Archive for December 2009
燕のたより/第15回
ジャーナリストの張高峰:独立した一知識人
1.はじめに・『温故一九四二』について
2006年に拙訳『温故一九四二』が中国書店から出版されました。そして
「産経新聞」(二〇〇六年四月九日)、「読売新聞」(五月四日、六月四日)
などで取りあげられ、また一時はヤフーのアクセスで第二位まで上がり、大き
な反響を呼びました。
この『温故一九四二』は、一九四二年の河南省の大飢饉をモチーフにして、
その犠牲者や被害者の子孫である作家の劉震雲が、中国側の文献資料を調べた
だけでなく、生存者や遺族の証言(口述資料)を収集して実態に迫り、さらに、
アメリカの週刊『タイム』の記者のセオドア・ホワイトのドキュメンタリー
(『歴史の探求:個人的冒険の回想』堀たお子訳、サイマル出版会、1981
年)も参考にして叙述した実録小説です。しかも、劉震雲は資料を多角的に考
察し、そこから読者は様々な示唆を得ることができます。
歴史時代小説を読む/第23回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第23回
書 名『月華の銀橋——勘定奉行と御用儒者』
著 者 名 高任 和夫
発 売 講談社
発行年月日 2009年11月5日
定 価 本体1800円(税別)
徳川5代将軍綱吉といえば、生類哀れみの令や側用人柳沢吉保の重用などで評判の悪い将軍であり、綱吉と吉保のコンビから、私たちは華やかな“元禄”を、そして“赤穂浪士の討入り”を思い浮かべるであろうが、本書『月華の銀橋——勘定奉行と御用儒者』は綱吉の信任を得て、貨幣改革に取り組み、幕府の財政を立て直すことに奔走した勘定奉行・荻原重秀(1658〜1713)を主人公とし、綱吉が逝去するや、6代将軍家宣の将軍侍講(政治顧問)として権勢を振い、重秀を「有史以来の奸物」「極悪人」と弾劾し罷免させた御用儒者・新井白石(1657〜1725)をもう一人の主人公とした歴史小説である。
狼の見たチベット/第11回
我輩は狼である。
すべての生き物は、生まれ、成長し、そして死を迎える。
それは、あらゆる者にとって、避けることのできない運命である。
人間という生き物は、死というものに対して多くの価値観を持っている。
単純に消滅として受け止めるもの。
死後、天国、あるいは地獄が待ち受けていると考えているもの。
あるいは、肉体は滅んでも魂は不滅で、何度でも生まれ変わり続けると信じているもの。
残念ながら我輩は死んだという経験がない、あるいは少なくとも記憶に残っていないために、どの価値観が正しいかを論ずることはできない。
歴史時代小説を読む/第22回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第22回
書 名 『葛野盛衰記』
著 者 森谷明子
発 売 講談社
発行年月日 2009年10月27日
定 価 本体1900円(税別)
日本の古代宮都は平城京から長岡京、長岡京から平安京へと、桓武天皇(737〜806)の時代に、北へ北へと遷都された。中国的な皇帝像を理想としたとされる桓武天皇による2度の遷都造営には巨大な国費と厖大な労働力が必要とされた。
長岡京はかつて“幻の都”といわれ、その実在を疑う向きもあったが、昭和30年からの十数回にわたる発掘調査で、平安京に優るとも劣らない都城であったことが判明している。なぜ長岡京はわずか10年の束の間の都でしかなかったのか。
今日、京都市の東西を、東の鴨川と西の桂川の、二つの川が流れている。賀茂川ともいう鴨川はふるくから鴨川であるが、桂川に関しては、京都盆地流入以南の桂川を、古代人は葛野川(かどのがわ)と呼んでいた。長岡京は葛野川の下流の乙訓(おとくに)郡長岡村に、平安京は葛野川の上流の葛野郡宇太村にそれぞれ造営された。
古代、「葛野」と呼ばれていた桂川流域の平野は京都盆地最古の、しかも最高の豊穣の地であった。本書『葛野盛衰記』の「葛野」は“古代京都”の意味である。
狼の見たチベット/第10回
我輩は狼である。チベットの空は青い。
ナンパラ峠の虐殺に始まり、九回に渡ってチベットについて語ってきた。
チベットで今どんなことが起きているのかの片鱗ぐらいは伝えられたのではないかと思っている。
今、どうなっているのかを知ったら、次に出てくる疑問はどうしてこんな状況になったのか。今までの経緯という奴を知りたくなるのが人情というものかと思う。もっとも我輩は人でなく狼なのだが。













