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    <title>集広舍コラム</title>
    <link>http://www.shukousha.com/column/</link>
    <description>コラム</description>
    <language>ja</language>
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    <category>Weblog</category>
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      <title>集広舍コラム</title>
      <link>http://www.shukousha.com/column/</link>
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    <item>
 <title>北京の胡同から／第２３回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/beijing023.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_xl">人のスピリチュアルなかたち<br />
井上玲さん「雲彩人類／クモニンゲン」展</h3>
<div style="font-size:10px;margin:10px 0 0 0;">※写真をクリックすると拡大します。</div>

<div class="leftbox"><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2301.jpg" rel="shadowbox[beijing023]" title="井上玲さん"><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2301.jpg" width="160" height="239" alt="井上玲さん" /></a><div style="font-size:10px;margin:0 0 10px 0;">写真／張全　　</div></div>

<h3 class="caption_g">魂のエネルギーを表現</h3>

<p>　ここ数年、北京で創作活動を行う日本人芸術家が増えている。４年間にわたる中国でのさまざまな経験や創作活動を糧に、大きく表現と活躍の幅を広げつつある現代アート作家、井上玲さんもその一人だ。この夏、そんな井上さんの創作活動の集大成ともいえる展覧会「雲彩人類」展が開かれた。場所は北京で屈指の私立美術館「今日美術館」に付設した「今日美術館版画芸術センター」だ。</p><p>　大勢の子供がスピリチュアルな姿を現した作品「あまくもちゃん」、しなやかなラインでヒトガタが切り抜かれた「雲彩人類（クモニンゲン）」シリーズなど、井上さんの切り絵作品からは、人の魂や生命のもつ素（す）の姿がたおやかに浮かび上がる。<br />
　今回出品された主な作品をつなぐ重要なモチーフは「雲」。自在に形を変える「雲」は、井上さんに何らかのエネルギーを感じさせるためだ。北京を本拠地にしつつも、震災後の四川省やオーストラリア、そして沖縄など、アクティブに移動を重ねた井上さんは、行く先々で、地震、戦争、虐待などで亡くなったさまざまな人たちの魂が放つエネルギーを感じた。<br />
　そして「身体の有無に関わらず、人の可能性は拡大し続けることを表したい」という気持ちに駆られる。「亡くなった人や殺されてしまった人のエネルギーを、もう一度雲のエネルギーとして構成し直してビジュアル化したら、私たちのエネルギーも活性化できるのではないか」、そんなアイディアが今回の作品に結晶した。</p>

<p><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2302.jpg" rel="shadowbox[beijing023]" title="「雲彩人類／クモニンゲン」展"><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2302.jpg" width="410" height="274" alt="「雲彩人類／クモニンゲン」展" /></a><br />
<div style="text-align: right;font-size:10px;margin:0;">写真／張全　　</div></p>

<h3 class="caption_g">５カ月で２０００体</h3>

<p>　井上さんが最初に中国を訪れたのは、ふとしたきっかけからだった。当時、横浜で暮らしていた井上さんは、どうしても家の中で静かに絵を描いていることができなかった。そこでふと思い立ち、父親の貯めたマイレージで買った航空チケットで、中国へ。<br />
　「いろんな文化に触れると自由になる」と語る井上さん。作品で死を描き続けているのも「死を考えることで自由になれる」から。だがその一方で、作品はその時の社会の雰囲気も生々しく映し出している。雑誌を切り絵にした２００８年の作品は、「何もかもがすごかった」２００８年を表現したもの。「当時は、必要以上にいい紙を使った雑誌の豪華さにびっくり。オリンピック前後を自ら体験し、２００８年の何かを作っておきたい、と感じた」。<br />
　でもそういった時期は「自分のための作品の制作には入っていけなかった」という。そこで敢えて「北京以外の世界もあるはずだ」と震災後の四川へ。「神戸出身なので、ぜひ行っておきたかった」からだ。現地では仮設や被災者の家に泊まり、被災者と生活を共にした。<br />
　四川では被災現場がフェンスに囲まれ、そのまま残されていた。血の跡もまだ生々しかった。その一方で接したのが、毎年の習慣に合わせてソーセージを作り続ける生存者たち。井上さんは「亡くなった人と生きている人、それぞれのパワー」に圧倒される。<br />
　３万人の人口の内、１万人が震災で亡くなった村も訪れた。そんななか、「人は亡くなってもゼロにはならないのだ」と強く実感。「いずれ死んでしまう、有限の存在。そんな彼らが『生きていたこと』自体の可能性とは？」という疑問に駆られる。北京に戻ってからはまるで憑き物に憑かれたかのような頻度とスピードで作品を制作。ついに５カ月をかけ、「あまくもちゃん」１００体を含む２０００体の切り絵を完成させたのだった。</p>

<div class="leftbox"><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2303.jpg" rel="shadowbox[beijing023]" title=""><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada2303.jpg" width="160" height="224" alt="tada2303.jpg" /></a>
<div style="font-size:10px;margin:0 0 10px 0;">写真／井上玲さん提供</div></div>

<h3 class="caption_g">版画と切り絵を合体</h3>

<p>　井上さんが人の身体を描き続けるのは、「身体を元素とすれば、もっといろんな可能性があるのでは？」と感じるから。「雲彩人類」には男性、女性、中性の３つのイメージが登場する。「私たちは、セックスに比重を置きすぎて、体を『道具』にしてしまったり、異性を美醜の差で見てしまったりしがち。でも、実はより原始的なところにもっと身体の可能性があるのではないでしょうか」と井上さんは語る。<br />
　今回の作品では、創作の手法の面でも新しい試みが行われている。「版画だけでは何か足りない、でも切り絵は終着点ではない」と感じていた井上さん。「ならば一緒にすればいい」と気づく。切り絵の材料には既成の自らの版画作品を利用。切り絵は色が単調になりがちだが、版画を用いることで色彩が豊富に。しかも版画を切り絵にすることで、世界で一枚の作品になった。<br />
　日本と比べ、中国では切り絵の文化が豊富で、生活に溶け込んでいる。そんな中国での生活が「作品に新しい風穴を開けてくれた」という井上さん。展覧会後は日本に創作の場を戻したが、中国で得た経験は生かし続けたいという。今後どんな作品を生み出してくれるのか、心から楽しみだ。</p>]]></description>
 <category>多田麻美</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/beijing023.html</comments>
 <pubDate>Thu, 9 Sep 2010 02:09:47 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>狼の見たチベット／第２３回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/ohta023.html</link>
<description><![CDATA[<p>吾輩は狼である。<br />
人間と他の動物との違いは何か？<br />
そんな疑問を、古来からお前さんたち人間は議論してきた。</p>


<p>『道具を使う動物は、人間だけだ。』こんな主張がある。<br />
ところが、チンパンジーの中には、蟻塚の白蟻を食べるために木の棒を使うものがいる。<br />
また、石を落として他の鳥の卵を割って食べる鳥もいる。<br />
道具を使う動物は自分たちだけなどというのは、人間どもの傲慢以外のなにものでもない。<br />
そこで、これを一歩推し進めて『道具を作る動物は、人間だけだ。』という主張が出てきた。<br />
しかし、先述のチンパンジーたちは、ただ落ちてる木の棒を使うのでなく、使いやすく加工して使っている。<br />
ならばということで、チンパンジーは木の棒を加工するといっても自分の歯や手しか使っていない。『道具を作るために道具を使う動物こそが人間だ。』と主張する連中がいる。<br />
間違いではないのだろうが、なかなかまだらっこしい表現だ。</p><p>他の一派は『言葉を使う動物は、人間だけだ。』と主張した。<br />
これまた傲慢な話で、ようは人間が他の動物の意思疎通の手段を知らなかっただけのことだ。<br />
今では、よく知られていることだがイルカの群れは会話をしていると言われており、鳴き声の意味の解析も進められている。<br />
「シーシェパード」あたりに言わせれば、逆に『イルカやクジラも人間同様に会話をするのだから、人間と同等の存在と認められるべきだ。クジラ漁などという野蛮な行為は即刻やめるべきだ』ということになるのかもしれない。<br />
しかしながら、我が輩たち狼をはじめ、地球上には群れを作って活動する生き物は多数いる。<br />
そして、群れとして行動できるということは、人間に理解できるかどうかは別にして意思を疎通する手段を持っているということだ。<br />
言葉を使えるからといって、人間もイルカも大して特別な存在と言うわけじゃない。</p>


<p>別の一派は『人間とは「宗教」とか「哲学」といった抽象概念を持つ動物である』と主張している。<br />
これは、案外あたっているかもしれない。<br />
「宗教」とかいう奴は、我が輩にはとんと理解できない。<br />
野生動物である我が輩に理解できない概念、まさしく人間特有のものと言っても良いだろう。<br />
そもそも「神」だの「仏」だの絶対的なものが存在するのならば、その存在と比べれば個々の人間同士の差異など無にも等しいかと思う。神の真理とやらがあるのならば、全ての人間に即座に理解し受け入れることができるほどわかりやすいものか、誰にも理解できないほど難解なものになるはずだ。</p>


<p>しかしながら、狼である我が輩にとっては理解不能な宗教も多くの人間にとっては有益なもののようだ。<br />
何者も避けえない「死」という概念と対峙するにあたり、宗教は人間の助けであった。<br />
また、多くの民族で宗教的思想が、人々の共通概念としての善悪の基準、道徳律の基礎になった。<br />
そして、人間の歴史上、良くも悪くも多くの人間が一つにまとまる旗印の役目も担った。
</p>

<p>さて、やっとチベットの話になるが、チベット人が中国に占領されて半世紀たっても、チベット人で居続けられる理由の一つは、やはり宗教の存在だろう。<br />
生活に密接に結びついたチベット仏教の存在がチベット人をチベット人たらしめている。<br />
これは、人種的に混血で変貌してもユダヤ教という共通概念によりユダヤ人がユダヤ人であることと似ているかもしれない。</p>

<p>中国当局も、このことを分かっているから、チベット仏教に対して数々の干渉を行ってきた。<br />
拠り所をなくそうと、占領から数年の間に、９割以上の寺院を破壊したりした。
僧侶に公衆の面前で尼僧と性交することを強制し、チベット人から僧侶への尊敬を奪おうともした。<br />
また、今でもチベット各地で住民の信奉を集めた多くの僧侶たちが政治犯として捕らえられている。<br />
さらに、中国政府側が高僧を任命し、チベット仏教そのものを中国共産党がチベット人を管理するためのツールに変えようともしている。</p>

<p>そんな中、２０１０年５月にチベット本土で起きた話を紹介しよう。<br />
チベット南東部カム地域にナクチュと呼ばれる地方がある。<br />
そのナチュクにあるシャク・ロンポという僧院の７５歳になる僧院長ダワ・リンポチェ、そして同じ僧院の三人の僧侶たちが５月１７日にラサで逮捕された。<br />
以前も話したようにチベットでは一部の高僧は仏の化身であり、生まれ変わるという信仰がある。<br />
そして今話をしたシャク・ロンポ寺にもロンポ・チュゼという転生活仏がいた。<br />
ダワ・リンポチェたちが逮捕されたのは、このロンポ・チュゼの生まれ変わりを探すにあたって、インドのダライ・ラマ法王に連絡をとったからだそうだ。
捕まった４人のうちの一人はダライ・ラマの写真を所持していたとして２年の懲役を言い渡された。<br />
ダワ・リンポチェ自身は一ヶ月後に釈放されたが、その後も自宅で軟禁状態にされている。<br />
４人が逮捕された後、シャク・ロンポ寺には武装警官と役人合わせて２００人が押し掛けてき、僧院の僧侶たちに対してダライ・ラマとダワ・リンポチェを糾弾するための愛国主義再教育が施された。<br />
再教育の中で僧侶たちにはダライ・ラマを非難する書面への署名と捺印が要求された。<br />
５月２０日、７０歳の老僧ガワン・ギャツォは、強硬に署名を求める官吏たちの脅迫に耐えきれず自ら命を絶った。<br />
最終的に１７人の僧侶が署名を拒否し、中国当局により僧院を追放された。</p>


<p>人間を、人間たらしめているもの。<br />
それは道具を使う手でも、言葉を呟く口でもない。<br />
人それぞれが持つ、譲れない何かこそ人間を人間たらしめていると我が輩は思う。<br />
それが何なのかは人によって違う。<br />
しかし、それを失ってしまえば人間でなくなる、自分でなくなる。<br />
そんな何かを、人は誰しももっていると思う。</p>]]></description>
 <category>太田秀雄</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/ohta023.html</comments>
 <pubDate>Sat, 7 Aug 2010 04:53:40 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>北京の胡同から／第２２回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/beijing022.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_xl">北京「漫才」をめぐる私見</h3>

<p><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/a_m.jpg" rel="shadowbox[beijing022]" title=""><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/a_m.jpg" width="410" height="274" alt="a_m.jpg" /></a>
<div style="text-align: right;font-size:10px;margin:0;">写真／張全　　</div>
</p>

<h3 class="caption_g">まだまだ続く漫才ブーム</h3>

<p>　いつの世も生活に「笑い」は欠かせない。文化の爛熟した都市ほど、「お笑い」文化も豊かなもの。その形式は地方によって様々であろうが、北京でいえば、そういった文化の蓄積の厚さをもっともしみじみと感じさせるのが、「相声（漫才）」だ。<br />
　北京では数年前、人気漫才師、郭徳綱が火付け役となり、相声ブームが訪れた。そのピーク時に比べれば最近はだいぶ下火になったようだが、北京の相声はまだまだ健闘中だ。中でも若手のチャレンジが実際の寄席を通じて感じられるのが、鼓楼近くにある「広茗閣」。ここでは「８０後（１９８０年代生まれの人々）」を含む、まだ知名度の低い漫才師たちが毎日舞台を繰り広げている。週末になるとほとんどの席が聴衆で埋まるが、その多くはだいたい４０歳以下の若・中年層。地元の人に交じり、出勤帰りのホワイトカラーも目立つ。若手の漫才師たちは、日本のアニメ関連の話題など、今の若者文化と密接に関わる内容を盛り込みながら話を展開。早口言葉や、方言の模倣などの高いテクニックも懸命に披露していた。<br />
　一方、比較的ベテランの漫才が聞けるのは、東城区文化館で毎週土曜に開かれている「週末相声倶楽部」などだ。このほか、天橋や前門の「徳雲書館」、「張一元天橋茶館」、「広徳楼」などでも、先述の郭徳鋼やその弟子たちが、元気に舞台を繰り広げている。</p><h3 class="caption_g">多種多様な物売りの声</h3>

<p>　歴代、天津で先に名を上げる漫才家が多かったため、漫才の発祥地は天津だと言う人もいる。だが実際はどうも、清の咸豊、同治年間（１８５１年〜１８７４年）の北京らしい。最初は人の声や動物の鳴き声、自然界の音などを真似る芸から始まり、「技」を披露するという要素が強かった。<br />
　例えば、先回の記事で昔の北京の物売りの声についてご紹介したが、昔の相声の中には、「サンザシ飴売り」の呼び売りの声をテーマにしたものがある。その中で漫才師は、北京の「北城、東城、西城、南城（昔の旧城内の北京の区分け）」ごとの「サンザシ飴売り」の売り声の違いを、物まねで生き生きと再現。その違いは、お上品な西城、庶民的で飾り気のない南城など、それぞれの地区のイメージやそこに住む人々の身分や文化レベルの差を反映させたものだ。その差からは、北京がかつてエリアごとに持っていた、様々な表情が伝わってくる。<br />
　ちなみに現在、北京の都心では、東城区、西城区、崇文区、宣武区の四区を新東城区、新西城区の二区に統合する動きが進んでいる。行政上の効率はアップするのかもしれないが、こういった区分けの簡素化はある意味、北京の旧城内の文化が地区による多様性を失い、貧しくなりつつあることを象徴しているように思われてならない。</p>

<p><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/b_m.jpg" rel="shadowbox[beijing022]" title=""><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/b_m.jpg" width="410" height="274" alt="b_m.jpg" /></a>
<div style="text-align: right;font-size:10px;">写真／張全　　</div>
</p>

<h3 class="caption_g">法螺吹き合戦</h3>

<p>　ところで、北京派の漫才についてよく言われるのは、政治や社会への関心と風刺性の強さ。とはいえ、これは必ずしも直接政府の欠点をあげつらったり、内容に過激な発言を挟んだりする、という意味ではない。例えば、中国では大躍進などの歴史的影響からか、社会の至る所にまだ「吹牛（ほらを吹く、誇張する）」の習慣が残っているように思われる。個人の場合は、完全な嘘をつくというより、空気を吸ってパンパンに膨れ上がったカエルのように、誇張によって自分を大きく見せようと気張るケースが目立つ。<br />
　これは北京の漫才では、「俺の法螺吹き加減はすごいんだぞ」と、互いにあり得ないことをでっちあげて自慢しあうやりとりで風刺される。そしてその内容の誇張ぶりはどんどんとエスカレートしていく。<br />
　もっとも、こういった風刺は、それが鋭ければ鋭いほど、往々にして背景となる社会環境や歴史を知らないと、その本当の面白さを理解できない、という欠点ももつ。この漫才にしても、本当に腹の底から楽しめるのは、やはり大躍進時代やある時期のソ連社会を体験した人ぐらいかもしれない。</p>

<h3 class="caption_g">今の漫才はパンチ不足？</h3>

<p>　ちなみに、中国の多くの現代小説や映画などが、なかなか日本の人には理解されにくいのも、往々にしてこういった「背景」への理解が必要とされるからだろう。例えば、現在日本で公開中の馮小剛監督の映画「狙った恋の落とし方。」にしても、現在の中国で顕著な「剰男剰女（婚期を逃した男女）」現象、異常な投資熱、社会における競争の不公平さなどを知らないと、なかなか映画の内容がもつ妙味は分からない。<br />
　だが一方にはもちろん、時代を越えて生き残っていくユーモアもある。それは、時代を先取りしているものや、人間の本質に根ざしているものなどだろう。昔の北京の漫才を知る人の中には、そういった「古典」的作品を引き合いに出しつつ、現在の漫才全般を「つまらなくなった」と嘆く人も多い。正直筆者もその一人だ。そう言った感想が生まれる原因の一つには当然、厳しい検閲制度の影響もある。でも、それだけが原因のすべてではないだろう。素人の勝手な意見だが、過剰な広告や医療問題など、そこまで敏感でない範囲で、もっとパンチの利いたユーモアが生み出せそうなものだ、と感じてしまう。<br />
　そんな中、むしろ今必要なのは、漫才界に活気があり、それなりにいろいろなチャレンジが行われている内に、「相声」とはいかなるもので、どうあるべきなのか、その伝統には何があり、その中から何を受け継いでいくべきか、といった根本的な探求や討論を、あちこちでもっと徹底的に行っていくことではないか。もちろんそこには限界もあるかもしれない。だがそうすれば、腹の底から笑える、優れたオリジナル脚本を生み出す土壌がもっと育つだろう。漫才界に新風を吹き込んだ郭徳綱のようなスターの出現も大事だが、それだけに頼っていては、ここ数年の漫才ブームは流れ星で終わってしまうように思われてならない。</p>]]></description>
 <category>多田麻美</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/beijing022.html</comments>
 <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 13:56:20 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>路上の詩／vol.037</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/higeto_037.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_m">路上の詩　[ホームレス川柳]／vol.037</h3>

<p style="line-height:260%;">
五月晴れ　芝生の上で　日暮れまで　　　　　髭戸　太<br />
連休を　楽しんでいる　エブリデイ　　　　　髭戸　太<br />
炊き出しの　貰ったおにぎり　木陰置く　　　髭戸　太<br />
汗はいや　涼しい地下で　モグラする　　　　髭戸　太<br />
ダンハウス*　中の暗闇　浮かぶ故郷　　　　　髭戸　太<br />
五月晴れ　ただのんびりと　時が逝く　　　　沢野　健草<br />
防虫剤　なかなか買えぬ　我慢しよ　　　　　沢野　健草<br />
冷水も　今の身分じゃ　生ビール　　　　　　沢野　健草<br />
食足りぬ　夜半に起こす　腹の虫　　　　　　沢野　健草<br />
パンにかび　カラスの気分にゃ　まだなれぬ　沢野　健草<br />
真夜中の　袋シャカシャカ　耳障り　　　　　村中　小僧<br />
着替えても　トータルバランス　整わず　　　村中　小僧<br />
顔触れを　見ればおいらも　古株か？　　　　村中　小僧<br />
替えがない　この靴の中　すでに梅雨　　　　村中　小僧<br />
この暮らし　旬も流行も　ありゃしない　　　村中　小僧<br />
もう五月　暑くないかい　防寒着　　　　　　麺好　司<br />
未だ五月　夏日真夏日　汗止まず　　　　　　麺好　司<br />
水濡れぬ　梅雨入り前の　靴探し　　　　　　麺好　司<br />
何か変　もらった弁当　期限切れ　　　　　　麺好　司<br />
靴脱げば　我が靴下に　酔いしれて　　　　　麺好　司</p>

*ダンハウス‥‥ダンボールハウス]]></description>
 <category>髭戸太</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/higeto_037.html</comments>
 <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 13:10:56 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>路上の詩／vol.036</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/higeto_036.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_m">路上の詩　[ホームレス川柳]／vol.036</h3>

<p style="line-height:260%;">
我が寝床　甍の波の　下にない　　　　　　　髭戸　太<br />
鯉のぼり　ひらきにしても　食べれない　　　髭戸　太<br />
炊き出しに　並ぶは最低　三十分　　　　　　髭戸　太<br />
陽が差して　ベンチ起きれば　鳩迎え　　　　髭戸　太<br />
酒飲めど　裸になれない　青天井　　　　　　髭戸　太<br />

この前は　いつ入ったの　銭湯に　　　　　　麺好　司<br />
朝冷えに　寝袋代わり　シート巻く　　　　　麺好　司<br />
充てにした　仕事なくなり　金も無し　　　　麺好　司<br />
万が一　イベントくじの　｢当り｣期す　　　　麺好　司<br />
僅かでも　ゆとりをつくる　お金かな　　　　麺好　司<br />
背にリュック　両手にバッグ　中身何？　　　村中　小僧<br />
炊き出しの　日時ダブった　さあどっち　　　村中　小僧<br />
今日もまた　街をぶらぶら　得探し　　　　　村中　小僧<br />
街頭の　モニターで知る　ヒット曲　　　　　村中　小僧<br />
百均も　我が暮らしには　高級店　　　　　　村中　小僧<br />
五月病　なっても誰も　気にしない　　　　　沢野　健草<br />
朝日照り　乱れ寝姿　まる見えだ　　　　　　沢野　健草<br />
我々は　日蔭で涼む　日蔭者　　　　　　　　沢野　健草<br />
公園で　男性死亡　もしかして　　　　　　　沢野　健草<br />
腰痛い　病名つければ　コンクリ病　　　　　沢野　健草</p>

]]></description>
 <category>髭戸太</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/higeto_036.html</comments>
 <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 13:07:01 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>路上の詩／vol.035</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/higeto_035.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_m">路上の詩　[ホームレス川柳]／vol.035</h3>

<p style="line-height:260%;">
青空の　下のベンチで　爪をつむ　　　　　　髭戸　太<br />
眩しいな　ベランダシーツ　真っ白だ　　　　髭戸　太<br />
Ｔシャツを　毎日交換　してみたい　　　　　髭戸　太<br />
マイバッグ　想像つかない　元の色　　　　　髭戸　太<br />
暖かさ　増せば増すほど　臭い増す　　　　　髭戸　太<br />
はした金　我慢できずに　泡と消え　　　　　麺好　司<br />
欲に負け　あっと言う間の　あぶく銭　　　　麺好　司<br />
朝も夜も　炊き出し有れば　何処へでも　　　麺好　司<br />
パンもなく　財布の小銭　積み重ね　　　　　麺好　司<br />
一覚え　三四忘れる　今の俺　　　　　　　　麺好　司<br />
朝晩の　冷え込みゆるみ　頬ゆるむ　　　　　村中　小僧<br />
新年度　スタート同時に　職無くす　　　　　村中　小僧<br />
仕事切れ　元の寝ぐらに　Ｕターン　　　　　村中　小僧<br />
暇つぶし　居眠り立ち読み　街めぐり　　　　村中　小僧<br />
ゴミ箱の　スポーツ新聞　拾い読み　　　　　村中　小僧<br />
水ぬるむ　水で頭を　洗おうか　　　　　　　沢野　健草<br />
真夜中に　月に見られて　トイレする　　　　沢野　健草<br />
パンばかり　腹にできたぞ　ガス会社　　　　沢野　健草<br />
暗がりで　暗い気分で　孤独酒　　　　　　　沢野　健草<br />
たまに飲む　酒もわびしい　うきよ酒　　　　沢野　健草</p>]]></description>
 <category>髭戸太</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/higeto_035.html</comments>
 <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 13:02:13 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>北京の胡同から／第２１回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/beijing021.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_xl">耳で愉しむ胡同</h3>



<div class="leftbox"><a href="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada021_01.jpg" rel="shadowbox[beijing021]" title="jiao mai wang/photo by 張全"><img src="http://www.shukousha.com/media/Column/tada/tada021_01.jpg" width="200" height="298" alt="tada021_01.jpg" /></a><br />jiao mai wang/photo by 張全</div><p>　胡同に住んでいて楽しいことは多々ある。五官でいえば、目、耳、鼻、舌などは、もう面白いことだらけだ。といっても、すべてを説明しようとすれば、いくら紙面があっても足りないので、今回は「耳で愉しむ胡同」についてお話したいと思う。</p>
<p>　まずは朝。目覚めて、しばらくすると、外から<br />
「羊肝、羊肚、羊雑碎（ヤンガー、ヤンドゥー、ヤンザースイ）」<br />
という声が聞こえてくることがある。「羊の胆、羊の腹、羊の内臓」という意味で、これらを香料とともに煮た料理を木の箱に入れて売り歩いているのだ。羊肉の苦手な方には悪夢かもしれないが、リズムも威勢も抑揚のつけ方もすばらしくて、「さあ、今日も頑張ろう」という気分になる。</p>

<p>　日本の普通の住宅地では、呼び売りといえば、竿竹屋かせいぜい豆腐屋くらいかもしれないが、北京の胡同ではまだ日本に比べて他業種、多品目の業者が行き来している。その中には、「冰糖葫蘆（ビンタンフールー！）」と声を上げながら、自転車でやってくるサンザシ飴売りや、「麻豆腐、焦圏、豆汁児（マードーフ、ジヤオチュアー、ドウジー）」などと触れ歩きながら北京名物の軽食を売りにくる人など、北京らしさを強く感じさせる、いわばその姿自体が「北京名物」ともいえる例もある。</p>

<p>　このほか、北京では、ごま油やごまペーストを売る行商人、換気扇の掃除屋、箒屋なども、声を張り上げながら通るし、さらに日常的なものとしては、廃品回収業者が三輪リヤカーに乗りながら叫ぶ「収廃品（廃品を回収しますよ！）」、新聞売りの「北京晩報！」などの声も、つい真似したくなるほど、リズムと声の通りがいい。「楽器」組もあり、包丁研ぎ屋などは、鉄の薄い板を何枚も束にしたもので、ジャラン、ジャランと響きの良い音を出して客寄せをしている。
</p>
<p>　今でこそ減ったが、かつての北京では「楽器＋声」のミックス型も人気があったようだ。これは店先の呼び込みだが、かつての北京の下町生活が生き生きと描写された拙訳の『乾隆帝の幻玉』（劉一達著）では、小さな鉄の椀を二つ重ね合わせて涼しい音を響かせながら、北京の夏のドリンク、「酸梅湯（スアンメイタン）」を売る人の描写がある。ちなみに同書では、端午の節句に、声を上げて供物用のサクランボを売り歩く子供の様子なども、表情豊かに綴られている。</p>

<p>　このように、解放前まで遡れば、呼び売りの声は、今より一層声色が豊富で、言葉にも工夫が凝らされていたらしい。もっとも、解放後の歴史や商業文化の変容などによって、現在、伝承者はごく少ないという。</p>

<p>　近年、こういった呼び売りの文化が無形文化遺産として再評価されるようになったためか、関連する書物やテレビ番組を目にするようになった。また、観光客相手の劇場などでも、呼び売りの様子を再現した演目が行われたりしている。<br />
なかでもテレビでの人気は上々なのか、先日、相棒がたまたま什刹海付近の胡同で、呼び売り名人の特集番組の収録現場に行き合わせた。収録の対象である名人は、蔵鴻という「京城呼び売り大王」で、１７０種類以上の呼び売りの声が再現でき、北京一の声を誇っているという。</p>

<p>　実際、王文宝編著『吆喝と招幌』という本に付属しているＶＣＤを鑑賞してみると、その豊富な表現は、一種の芸術であることに気づき、感動すら覚える。このＶＣＤには、呼び売りの声の伝承者によるかつての声の再現が収録されているのだが、それらはある意味で、口承文学と音楽の結合といっても過言でない、独特の表現力を持っている。しかも書籍の方は、数字譜（簡譜）付きでかけ声のセリフの内容が記されており、たいへん参考になる。</p>

<p>　もちろん、人々の居住形態の変化、スーパーやコンビニ、ネットショッピングの発達など、昔の呼び売り文化を残すには困難な要素が、今の北京の社会には多過ぎる。だが、現代特有のものと思われがちな、聴覚に訴える広告文化や、品物が家まで届く商業形態が、実は解放前にも盛んだった、と気づくことは面白いし、人と品やサービスとのつながりを考える上で示唆に富んでいる。何が買い手を引き付けるのか、という問題を呼び売りの文化から考えてみれば、ひいては現代の商業文化にも面白い刺激となるのではないか。高齢化が進む今、自力で買い物に行くのが困難な高齢者は今後も増え続けるであろうし、スーパーで繰り返し流される録音より、人の美しい肉声にはっと心惹かれるのは、誰しも同じであるように思われるからだ。</p>

<p>　無形文化遺産という概念が呼び売りの声にまで及ぶことは確かに好ましいことだが、果たして単なる文化遺産としてそれらを丸ごと「保存・記録」するだけでいいのか。「呼び売りの効果をどうにか生かして俺も商売をやってみよう」という野心や意気込み、つまり、それまで呼び売りの声を生かし続けた「商人魂」こそが、遺産を本当の意味で継承し、発展させていくように思われてならない。</p>


<center>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</center>
<p><h3 class="caption_g">【関連書籍のご案内】</h3><br />
<div class="leftbox"><a href="http://store.shukousha.com/?pid=10662799" target="_blank" title="集広舎ブックストアへ"><img src="http://www.shukousha.com/media/News/Beijingsaizou_150_200.jpg" width="150" height="200" alt="Beijingsaizou_150_200.jpg" /></a></div><a href="http://store.shukousha.com/?pid=10662799" target="_blank">北京再造ー古都の命運と建築家梁思成</a><br />
王軍 著　多田麻美 訳　<br />
サイズ 	B5平ソフトカバー<br />
販売価格 	4,830円(税込)<br />
戊戌の変法の指導者のひとり梁啓超の長男として日本で生まれた梁思成は、１９５０年代、元・明・清と引き継がれてきた古都北京を保存する都市計画プランを提出した。しかし、このプランは採用されず、再び脚光を浴びることになったのは、北京五輪を控えて、北京の再開発をめぐる論争が繰り広げられた時期である。戦時下、米軍に対し京都と奈良を保護するように提案したという梁思成の逸話にも触れながら、著者は、現代における文化財保護、都市計画のありようを問いかける。</p>

]]></description>
 <category>多田麻美</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/beijing021.html</comments>
 <pubDate>Fri, 28 May 2010 14:35:22 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>狼の見たチベット／第２２回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/ohta022.html</link>
<description><![CDATA[<p>我が輩は狼である。<br />
ここ数日、野菜やツァンパ（麦を乾煎りしたものチベット人の主食）ばかりを食べているチベット人たちを時折見かける。どうやらサカダワの季節が来たようだ。<br />
いきなり聞きなれない言葉に戸惑うものもいるかもしれないので説明することにしよう。サカダワとは、チベット歴の４月のことだ。正月のことをロサルと呼ばれのと同じようにチベット人たちはチベット歴の４月をサカダワと呼ぶ。<br />
なんだただの月の名前かと、わざわざ説明を聞いて損したと思うものもいるかもしれない。<br />
しかしチベット人たちにとってサカダワは大事な意味がある月なのだ。<br />承知の通りチベットは仏教国で、チベット人の多くは敬虔な仏教徒だ。そして仏教徒にとって４月は重要な月だ。<br />
チベット語で「ダワ」とは「月」を意味する。サカダワとは「サカ」の「ダワ」、すなわち釈迦の月という意味だ。<br />
釈迦の誕生日も、悟りを開いた日も、そして死んで仏になった日もチベット暦に換算すると４月の満月の日になる。<br />
そのため４月を釈迦の月サカダワと呼ぶことにしようと、古代のチベット人は定めたのだと推測することができる。</p>

<p>チベットに限らず、アジア各地の仏教圏で４月に釈迦の誕生日を祝う風習がある。<br />
中国ルートで仏教が伝来した地域では４月８日、インドから直接伝来した地域では４月の満月を、それぞれ釈迦の誕生日としていることが多い。<br />
南アジアや東南アジア諸国ではウェーサーク、あるいはこれが訛った言い方でこの日を呼び祭事を行う。<br />
ウェーサークの語源は、サンスクリット語の２月だ。<br />
旧暦で釈迦の誕生月が４月だと言ったが、その時期はインドの暦では２月になる。<br />
そこで、２月を意味するサンスクリット語のウェーサークが、釈迦の誕生を祝う祭りの名前としてアジア各地に広まったのだろう。</p>


<p>一般に日本では、キリストの誕生日であるクリスマスは良く知られているが、釈迦の誕生日の方は年配の人か敬虔な仏教徒以外にはあまり知られていない。<br />
それでも、日本でも釈迦の誕生日には「花祭り」というイベントをお寺で行っている。<br />
「花祭り」は正式には灌仏会と言い、毎年４月８日を釈迦の誕生日と考えて、その日を祝う儀式だ。<br />
その日は灌仏会法要と呼ばれる法要を行い、釈迦の生まれた時に龍神が現れて神酒を注いだという伝説にちなんで参拝者に甘茶を振る舞い、大きな寺や仏教系の小学校や幼稚園では稚児行列を行ったりする。</p>


<p>さて話を戻してサカダワだが、サカダワの期間中チベット人の中には肉食を避けるものや、その期間だけは怒らないようにしようとする者がいる。<br />
なぜなら、サカダワの期間は良いことをすると、その功徳が通常の数百倍になるという大変お得な期間なのだ。<br />
その代わりに悪いことをした場合も数百倍になってしまうので注意が必要だ。<br />
数百倍というアバウトな数字なのは、実は一年ごとに功徳の倍率が違うのだ。お得度が高い年や、お得度の低い年があるということだ。<br />
しかし功徳数百倍とは、ポイント１０倍セール以上にお得で、本当にいいのかと少し心配になる。<br />
だが良く考えると、マニ車（手でクルクル回せる道具、中に経文が収められている）といった一回転させればお経を一回唱えたのと同じ功徳があるといった便利グッズがあったり、チベット人という連中は、けっこう仏教と気楽につきあってるのかもしれない。<br />
中にはＣＤの表面に真言を印刷し、一分当たり２００回〜４５０回（ＣＤの回転速度は内側を読むときほど早く、外周部を読むときほど遅いので回転数は一定ではない）の功徳を積んでいるというツワモノもいるらしい。<br />
さすがにマニＣＤまでいくと、一般的な話でなく、そういう個人がいるという話だし、本人もそれで本気で毎分数百回の功徳を積もうなどとは考えていない。ニヤリと笑うためのジョークだ。<br />
チベット人にとっては仏教は完全に生活に溶け込んでいるので、２４時間３６５日真面目に功徳を積んでいたら、いくらなんでも肩が凝ってしまいそうだし、このくらいの付き合い方で丁度良いのだろう。</p>

<p>
さらに言えば我が輩も詳しくは知らないがチベット歴には、この日は功徳一万倍とか、あるいはそれ以上の特別日もあるそうだ。<br />
おそらく、釈迦の誕生日当日は、そうとうに倍率が高いに違いない。<br />
西暦２０１０年５月２８日が、チベット暦２１３７年のサカダワの満月だ。<br />
この日は、諸君らもいつもよりほんの少しだけ良い人ぶってみるのも良いかもしれない。</p>



<p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />
【小社出版書籍のご案内】</p>
<p><b>ツェリン・オーセルさんがIWMF(International Women's Media Foundation)で<a href="http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=27297" target="_blank">カレッジ・ イン・ジャーナリズム・アワード（Courage in Journalism award）</a>を受賞！</b></p>
<p>勇敢な女性ジャーナリストに贈られる賞だそうです。</p>

<div class="leftbox"><a href="http://store.shukousha.com/?pid=16586417" target="_blank" title="集広舎ブックストアへ"><img src="http://www.shukousha.com/media/News/satsugo_cover.jpg" width="120" height="166" alt="satsugo_cover.jpg" /></a>
</div><p>書名：<a href="http://store.shukousha.com/?pid=16586417" target="_blank" title="集広舎ブックストアへ">殺劫（シャーチェ）チベットの文化大革命</a><br />
著者：ツェリン・オーセル（茨仁唯色、Tsering Woeser）<br />
訳者：藤野　彰（ふじの・あきら）<br />
　　：劉燕子（リュウ・イェンズ）<br />    
Ａ５並製／４１２頁<br />
定価 ４,８３０円(税込)<br />
発行：集広舎<br />
発売：<a href="http://www.cbshop.net/" class="znkwl" target='_blank' title="中国書店">中国書店</a><br />
ISBN：978-4-904213-07-0　C0022</p>

<p>チベット「封印された記憶」の真実——。</p>

<p>一九六六年から十年間、チベット高原を吹き荒れた文化大革命の嵐は、仏教王国チベットの伝統文化と信仰生活を完膚なきまでに叩き壊した。現在も続くチベット民族の抵抗は、この史上まれな暴挙が刻印した悲痛な記憶と底流でつながっている。長らく秘められていた「赤いチベット」の真実が、いま本書によって四十余年ぶりに甦る。</p>]]></description>
 <category>太田秀雄</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/ohta022.html</comments>
 <pubDate>Mon, 24 May 2010 14:13:46 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>狼の見たチベット／第２１回</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/ohta021.html</link>
<description><![CDATA[<p>我が輩は狼である。<br />
先日語った<a href="http://www.shukousha.com/column/ohta019.html" title="狼の見たチベット第１９回">東チベットで起きた大地震</a>について、もう少し語ろう。<br />
地震から一週間ほどは、日本国内でも報じられていたので地震の存在を意識することもあったかと思う。<br />
ところが、いつしか報道は消え、地震があったことすら覚えてない人も多いのではないだろうか。<br />
地震のことをお前さんたち日本人の多くが忘れてしまったのは仕方がない部分も多い。<br />
中国政府自体が、地震が起きて一週間ほどで、すでに終わったこととすべく幕引きに動いていたのだから。</p><p>チベット各地から被災者を救うために僧侶たちが集まった話は第１９回で話した。<br />
集まった僧侶の人数は１万人弱、中国政府が投入した救助隊よりも若干少ない程度の人数だった。<br />
ところが、中国政府は震災から１週間ほどで、彼らの大部分に退去を命じた。それは救助隊の救助活動が打ち切られたのと、ほぼ同時期だった。<br />
なぜ、中国政府は、素早く救出活動を打ち切ろうとしたのだろうか？
たしかに、埋まって１週間もたてば、生きている望みは限りなく薄い。<br />
だが残された家族からすれば、死体が見つかるまでは“もしかしたらまだ生きているのではないか？”という思いが捨てきれないことは、獣である我が輩よりも、お前さんたちのほうがよくわかることかと思う。<br />
そして、チベット人と言う連中は、何世代も寒冷な高地で生き続けてきたタフな人種であり、実際に１週間や１０日生き続けていたとしてもなんら不思議ではない。</p>

<p>今回の地震の犠牲者の人数だが、中国政府の公式な発表では、およそ２２００人。<br />
現地のチベット人の言葉によれば１００００人〜１５０００人。<br />
かなりかけ離れた数字だ。おそらく、どちらも正確な数ではないだろう。<br />
チベット人たちが言う数字は、統制がとれた組織でまとめられたものではないので、消息がわらかない者を犠牲者として扱ったり、同じ人物を別々な場所で二度数えてしまっている数字が混ざっているのではないかと推測される。<br />
それでは、中国側が掲げている数字の方が正確かと言えば、そうも言えない。</p>


<p>中国側の統計では、多くの人数が犠牲者の数から省かれている。<br />
まず、犠牲者として数えられているのは、被災の中心地であるジュクンドの町の居住者だけだ。周辺の村々での犠牲者は犠牲者としてカウントされていない。<br />
さらに、ジュクンドに住んでいても、ジュクンドの配給票を持つもののみが、犠牲者として数えられていて、配給票を持たないものは、犠牲者の数に数えられていない。<br />
地震が起きたジュクンドはチベットの三大地域であるカムとアムドの境に近い古来からの交易地だった。多くの商人がカム地方、アムド地方の両方から集まっていた。彼らはジュクンドの定住者でないので、ジュクンドの配給票は持たず犠牲者にカウントされていない。<br />
また定住者でも、定住してすぐに配給票が貰えるわけでなく、定住して６年や７年という歳月を経るまで配給票を得ることができない。それどころか長らくこの地に住んでいる老人の中にも配給票を持たないものもいる。
</p>

<p>配給票を持たない死者は、犠牲者として計上すらされない。<br />
それでは配給票を持たない生者はどうだろうか？<br />
配給票と言う言葉の通り、配給を受け取れない。中国政府からの支援は配給票を持つ者のみが受け取れる。先ほど語ったような理由で被災地に居住しているにも関わらず配給票を持たないものはもちろん、地震によって配給票が埋まってしまったものも中国政府による支援を受けることはできなかったのだ。</p>


<p>支援を受けられないチベット人たちを支えたのはチベット各地から集まった僧侶たちだった。<br />
しかしながら、中国政府が彼らを被災地から追放しただけではあきたらず、政府を通さずに被災地に義援金や救難物資を運び込んだのは政府に対する挑戦行為だとして支援活動に従事した僧侶たちを取り調べている。<br />
救難活動をしたこと、被災地の実情を知らせる映像を撮影して公開したこと、犠牲者数が中国政府の公式発表よりも多かったと主張していること、全て中国政府に対する挑戦行為として、厳しい追及が行われている。</p>


<p>すでにジュクンド市内からは中国の救援隊は撤収し、民間による救援活動も厳しい検問によって阻まれている。<br />
検問の目をかいくぐって山を越えてたどりつくか、検問の兵士を買収する以外に、支援の物資を届ける手段は今はない。<br />
しかし、今はその細々とした物資のみが被災者たちの頼みの綱なのだ。</p>




<p>〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・</p>

<p><b>東チベット地震　被災者救援のための寄付のお願い </b><br />
(Students for A Free Tibet Japan)<br />
<a href="http://www.sftjapan.org/nihongo:donatetoquake" target="_blank">http://www.sftjapan.org/nihongo:donatetoquake</a>

</p>
<p>ゆうちょ銀行　振替口座　02260-6-70726<br />
口座名義：SFT日本<br />
他銀行からの振込：二二九店　当座口座　0070726　エスエフテイ　ニホン</p>

<p>みずほ銀行　宇都宮支店　普通口座　4379778<br />
口座名義：SFT日本</p>

<p><b>＊いずれも、SFTへの通常の寄付と区別するため、<br />
誠に恐れ入りますが、下記のアドレスに「地震救援」のご連絡をお願いします。<br />
sft.jp.donation@gmail.com</b>
</p>
<p><span style="color:#993300">＊誠に申し訳ございませんが、税控除されません</span></p>




<p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />
【小社出版書籍のご案内】</p>
<p><b>ツェリン・オーセルさんがIWMF(International Women's Media Foundation)で<a href="http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=27297" target="_blank">カレッジ・ イン・ジャーナリズム・アワード（Courage in Journalism award）</a>を受賞！</b></p>
<p>勇敢な女性ジャーナリストに贈られる賞だそうです。</p>

<div class="leftbox"><a href="http://store.shukousha.com/?pid=16586417" target="_blank" title="集広舎ブックストアへ"><img src="http://www.shukousha.com/media/News/satsugo_cover.jpg" width="120" height="166" alt="satsugo_cover.jpg" /></a>
</div><p>書名：<a href="http://store.shukousha.com/?pid=16586417" target="_blank" title="集広舎ブックストアへ">殺劫（シャーチェ）チベットの文化大革命</a><br />
著者：ツェリン・オーセル（茨仁唯色、Tsering Woeser）<br />
訳者：藤野　彰（ふじの・あきら）<br />
　　：劉燕子（リュウ・イェンズ）<br />    
Ａ５並製／４１２頁<br />
定価 ４,８３０円(税込)<br />
発行：集広舎<br />
発売：<a href="http://www.cbshop.net/" class="znkwl" target='_blank' title="中国書店">中国書店</a><br />
ISBN：978-4-904213-07-0　C0022</p>

<p>チベット「封印された記憶」の真実——。</p>

<p>一九六六年から十年間、チベット高原を吹き荒れた文化大革命の嵐は、仏教王国チベットの伝統文化と信仰生活を完膚なきまでに叩き壊した。現在も続くチベット民族の抵抗は、この史上まれな暴挙が刻印した悲痛な記憶と底流でつながっている。長らく秘められていた「赤いチベット」の真実が、いま本書によって四十余年ぶりに甦る。</p>]]></description>
 <category>太田秀雄</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/ohta021.html</comments>
 <pubDate>Sat, 22 May 2010 13:21:55 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title>路上の詩／vol.034</title>
 <link>http://www.shukousha.com/column/higeto_034.html</link>
<description><![CDATA[<h3 class="caption_m">路上の詩　[ホームレス川柳]／vol.034</h3>

<p style="line-height:260%;">
風邪引くと　ますます伸びる　無精髭　　　髭戸　太<br />
春になり　やっと帰れる　マイベンチ　　　髭戸　太<br />
老猫（ろうびょう）と　日がな一日　ベンチかな　髭戸　太<br />
ふとん干し　遠く眺めて　ベンチ寝る　　　髭戸　太<br />
食事には　せめて一緒に　温いお茶　　　　髭戸　太<br />
暖かい　陽射しが恐い　古弁当　　　　　　髭戸　太<br />期限切れ　残さず食べて　エコ活動　　　　村中　小僧<br />
この帽子　寝ぐせ隠しと　寒さよけ　　　　村中　小僧<br />

ストレスは　ホームレスにも　消えぬ日々　　麺好　司<br />
防寒着　その下薄着　春支度　　　　　　　麺好　司<br />
何処居ても　信用できぬ　他人（ひと）の中　麺好　司<br />
住民票　取るに取れない　ホームレス　　　麺好　司<br />
身内には　電話掛けずに　手紙書き　　　　麺好　司<br />
給付金　我が寝床には　ハガキ来ず　　　　麺好　司<br />

新聞の　給付金記事　探し読む　　　　　　沢野　健草<br />
今どきの　話題と言えば　保護の事　　　　沢野　健草<br />
寒もどり　はなたれ小僧に　逆戻り　　　　沢野　健草<br />
イベントで　生米もらい　ああ重い　　　　沢野　健草<br />
桜咲く　故郷の桜も　一緒かな　　　　　　沢野　健草<br />
寝袋の　花びら一つ　春の使者　　　　　　沢野　健草</p>]]></description>
 <category>髭戸太</category>
<comments>http://www.shukousha.com/column/higeto_034.html</comments>
 <pubDate>Sat, 22 May 2010 13:10:00 +0900</pubDate>
</item>
  </channel>
</rss>