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集広舍コラム

歴史時代小説を読む/第23回

雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第23回

書   名『月華の銀橋——勘定奉行と御用儒者』
著 者 名 高任 和夫
発   売 講談社
発行年月日 2009年11月5日
定 価 本体1800円(税別)

徳川5代将軍綱吉といえば、生類哀れみの令や側用人柳沢吉保の重用などで評判の悪い将軍であり、綱吉と吉保のコンビから、私たちは華やかな“元禄”を、そして“赤穂浪士の討入り”を思い浮かべるであろうが、本書『月華の銀橋——勘定奉行と御用儒者』は綱吉の信任を得て、貨幣改革に取り組み、幕府の財政を立て直すことに奔走した勘定奉行・荻原重秀(1658〜1713)を主人公とし、綱吉が逝去するや、6代将軍家宣の将軍侍講(政治顧問)として権勢を振い、重秀を「有史以来の奸物」「極悪人」と弾劾し罷免させた御用儒者・新井白石(1657〜1725)をもう一人の主人公とした歴史小説である。
 藤沢周平の『市塵』(講談社文庫 1989)は、新井白石を主人公とした 作品である。藤沢作品では、側用人間部詮房と組んで、重秀を排斥しようと、 3度にわたって意見書を将軍家宣に提出している白石の激烈な行動が克明に描 かれているが、本書では白石、重秀をめぐる多彩な人間像が当時の政治・社会 状況の中に再現され、ラストシーンでは権力の中枢にのぼりつめた白石の正気 の沙汰とは思えない偏執的で恐るべき狂気が衝撃の結末を生む……。
「大阪夏の陣から60年余り、島原の乱からは40年、戦のない時代が続き、 やることがなくなった武士は、酒を呑むか、女を買うか、博打を打つぐらいし か能がない」そうした時代が重秀たちが青春を生きた時代であったと作家はま ず造形したところから物語はスタートしている。
「師走にしては暖かい日和。重秀は両国広小路からはずれた茶店で、渋茶を飲 みながら大川(隅田川)を眺めていた」。以降、両国橋の本所側にある船宿か じま屋が、勘定奉行となった重秀が苛烈な日々を忘れ束の間の憩いを求める場 所となる。
延宝5年の五畿内検地、天和元年の上野沼田城収公の実績で、26歳ながら1 2人の勘定組頭の一人に大抜擢された重秀への風当たりはかなり強くなってい た。重秀は人事の裏情報にも興味を示さず、幕府の財政を立て直すことが自分 の仕事だとして、次々と思い切った献策をしていく。そうした重秀が「いつか しくじるんじゃないか」と心配するのは、常に客観的な情勢分析で重秀を心理 面で支える友人の石原平十郎である。親友の心配をよそに、重秀は「ひょっと したら、おれは幕府を変える運命なのかも知れぬ」とつぶやく。
重秀を抜擢した将軍綱吉は「勘定組頭として幕府財政をどのように見ておるの か」と問いただす。重秀は「畏れながら、危機的な状態かと」と直答する。真 実、幕府は腐りきっているのだ。徳川は15代300年といわれるが、5代に してすでに崩壊の危機にあったとは。読者は作家が紡ぎ出す元禄という時代の 光と闇に、いつしか引き込まれていくであろう。
架空の人物であろう石原平十郎とともに重秀の良き理解者は、海運、治水の功 労者で豪商の河村瑞賢である。「おれはきちんと仕事をする男が好きだ」と重 秀は実直で素朴な風貌の瑞賢を高く評価している。
もう一方の主人公である新井白石も瑞賢とかかわりがあった。かつて白石は瑞 賢から経済的援助や孫娘の婿養子の要請を受けたことがあるが、武士という身 分に強いこだわりを持つ白石にとって瑞賢は「全く理解できない町人、それが 瑞賢という男」であった。瑞賢を巡っての重秀と白石の人物造形に、すでにし て、この物語で作家が言わんとしていることがある面、こめられている。
貨幣改鋳を当時は「貨幣吹き直し」といった。貨幣吹き直しに関し、アドバイ スを求める重秀に、瑞賢は「品物に換えることができると信じられれば、お金 の材料など何でもよろしいのではありませぬか」とさり気なく語る。「重秀は 頭を覆っていた靄がサッと晴れていくように感じた」、この時こそ、「いわゆ る名目貨幣の概念に至った画期的な瞬間」であった。
続いて、側用人のまま老中格となり幕政の実権を握った柳沢吉保に、重秀が貨 幣吹き直しを具申するシーンは圧巻である。

幕初以来の貨幣についての発想の大転換が容易に賛同を得られるとは思えな い。柳沢は一瞬息をつめた。めったに動じることのない柳沢だが、瞳が小刻み に揺れている。
 「その理由は?」
 「世間に通用している貨幣の量が足りませぬ。幕府のご金蔵も空になりつつ あり申す。……柳沢さま、幕府財政は破綻申した。徳川の世も五代で終わりで ござりまする」

「柳沢は綱吉の機嫌を取るのが巧みなだけで側用人に、そして老中格に起用さ れたのではない。ほかの老中や若年寄のだれよりも、はるかに法令や財政にく わしい」という重秀による吉保評は、作家の吉保評であろう。「綱吉は中継ぎ の将軍といわれたが、本人にその意識はない。重秀は綱吉の果断さに、ある種 の小気味よさを感じる」のくだりと共に、作家の人物評が斬新で切れ味鋭く、 新たな視点を示している。
柳沢吉保は重秀の擁護者として描かれている。
吉保は綱吉の死とともに、権力の座にしがみつくことなく辞任する。隠居した 吉保は、重秀を諭す、「早く辞任せよ」と。吉保は白石が前将軍綱吉と吉保の 事跡や人物に対して殊更に誹謗の評言を投げかけ、元禄から宝永にかけて天下 の財権を掌握し、幕府財政の表裏に通じた実力者である荻原重秀らの勢力を一 掃するにちがいないと読んでいたのである。
六代家宣は新井白石の弾劾を容れ、正徳2年(1712)重秀の死の直前に、 重秀を罷免する。重秀の死の直後、重秀の収賄の事実が発覚したとして、銀座 の役人や改鋳事業に参加した勘定衆が処罰される疑獄事件がおきている。この 時、白石は、首謀者の重秀がすでに死去したことによって処罰を免れ、同謀縁 坐の者が処罰されるのは不当である、と主張したという。これは公明正大な政 治家・新井白石の“美談”とされる挿話であるが、藤沢周平の『市塵』はこれ を“真実”として取り入れている。
重秀は貨幣改鋳に便乗して私服を肥やすことを忘れなかった汚吏だったという 強烈な負のイメージを作り出したのは、『折りたく柴の記』の新井白石である。 果たして「不当不正の賄賂を貪り、不義の奢侈に耽って居った」との評価は妥 当であろうか。重秀の得た利益に関し、知るに足る史料はほとんどなく、本人 も何も記録を残していない。
本書はいまだに評価が真っ二つに分かれる人物である重秀を江戸前期の改革者 であり実務者であると位置づけ、若くして幕僚として抜擢され幕府財政を改善 すべく勤めた、その鮮烈な生涯を社会経済的背景の中に、再現するとともに、 白石は儒教的な理想主義を自らの思想信条とし現実政治にあたった日本史上に は稀な政治家とはいえるが、自分の信念を絶対に曲げず貫き通す極端な理想主 義者の行き過ぎた正義がもたらす狂気を克明に描ききった歴史経済小説の傑作 である。
奥付によると、高任和夫(たかとう・かずお)は1946年、宮城県生まれ。 大学卒業後、三井物産入社。96年、三井物産を依願退社後、作家活動に専 心。09年、『青雲の梯』(講談社)で歴史経済小説デビューを果たした、と ある。
歴史・時代小説家としては遅まきなデビューであるが、またひとり、目の離せ ない書き手が登場した。
(平成21年12月14日 雨宮由希夫 記)

Profile

雨宮由希夫

2006年まで三省堂書店に勤める。神田本店(現・神保町本店)にては新刊書・人文書の仕入れ販売に従事、かつ、作家や将棋棋士などのサイン会を盛んに催した。北方謙三、浅田次郎、柳美里、塚本青史、谷川浩司、羽生善治の各氏とも交流が深い。特に、柳美里さんサイン会中止事件の際の毅然とした行動はあまねく知られ、「90年代の神保町の名物店長」といわれている。
三省堂書店退社後は大学出版社勤務の傍ら、主に歴史時代小説の書評などの執筆を続けている。中国古代・近代をふくめ、源平から幕末維新まではむろんのこと、明治大正期までを背景とした歴史時代小説 の中に、歴史の真実 とそこに生きた人々の息吹きを嗅ぎとることを評論の要とする手法に特色がある。

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