Archive for November 2009
歴史時代小説を読む/第21回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第21回
書 名『江戸・東京百景 広重と歩く』
著 者 名 大久保博則 安田就視
写 真 家 安田就視
発 売 角川グループパブリッシング
発行年月日 2009年11月25日
定 価 本体1280円+税
広重の絵『名所江戸百景』119景と、絵の描かれた場所で撮った写真「平成の東京百景」119葉が左右に並べられて配置され、鑑賞できる。カメラマンの安田就視氏は「情緒がなくなりつつある東京の風景を広重の心になって美しく残しておきたい」と思い、シャッターを切っている。しかも、10年もの歳月をかけて。広重の絵と安田氏(以下、Y氏と表記)の写真を比較しながら、読者は“広重気分”で江戸と東京の時空を思うがままに往還できる本のつくりとなっている。
本書の巻頭を飾るのは《日本橋雪晴》。「日本橋」は広重の頃とは思いもよらないほど変り果ててしまったものの代表格である。
狼の見たチベット/第9回
我輩は狼である。チベット本土を離れたチベット人たちがインドのダラムサラという町を拠点にした話を前回語った。
我輩もチベットに関心を持ったきっかけが、チベットから命がけで脱出するチベット人たちの姿だったから、脱出した後のチベット人たちの様子も見ておくのもスジだろうと思いダラムサラまで駆けてきた。さすがに年中駆け続けで脚の裏が若干磨り減ってきたように感じる。
幸いなことにダラムサラには野良犬が多く、我輩がおとなしくしていれば紛れ込むのは、それほど難しくはなかった。誇り高き狼が犬のふりをすることには心が痛んだが、チベット本土で散々やってきたことだ今更気にしてもしかたない。
狼の見たチベット/第8回
吾輩は神出鬼没の狼である。野生動物である吾輩には、人間の定めた国境など関係ないのでどこにでも四本の脚で駆けていくことができる。
前回、前々回はチベットの環境について語った。環境については野生に生きる身として言いたいことはまだまだあるが、あまり続けると「狼の見たチベット」ではなく「狼の語る地球環境」になってしまうのでいったん別な話題に変えることにする。
歴史時代小説を読む/第20回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第20回
書 名 『いさご波』
著者名 安住洋子
発 売 新潮社
発行年月日 2009年10月20日
定 価 本体1500円(税別)
「沙(いさご)の波」「暁(あかとき)の波」「ささら波」「夕彩(ゆうあ
や)の波」「澪(みお)の波」、全5編の短編集である。「ささら波」を除き
4編は、御家断絶に見舞われた赤穂浅野家と御家騒動で分断された九鬼家に仕
える下級武士の、ひたむきに生きる姿が武士の矜持とともに描かれている。
書名の由来となった巻頭の「沙(いさご)の波」の主人公は藤野幸右衛門、
36歳の前橋藩士。元赤穂藩士の父を持つ幸右衛門は浪人暮らしを経て22歳
で前橋藩に抱えられた。
狼の見たチベット/第7回
吾輩は地球に優しい狼である。なぜなら、前回今回と環境について語っているからだ。
しかし、何時の頃からか定着した「地球に優しい」という言葉、吾輩たちから見れば実に尊大としか思えない。
いつも会うたびに隣人を10発殴っていた男が、隣人の怪我が酷いので殴る回数を8発ずつに減らした。
そして男は自ら語った「ああ、俺は何て隣人思いの優しい男だろう。」
人間の言う地球に優しいという言葉は、この男の言う優しさと大差なく思うのは吾輩だけだろうか。
もちろん、それでも殴られる側からすれば回数が減らないよりはましだとは思うが。
路上の詩/vol.022
路上の詩 [ホームレス川柳]/vol.022
台風 駅の窓から 覗いてる 髭戸 太
夜公園 静まり返る 寝床かな 髭戸 太
寒ければ 温かいおでん 熱燗と 髭戸 太
銀マット 暖かいけど 汗で濡れ 髭戸 太
ずり落ちる 毛布を縛る ミノムシかッ 髭戸 太
露天でも マイヤー毛布 暖かい 髭戸 太
冬公園 壁は無くても 一人部屋 髭戸 太
路上の詩/vol.021
路上の詩 [ホームレス川柳]/vol.021
秋風に 久方ぶりの ダンハウス 髭戸 太
ダンハウス 作りたくても 秋雨が 髭戸 太
秋雨が 濡れて染み入る 青シート 髭戸 太
秋雨を さけて過ごすも 下は水 髭戸 太
秋雨が ベンチ濡らして 寝床無し 髭戸 太
秋雨に 炊き出しならぶ ボロイ傘 髭戸 太
歴史時代小説を読む/第19回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第19回
書 名 『飛将軍李広』
著 者 塚本青史
発行所 角川春樹事務所
発行年月日 2009年10月8日
定 価 本体1800(税別)
「漢の飛将軍」李広は李陵の祖父である。李氏は、
戦国の末に秦に仕えた将軍李信を生んだ武門の名家
であった。上背があり、臂が猿のように長い李広は
強弓を取るや抜群の命中率を示した天性の射手で、
李陵など彼の子孫でも李広に及ぶものがなかったと
いう。あたかも、我が国の鎮西八郎為朝のようでは
ないか。天才児・義経も弓では叔父の為朝にはかな
わなかったという。
狼の見たチベット/第6回
吾輩は狼である。前回は、吾輩がチベットの広大さに感嘆したところで終わってしまった。
生意気なパンダと別れたあと、本当にチベットはそんなに広いのだろうかという疑問が吾輩の頭に浮かんできた。
笹を食うしか能がない奴の話を鵜呑みにして良いのかという気持ちもあったし、チベット三州全てがチベットだというのはチベット人の言い分であって、中国人には中国人の言い分もあるだろうとも思った。
そこで、吾輩はパンダが言うチベットの境界線をぐるりと駆け巡ってみることにした。吾輩の健脚をもってしてもかなりの時間を要する旅だった。













