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集広舍コラム

歴史時代小説を読む/第4回

雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第4回

書名『三悪人』
著者名 田牧大和
発売  講談社
発行年月日 2009年1月26日
定価   ¥1500E

老中水野忠邦のもとで、天保の改革を推進した遠山左衛門尉(さえもんのじょう)景元と鳥居耀蔵(ようぞう)は「北町の遠山」「南町の鳥居」と対比、並称されるが、耀蔵は苛酷な弾圧で恐怖政治を現出し、江戸市民に「妖怪」と仇名され恐れられた。
鳥居耀蔵の名を耳にすると、幕末動乱という未曾有の大変革の時代が指呼の間に近づいていることを思い知らされる。江戸湾測量を巡って洋学者の江川太郎左衛門英龍と対立したのも耀蔵であり、蛮社の獄で渡辺崋山や高野長英ら洋学者を弾圧したのも耀蔵である。ところで、幕末史にその名を残す堀利熙と岩瀬忠震(ただなり)は耀蔵の甥であることはあまり知られていない。
水野も遠山も、安政の大地震以前に没しているが、耀蔵は明治の世を生きている。維新政府による恩赦で、幽閉を解かれた際の耀蔵の棄て台詞がふるっている。「自分は将軍家によって配流されたのであるから上様からの赦免の文書が来なければ自分の幽閉は解かれない」と言ってのけ、維新政府、幽閉先の丸亀藩を困らせたのである。「妖怪」の面目躍如といってよい。
物語の開始は、文政4年(1821)師走。
天保の改革時の老中、北町奉行、南町奉行である、若き日の遠山金四郎・鳥居耀蔵・水野忠邦の「三悪人」が活躍する舞台を天保の改革の20年前に設定した作家の“歴史遊び心”にまず敬意を表したい。
時に忠邦は28歳。今をときめく寺社奉行で、将来の老中首座を狙う若き超エリートである。耀蔵は26歳。石高2500石の旗本・鳥居一学の養子となったのは前年のことである。忠邦より1歳年上の金四郎は浅草花川戸町の蕎麦屋、飯田屋の形ばかりの用心棒として居候している。遊び人ながら、まだ桜吹雪の文身は彫り付けていないらしいが、町屋で放蕩生活を送っていることには変わりない。 文政4年、師走。目黒・祐天寺の火事で二人が死んだ。一人は盲目の若き修行僧。いま一人は身元の分からぬ謎の女。辛うじて女ということのみが見て取れる酷い有様の遺体であった。
 場面が変わって、三田の浜松藩上屋敷、忠邦の邸である。
「あれの他に、若い修行僧が死んだとか」
忠邦が側近に対して、こともなげにいう。「あれ」とは誰なのか。
さらに場面が変わって、吉原は揚屋町にある、福本屋。
売れっ子の遊女・夕顔が、
「金四郎様。目黒の火事の事で、あの子のことで、何ぞご存知のことは、ありませんでしょうか」
と言うに、遊び人の金さんは夕顔を生来の名で呼びつつ、
「夕。お夕……、――雪之介は、死んだ」
「あの子が、雪之介が、この姉を残して死ぬはずがありません!」
悲嘆の最中、夕顔は弟の死の真相を突き止める決心をする。
そこに、水野と耀蔵が絡んでくる。「無役の旗本の耀蔵は金四郎の遊び仲間であり、金四郎はまた忠邦とはまんざら知らぬ仲でもない」という造形である。
忠邦の弱みを握りたい耀蔵は、火事の裏に何かあると勘づいて、金四郎に「夜更け、三田の浜松藩上屋敷から、隠密らしき者が二名、密かに放たれたと思え」。
その火事に寺社奉行水野忠邦が関っていることを耀蔵は突き止める。耀蔵の探索により、祐天寺の火事が火付けであり、火を放ったのは、忠邦の手の者であったと金四郎は知るが、耀蔵が祐天寺を探るうちに、“余計なこと”にまで勘付かれたら少々厄介だ、と身を引き締める。
男女の愛憎模様が絡まった上での有無を言わせぬテンポのよさは小気味良い。
寺社奉行の座を手に入れたい忠邦は清姫という血を分けた従妹姫を、想い合った相手から無理矢理引き離して将軍家斉への人身御供として大奥に送り込んだだけでは飽き足らず、御用済みの清姫を祐天寺に監禁し火付けで殺めたのが真相であると知る。
後年、「正義」と「悪人」の権化として熾烈な戦をすることになる金さんと耀蔵が手に手をとって、浜松藩上屋敷に忠邦を訪ね忠邦を脅すシーンはことのほか面白く、胸のすく思いがする。
「寺社奉行の余が、由緒ある古刹に火を付けさせたと申すか。命を落としたという御中臈と余とは関係ない」と当初は自らが踏みつけた弱者へ哀悼の欠片さえみせず、あくまでしらを切る冷淡な忠邦がついにうろたえるシーンは是非、本書を手にとって、読者各位が存分に味わって欲しい。
「吉原から足抜けさせたい女が一人。その女を穏便に、栃本の関を抜けさせていただきたい」と金四郎。清姫のことは眼をつぶるから、その代わり、お夕を郭から足抜けさせ、自由の身にしたいと目論んでいる。
夕顔の素顔は、耀蔵に、そして何より忠邦に知られるわけにはいかない。金四郎の真の目的は、いとしい女を無事に逃がすことにあった。
「周防守殿の子であったとは、な」忠邦は吉原遊女夕顔の隠された生い立ちを知り、やがて夕顔・の姉弟がおのれの政敵・松平)の落とし胤であることをつきとめ、「その女、使える」とほくそ笑む。 石見浜田藩主松平周防守は、忠邦より齢14歳上。つねに忠邦の上位に立とうと躍起、出世をもくろみ、忠邦に僅か半年先んじて寺社奉行に就任している。
「長い腐れ縁になりそうだな。それも悪党同士、悪かねぇ」金四郎は確信にも似た予感にひたるが、はたして、夕顔を無事に足抜けさせることができるのか―――。
 「忠邦は賄賂と策謀のみで権力を手にしてきた。手厚い庇護と、厳しい恫喝、ふたつの匙加減さえ誤まらなければ叛くはずはないと信じている。富や権力とは対極にある良心や信念、慈愛を軽んじている」という一文にこそ、作家のモチーフがこめられていよう。 続編が待たれる。天保の改革まではまだ日も遠い。若き日の遠山金四郎、鳥居耀蔵、水野忠邦という豪華なトリオのデスマッチはさらに続くと思うからである。
田牧大和は「たまき・やまと」と読む。性別は女、東京は日野出身。2007年、第2回小説現代長編新人賞を受賞し、デビューした大型新人である。同様に遠山金四郎を主な登場人物とした小説『国芳一門浮世絵草紙』の作家・河治和香とともに大いに期待したい気風の良い歴史時代小説家である。
(平成21年3月18日 雨宮由希夫 記)

Profile

雨宮由希夫

2006年まで三省堂書店に勤める。神田本店(現・神保町本店)にては新刊書・人文書の仕入れ販売に従事、かつ、作家や将棋棋士などのサイン会を盛んに催した。北方謙三、浅田次郎、柳美里、塚本青史、谷川浩司、羽生善治の各氏とも交流が深い。特に、柳美里さんサイン会中止事件の際の毅然とした行動はあまねく知られ、「90年代の神保町の名物店長」といわれている。
三省堂書店退社後は大学出版社勤務の傍ら、主に歴史時代小説の書評などの執筆を続けている。中国古代・近代をふくめ、源平から幕末維新まではむろんのこと、明治大正期までを背景とした歴史時代小説 の中に、歴史の真実 とそこに生きた人々の息吹きを嗅ぎとることを評論の要とする手法に特色がある。

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