廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第01回

社会的連帯経済とは?

 はじめまして。現在スペインはバレンシア大学に留学中の廣田裕之(ひろた・やすゆき)と申します。今後この連載で、社会的連帯経済のさまざまな側面について紹介してゆきたいと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。

 さて、社会的連帯経済という表現は日本ではほとんど使われていないことから、ご存知の方は非常に少ないものと思いますが、ラテン諸国(フランス、イタリア、スペイン、ケベック、中南米)、そして最近では東南アジアでは少しずつ広がりつつある表現です。この連載を始めるにあたって、まずは社会的連帯経済という単語がカバーする範囲について簡単に紹介することから始めたいと思います。社会的連帯経済という表現は、社会的経済と連帯経済という二つの表現が組み合わされることで生まれたものですので、まずはこの両表現が生まれた背景について簡単にご紹介することにしましょう。

 社会的経済という表現が広く使われ始めたのは1980年代のフランスで、その後フランスの影響力が強い他のラテン諸国でもこの表現が使われ始めましたが、主に協同組合、NPO(フランス風に言うならアソシアシオン)、財団そして共済組合がこの社会的経済を構成していると考えられています。1980年代というと、石油危機によって高度経済成長が終焉を迎え、民間企業の成長に伴う税収増によって社会福祉を支えるという経済構造が続かなくなり始めた時期で、実際この時期に米国やイギリスはレーガンやサッチャーにより規制緩和や補助金カット、そして国営企業の民営化など新自由主義的な改革が始まったのですが、フランスでは1981年から1995年まで社会党のミッテランが大統領を務め、社会的経済を推進する道を選んだのです。この傾向はその後も続き、2012年に発足したオランド政権ではブノワ・アモンが社会的連帯経済および消費担当相に任命されています。フランスにおける社会的連帯経済の広がりについては、こちらのサイト(フランス語)をご覧ください。

 協同組合自体は19世紀から欧州各地に存在していますが、普通の企業(特に大企業)との間にはいくつかの大きな違いがあります。まず、大企業の所有者は株主であり、従業員はその企業に雇われた存在でしかありませんが、協同組合の場合は組合員全員が保有していることになります。このため、企業の運営は基本的に経営者の独断で行われる一方で、協同組合の場合には組合員全員による民主的な運営が可能になります。労働者自身が経営する労働者協同組合や、食の安全を求める消費者が集まって結成する消費者協同組合(生活協同組合)、そして日本ではこの他にも農協や商店街振興組合、信用金庫や労働金庫などが含まれますが、これら全てに共通して言えることは、外部から資金だけを提供する株主のためではなく、あくまでも組合員の利益を実現するために経済活動を行っている点です。また、協同組合は組合員のみならず地域社会のためにも活動を行う存在となっています。このことから、社会的経済の一員として認められているのです。

画像:ICA(国際協同組合連盟)のロゴ

 NPOについてはご存知の方も多いと思いますが、社会福祉やスポーツ、市民活動などさまざまな分野で非営利活動を行う団体です。実際にはNPOも様々な経済活動を行い、それにより利益を上げることができますが、その利益は理事や役員には配当されず、あくまでもそのNPOの活動における必要経費としてしか使うことができません(たとえば高齢者介護の活動を行うNPOがバザーで10万円の利益を得た場合、これはあくまでも介護活動に使う)。その一方で運営については会員全員によって民主的な形で行われます。財団についてもNPOと似たような活動を行っていますが、NPOと異なり一般会員は存在せず、そのかわりに設立者の意志を汲んだ運営が理事会に委任されることになります。どちらも資本主義的な論理とは無縁な形でさまざまな活動を実施する点で共通しているため、社会的経済の一員に認定されています。

 これに対し、連帯経済は1990年代の中南米で生まれ、その後ヨーロッパやアジアなど他の大陸でも使われるようになった表現ですが、これは新自由主義的な経済改革から取り残された貧困層などが集まって、自分たちのできる経済活動を通じて貧困から抜け出そうという運動で、これに関連した各種経済活動、たとえばフェアトレードやマイクロクレジットといった運動も、どちらかというと社会的経済よりは連帯経済の一員としてみなされています。このような新自由主義に対抗する運動として、「もう一つの世界は可能だ」というスローガンの下で世界社会フォーラムが2001年より世界各地で開催されるようになっていますが、正に連帯経済はこの「もう一つの世界」を経済面で実現している運動として注目されるようになりました。特にブラジルでは、2003年には労働雇用省内に連帯経済局が設立され、民間レベルでもブラジル各地の実践者などが集まってブラジル連帯経済フォーラムが立ち上がり、大学や自治体などでも連帯経済の取り組みが進んでいます。

ブラジルの連帯経済を紹介したプロモーションビデオ(12分、日本語字幕あり)

 社会的経済と連帯経済は、非資本主義的な経済活動を目指しているという点では共通していますが、1970年代までに確立した団体(農協や消費者生協、労働金庫など)として運営されている社会的経済と、1990年代以降の新興勢力の側面が強い連帯経済の間では方向性にかなり違いがあり、一時的はそれほど交流のない時代もありましたが、最近では両者をまとめた社会的連帯経済という表現が頻繁に使われるようになっています。以前から存在しているRIPESS(社会的連帯経済プロモーター国際ネットワーク)に加え、たとえば2011年10月にカナダのモントリオール市で開催された国際社会的連帯経済フォーラムや、2013年5月にスイスはジュネーブ市で開催される国連社会開発研究所主催の学会「社会的連帯経済の潜在性と限界」では、社会的連帯経済という表現が使われています。

 今回はあくまでも社会的連帯経済の概要を示すだけにとどめますが、今後この連載で世界各地に広まっている社会的連帯経済のさまざまな側面を紹介したいと思います。よろしくお願いします。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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