてきたこともあり、日本でも前回の総選挙で希望の党が公約に掲げたことで、注目が増しています。今回は、このベーシックインカムについてちょっと考えてみたいと思います。ベーシックインカムというと、政治的左派や… [全文を読む]
延安新華廣播電台──ラジオペキンの濫觴

延安新華廣播電台──ラジオペキンの濫觴

中国国際放送局(ラジオペキン)の揺籃は延安にある。中国共産党が延安に根拠地を置く以前、その中心は江西省東部の瑞金にあった。1927年4月12日、蒋介石が上海で発動した反共クーデターで第一次国共合作が崩壊し、地下にもぐった中共はふたつに分裂する国民政府の所在地だった武漢と南京の喉元に位置する江西省南昌市で蜂起し、その後は拠点を都市から農村に移して江西、湖南、福建の各省を中心に根拠地を設け、瑞金郊外に中華… [全文を読む]
中国の放送と国民政府(大陸時代)の対日放送(1923~1949)

中国の放送と国民政府(大陸時代)の対日放送(1923~1949)

本稿は、台湾海峡の両岸から発せられる対外宣伝放送のうち、とくに日本語による放送に関し、実際の送出、受信に力点を置いた上で、両放送局を比較しつつ、その特色を歴史的に検証しようとするものである。連載にあたっては、中華人民共和国(大陸)側と中華民国(台湾)側の動向をこの順で交互に、可能なかぎり対応した形で進めていくが、歴史的事情から冒頭の… [全文を読む]
ビットコインの教訓

ビットコインの教訓

世界でも代表的な仮想通貨あるいは暗号通貨として一躍有名になったビットコインは、急速な値上がりにより世界各地の投機家の関心を引き付けることになりましたが、同時にその暴落によってその魅力が薄れてきています。前回(第3回の記事)は誰が通貨を発行すべきかについて検討しましたが、その内容を踏まえてビットコインについてちょっと考察してみたいと思います。ビットコインは、2008年にナカモト・サトシという人が発表した論文をもとにして導入された電子通貨で… [全文を読む]
お金は誰が発行すべきか?

お金は誰が発行すべきか?

現在の経済では、商品やサービスの取引を行う上でお金が欠かせないようになっていますが、その一方で、誰がどのようにしてお金を発行しているかという点についてはほとんど話題にならないままです。今回はこの基本的なテーマについて、深く掘り下げてみたいと思います。物々交換の時代は、お金は特に必要ありませんでした。お米や干し魚、衣服や食器など、自家消費以上のぶんが手元にある商品を市場に持っていって、直接交換したわけです。たとえば干し魚がたくさん手元にある漁師は、市場で魚を渡すかわりにお米や靴などを手に入れることで… [全文を読む]
嘉峪関と敦煌漢代長城

嘉峪関と敦煌漢代長城

山丹を出発した長距離バスは、長城を左窓にみながらシルクロードを西進する。張掖で一泊し、次の目的地の酒泉にむかう。嘉峪関は酒泉に隣接する嘉峪関市の郊外にあり、明代長城の西の端として知られる。嘉峪関市は製鉄の街である。1955年4月、中央政府は鉄の鉱脈がないといわれた西北地方に調査隊を派遣して祁連山脈の山中に相次いで複数の鉱脈を発見し、嘉峪関地区で製錬を開始したのである。酒泉鋼鉄公司が操業を始めたのは1958年8月1日で、鉱脈の発見からわずか3年後のことだった。現在の嘉峪関市は人口25万人に達し、市民の大半が… [全文を読む]
第1セクター、第2セクターと第3セクターの役割

第1セクター、第2セクターと第3セクターの役割

経済の担い手は、基本的に第1セクター(公共部門)、第2セクター(民間部門)そして第3セクター(非営利部門)の3つに分類することができますが、今回はこの3者がどのような役割分担を果たすべきかについて、考えてみたいと思います。その前に、第3セクターという単語の定義について明らかにしたいと思います。日本では、特に地方自治体とその地域の有力企業の両方が出資して結成された官民共同出資企業という意味合いで第 [全文を読む]
武威・山丹──河西回廊の巨龍

武威・山丹──河西回廊の巨龍

寧夏回族自治区の銀川から内蒙古自治区との境界を南進してきた長城は、甘粛省の白金市に入ったところで西に向きを変える。ここで黄河とわかれ、農業遊牧境域地帯から離脱してゴビの河西回廊に突入する。河西回廊の「河西」とは、黄河の西という意味だ。そこには中央アジアへと奥深くつづく砂漠の回廊があり、オアシス都市が点在している。ひとつのオアシスからもうひとつ隣りのオアシスまでは駱駝が1日で進めるほどの距離で… [全文を読む]
経済の語源

経済の語源

明けましておめでとうございます。廣田裕之です。昨年までは「廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ」という連載を行っていましたが(一覧はこちらで)、社会的連帯経済について一通り紹介し尽くした感があることから、第120回の連載を持って打ち切ることにいたしました。今年からは「パラダイムシフト──社会や経済を考え直す」と題名を改めて、社会的連帯経済のみならず、社会や経済において世界各地で起きている新しい動向を紹介したいと思います。さて、私たちは普段から「経済」という単語を何気なく使っていますが… [全文を読む]
社会的連帯経済の今後の展望

社会的連帯経済の今後の展望

2013年より月2回のペースで5年間続けてきたこの連載では、社会的連帯経済をさまざまな角度から紹介してきましたが、その全貌について一通り紹介し尽くした感があるのと、私自身が今後連載にそれほど時間を割けなくなるという事情があるため、残念ながら今回をもって打ち切りたいと思います。最終回となる今回は、社会的連帯経済についてこれまでの内容をまとめたうえで、今後の展望について書いてみたいと思います… [全文を読む]
韓国における社会的経済促進のための諸政策

韓国における社会的経済促進のための諸政策

この連載では、韓国についても時々紹介してきましたが、公共政策について面白いニュースが入ってきましたので(詳細はこちら:日本語)、今回はこの記事をもとにして韓国の諸政策をご紹介したいと思います。なお、この記事を配信された韓国の生活協同組合のiCoopさんは、韓国語に加えて日本語や英語でも、韓国の社会的経済についてのメールマガジンを毎月配信していますので、韓国の動向にご関心のある方は… [全文を読む]
里山資本主義と社会的連帯経済

里山資本主義と社会的連帯経済

日本では社会的連帯経済という表現がほとんど使われない状況が続いていますが、比較的親和性の高いものとして最近登場した概念の一つとして、里山資本主義が挙げられます。今回は、社会的連帯経済やそれに関連した動きと里山資本主義について、比較してみたいと思います。里山資本主義は、資本主義という単語こそ使っているものの、従来の資本主義とは完全に異なる概念です。資本主義は、あくまでも企業に出資した資本家の利益を… [全文を読む]