Archive for January 2010
狼の見たチベット/第13回
我輩は狼である。改めて、新年の祝いとやらを申し上げる。
新年を祝うというのは、人間独自の風習なので、本来我輩がつきあう義理はないのだが、我輩の話を記録している人間が挨拶したがっていたので挨拶をすることにした。
記録係と言えば、この人間、2009年末に信号待ちで停車中に後ろから追突されて、現在ムチウチとやらに苦しんでいるらしく、我輩の話を記録してお前さんたちに伝える作業が遅れがちになっている。そのうち元気になるだろうから気長に待ってくれればうれしい。
今回は、新年ということで正月について語ろうと思う。
チベットにも正月はある。チベット語でロサルと呼ぶ。
チベットには独自のチベット暦があり、チベット暦での新年を祝う。
バウルの便り/第10回
インド西ベンガルの村からバウルの便り
バウルの唄
傍に居る人を、
どうして、大声で呼んでいるんだい?
お前が居るところに、その人も居るんだよ。
一体、誰を探し回っているのかね。
手の届くところに居る人を
ダッカへ、デリーへと探しに行く
いったい何の真似だい?
お前のような哀れな人間は
この世にいないさ。
稲光りが眼を眩ませ魅了するように、
時々、この快楽の館に、
閃光を放つ
いつもその傍に居るというのに、
眼に入らないのさ。
部屋の中に、もうひとつの部屋。
そこに誰が住んでいるのか
どうして見つけようとしないのだ。
師、シラジ・シャインは 言う、
愚かなラロンよ、
それはお前のその姿と
同じ姿をしているのだよ‥‥‥‥と。
狼の見たチベット/第12回
我輩は狼である。
2010年、新しい年の幕開けだ。
ヤクから聞いた話の続きをする予定だったが、その前に一つ語らねばならない話がある。
ドンドゥプ・ワンチェンという名前を覚えているだろうか。
チベットの現状を世界に伝えようと、普通に生活しているチベット人たちの生の声を映像にとりためて送り出した男だ。
(狼の見たチベット第3回、第9回参照)
2008年3月から中国当局に拘束されていた彼に、昨年末2009年12月28日に非公開の裁判で、懲役6年の判決がくだされていたことがわかった。
中国がチベットに設置している刑務所では、通常囚人たちは医療の恩恵を受ける機会を与えられない。
病や衰弱が末期に来た囚人のみが、刑務所内で死亡したわけではないという体裁を繕うために、軍病院に移送されたり、家族のもとに引き渡され、そして息絶えるのが慣例だ。
以前語ったように、ワンチェンは不衛生な留置所内での拷問と虐待でB型肝炎に感染している。ワンチェンが6年の懲役を生き延びることができるのか。我輩はいたたまれない思いで、ただ吼えることしかできなかった。
歴史時代小説を読む/第24回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第24回
書 名 『花や散るらん』
著 者 葉室 麟
発 売 文藝春秋
発行年月日 2009年11月15日
定 価 本体1500円+税
葉室 麟は1951年、北九州市小倉の生まれ。2004年デビュー作『乾山
晩愁』で第29回歴史文学賞を受賞し、以後、一貫して歴史・時代小説を書い
ている。
「忠臣蔵」は歴史小説家の看板を掲げる限り避けられないテーマであるらし
い。「忠臣蔵」については事件発生このかた300年間、書き尽くされたよう
でいて、これはもう動かしがたいという決定的なものがない、とされる。「忠
臣蔵」についてわかっていることは、以下の史実のみである。
〈元禄14年(1701)3月14日。赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(たくみの
かみながのり)が勅使下向の殿中において、吉良上野介義央に刃傷に及び、即
日切腹を命じられる。大石内蔵助良雄ら赤穂浪士四十七士が主君の仇・吉良上
野介の邸に討入ったのは元禄15年(1702)12月14日のことであっ
た。〉
「刃傷の原因」、「討ち入りの目的」、「大石良雄の資質がどうであったか」
は主たる争点であり、これらを組み合わせれば、“さまざまなる忠臣蔵”が可
能となろう。
中国知識人群像/第10回
「自由」を問い続ける人びと(3)
黄色いリボン
中国の「維権運動(権利擁護運動)」に関する情報発信をしているウェブ サイト「維権網」は、12月21日のトップページで「国家政権転覆扇動 罪」に問われている劉暁波の初公判が2日後の23日午前9時から、北京市 第一中級人民法院で行われると伝えた。「維権網」をはじめ、中国国外に拠 点を置いている各種ウェブサイトは、「08憲章」と劉暁波に関する情報を 逐次発信しているが、中国国内では厳しく管理されているために通常はそれ らにアクセスすることはできない。だが、規制があればその壁を超えるため の手段も開発され、規制されたウェブサイトを様ざまな方法で閲覧している ネットユーザーも多い。
中国知識人群像/第9回
「自由」を問い続ける人びと(2)
2009年のクリスマス
2009年10月1日、中国は建国60周年を迎えた。厳戒態勢のもとで 10年ぶりに行われた大規模な軍事パレードは圧倒的な力を誇示し、一連の 祝賀行事は建国60年の輝かしい歴史を強調した。世界各国が金融危機の影 響から脱することができずにいた中で、中国経済はいち早く回復を見せ、高 い経済成長に裏付けられた自信に満ち溢れていた。11月中旬にはアメリカ のオバマ大統領が訪中し、政治、経済はもとより、あらゆる分野において国 際社会に与える中国の影響力の大きさが印象付けられた。だが、そうした華 やかさとは無縁のところで、逮捕された劉暁波の行く末を案じる人びとがい た。
中国知識人群像/第8回
「自由」を問い続ける人びと(1)
自由・民主・人権 2009年12月25日、クリスマスに北京から届いたのは、「劉暁波、懲役11年」という知らせだった。中国の民主化についての建議書「08憲章」の起草者の一人であり、その発表前夜に拘束され、「国家政権転覆扇動罪」の容疑で逮捕された劉暁波に対して、北京市第一中級人民法院(地裁に相当)は、懲役11年と政治的権利剥奪2年の実刑判決を言い渡したのだ。
世界各地で多くの人びとが祝日を祝い、祈りを捧げ、家族や友人と集い語りあうこの日に、中国では「言論の自由」を問う知識人に、重刑が科せられたのである。














