今回は、社会的連帯経済の大部分を占める協同組合について考えてみたいと思います。

 協同組合は、19世紀にヨーロッパ各地で生まれ、その影響を受けて日本や南北アメリカ大陸などでも広がった組織形態です。18世紀後半に英国で始まった産業革命により大量生産が可能になると、民間資本の手により工場がたくさん建設され、そこでは子どもを含む数多くの労働者を長時間低賃金で酷使されるようになりました。過酷な仕事に加えて食事を満足に取ることもままならない状況下、少なからぬ労働者が病気にかかったり、命を落としたりしました。その後、労働時間を制限したり児童労働を禁止する法律が制定されるなどして多少状況は改善しましたが、それでも通常の民間企業はあくまでも株主の共同所有物である以上、経営者としては法律を守った上で、従業員よりも株主の顔を向いた経営を行うしかありません。

 しかし、仮にこの株主が、他ならぬ従業員自身であればどうなるでしょうか。当然のことながら、労働者の健康よりも自分の金銭的利益だけを重視する外部資本家がいなくなれば、自分自身に無理強いするような経営は誰も行わず、あくまでも自分たちの生活向上を目指した互助会的な企業運営が可能となります。生産活動に取り組むのが基本的に労働者である以上、その労働者自身が経営面でも主導権を取れるようになれば、より人間的な生活も可能となります。また、株主のために環境を犠牲にするのではなく、きちんと環境に配慮した経営が行われるようになります。こうして生まれたのが協同組合です。

 また、協同組合の歴史を考える上では、消費者協同組合(日本では消費生活協同組合と呼ばれる)も忘れてはなりません。当時の英国では、食事についてもまともなものにありつけない状況でした。小麦粉やコーヒーなど食料品に石灰や泥など食べ物というには程遠いものが混ぜられており、それを労働者は消費する状況が当たり前だったのです。そのような中で消費者としての労働者の生活の質を上げるために消費者協同組合が生まれました。これにはまた、工場自体を協同組合として立ち上げるには膨大な額のお金が必要なので、とりあえずは比較的安く創立できる消費者協同組合を作って資金を貯めて、お金が十分に貯まったら協同組合として工場を設立しようという目的もありましたが、実際に消費者協同組合が生まれると他の店との競争が激しくなり、最終的には消費者協同組合の資金で別の工場を作るまでには至りませんでした。

 さて、このような背景を持つ協同組合ですが、その歴史を振り返る上で2つほど忘れてはならない事例が英国に存在します。今回はそれをご紹介したいと思います。
 最初の事例は、現在ではユネスコの世界遺産となっているスコットランドはグラスゴーから50kmほど南東にあるニュー・ラナークです。ここには、デヴィッド・デイルという人が創設した紡績工場があり、当初から他の工場と比べると従業員の福利厚生に配慮した経営が行われていたのですが、デイルの娘婿にあたるロバート・オーウェンが1800年に経営を担当するようになるとこの工場を買い取り、児童には労働をさせるのではなく学校に通わせたり、酒に溺れて労働者が堕落するのを防ぐために飲酒を禁止したりするなどの方策を打ち立てました。こういった福利政策に株主が文句を言うようになると株主から工場の所有権を買い取り、協同組合として運営を始めたのです。オーウェン自体はその後、協同組合主義の理想を求めて米国インディアナ州に移住するものの現地では事業に失敗してしまい、この工場も紡績産業自体が英国内で行き詰ったこともあって1968年に閉鎖されてしまいますが、協同組合の歴史を語る上では欠かせません。

ニューラナーク村の風景(出典: Wikipedia)

◀ニューラナーク村の風景(出典: Wikipedia)

 もう一つの重要な事例は、イングランド北部マンチェスター市から20キロほど北のロッチデール市で1844年に消費者協同組合として生まれたロッチデール先駆者協同組合(詳しい情報はこちら(日本語PDFファイル)で)です。これ以前にも消費者協同組合は英国各地に存在していましたが、持ち合わせの現金に乏しい労働者を相手にしているということで信用売りが大量に発生し、売掛金を回収できないまま倒産してしまう例が後を絶ちませんでした。このため、ロッチデール先駆者協同組合では現金払いを徹底することで経営を引き締め、安定した運営を可能にしたのです。この協同組合はその後吸収や合併を繰り返し、現在では英国最大のザ・コーペラティブ・グループの一員となっていますが、今でも消費者協同組合として活動を続けています。

ロッチデール先駆者協同組合の最初の店舗が入居していた建物(出典: Wikipedia)

◀ロッチデール先駆者協同組合の最初の店舗が入居していた建物(出典: Wikipedia)

 しかし、このロッチデール先駆者協同組合が注目されるもう一つの理由は、民主的運営や良質な商品の提供など、協同組合としての経営原則を確立したことです。1895年に国際協同組合連盟(ICA)が設立され、その中で協同組合の原則が国際的に決定されますが、そこにはロッチデール先駆者協同組合の理念が色濃く反映されています。この原則はその後も改定され、現在有効な原則は1995年にマンチェスターで開催された100周年記念大会で決議されたものとなっていますが、これは以下の7原則から成り立っています。

1. 自発的で開かれた組合員制。参加および脱退は各個人の自由に任されており、誰にも強制されない。
2. 組合員による民主的管理: 誰か経営者に任せるのではなく、基本的に組合員全体で民主的に運営を行う(実際には組合が成長するとどうしても直接民主的運営は難しくなるが)。
3. 組合員の経済的参加: 組合員は労働者や消費者などとしてのみならず、資本面でも参加する(例: 大学生協に入る際の出資金)。
4. 自治と自立: 行政や外部資本家などの干渉を受けず、あくまでも自主運営を行う。
5. 教育、研修および広報: 組合員に対してきちんとした情報などを提供する。
6. 協同組合間の協同: 自分たちの組合の中だけで団結するのではなく、同じ協同組合運動の仲間として他の協同組合とも積極的に協力関係を築いてゆく。
7. 地域社会(コミュニティ)への関与: 6.と同じことを地域社会に対してもしてゆく。

 日本では戦前に産業組合法という法律があり、これが協同組合全てを管轄していましたが、戦後にはさまざまな事情から事業別に別々の法律の管轄下に置かれることになりました(農業協同組合法、水産業協同組合法、消費者生活協同組合法、商店街振興組合法、信用金庫法など多数)。今の日本では協同組合の精神がややもすると忘れ去られがちになっていますが、こういう時期だからこそ本来の原則に立ち返って、協同組合らしい運営や第6原則で謳われているような協同組合間の協同に積極的に取り組み、日本社会全体にその価値観を再度もたらすことが大事なのではないでしょうか。

 次回は、このような協同組合から社会的経済という概念が欧州で生まれるまでの流れについてご紹介したいと思います。

参考:「協同組合を学ぶ」(中川雄一郎・杉本貴志編・監修、日本経済評論社、2012)