前回は、社会的連帯経済において中心的な位置を占める協同組合の始まりについてご紹介しました。今回は、1980年代以降に社会的経済が欧州、特にラテン系欧州諸国で注目を浴びるようになった背景について説明したいと思います。
 第2次大戦が終わってから1973年のオイルショックまでは、欧州でも経済が順調に成長していました。欧州各国ではこの時代に経済が立ち直り、労働力が足りなくなったため世界各地から(英国の場合はインド、パキスタン、カリブ海の島やアフリカなどから、ドイツの場合はトルコ、イタリアやポーランドなどから、フランスの場合はアルジェリアなどアフリカ大陸の旧植民地やポルトガル・イタリアなどから)労働者を集めるようになったほどです。当然ながら政府や自治体の税収も右肩上がりに増えていましたので、政府や自治体は社会福祉政策に十分な予算を割り当てることがができました。また、当然ながら外国人労働者を呼び寄せるほど景気がよかったため、失業対策はほとんど必要なかったのです。
 しかし、オイルショックによりこのような夢のような時代は終わりを告げました。日本同様、欧州各国でも高度経済成長から低成長時代へと移行し、各国が高失業率に悩むことになりました。このような時期に英国では保守党のサッチャー政権(1979~1990)が成立し、国営企業の民営化や規制緩和などの新自由主義的政策を推進してゆくことになるのですが、フランスでは社会党のミッテラン政権(1981~1995)により社会的経済という枠組みが政府の中で認められるようになりました。

フランソワ・ミッテラン仏大統領(任期1981~1995)

◀フランソワ・ミッテラン仏大統領(任期1981~1995)

 また、このような社会的経済が英国ではなくフランスで成立した背景には、社会党ミッテラン政権の成立に加え、フランス独自の思想的および歴史的伝統があることを忘れてはならないでしょう。英国は経験主義という思想的伝統があり、現実を観察してからその現実への処方箋をまとめ上げてゆく傾向になりますが、フランスは大陸合理主義な発想が非常に強い国で、社会の基本原理を定めてからそれを実社会の生活に応用していく形で社会が運営されています。この文化的違いは法制度にも現れており、英国では慣習法が基盤の英米法(コモン・ロー)が施行されているのに対し、フランスなど大陸諸国では成文法が基盤の大陸法が使われています。
 さらに、19世紀にはサン・シモン、フーリエやプルードンなど、マルクス主義者からは「空想的社会主義者」と呼ばれる思想家が現れますが、さまざまな観点から封建主義や資本主義ではない経済を模索し、アソシエーショニズム(結社主義)を基盤とした協同組合型経済が提唱されてきた伝統が、1980年代以降のフランスにおける社会的経済の発展にも大きな影響を与えてきたのです。
 また、このような大陸合理主義に加え、英国と比べてフランスを特徴づけるもう一つの大きな側面は、何と言っても1789年に始まるフランス革命でしょう。その影響は現在のフランス共和国(第5共和制)においてもさまざまな面で見られますが、王政廃止による既得権集団の廃止や政教分離(革命前のフランスはカトリック教会が政治に大きな影響を及ぼしていた)、それに人権宣言により、それまでの身分制の社会ではなく万人が平等に扱われる社会作りが始まりますが、この精神は200年以上経過した今でもフランスの国づくりの基本となっており、実際現在のフランス憲法(1958年交付)の序文では、1789年の人権宣言の有効性が確認されています。
 話をフランスの社会的経済に戻すと、このような状況の中で、1970年代に協同組合と共済組合、そしてアソシアシオン(フランスでは1901年法と呼ばれる法律で規定された団体で、日本の特定非営利活動法人〔NPO〕に近い存在)が集まり、「共済組合・協同組合・非営利組織全国連絡委員会」(CNLAMCA、2001年に現在の社会的経済企業・雇用主・グループ評議会〔CEGES〕に改組)という業界団体が生まれました。このような流れで1980年に以下の7条で構成される、社会的経済憲章が採択されたのです。

第1条:社会的経済企業は民主的方法により機能する。社会的経済企業は、権利義務において平等な連帯した会員により構成される。
第2条:社会的経済企業の会員および消費者または生産者は、その選択した活動形態(協同組合、共済組合、アソシエーション〔非営利団体〕)に従って、その企業に対して組合員として全面的に責任をもち自由に活動を行う。
第3条:すべての会員は、生産手段を等しく所有する。社会的経済企業は、内部組織関係において、相互信頼と配慮をもって教育と情報の永続的な活動によって新しい関係を創造しようと努力する。
第4条:社会的経済企業は、
- 各企業に対する機会の平等を要求する。
- 各企業の活動の完全な自由を考慮した各企業の発達の権利を明確に肯定する。
第5条:社会的経済企業は、利得の占有、分配、配分についての特別な制度枠内に自らを位置づける。事業の剰余金は、会員を増やすためにのみ、また会員が自分たちだけで管理を行えるようによりよいサービスを与えるためにのみ利用することができる。
第6条:社会的経済企業は、人間的な活動のすべての分野において、個人的集団的展望をもって、永続的な探求と実践の推進と社会の調和的な発展に参加する努力をする。
第7条:社会的経済企業は、その目的は人間への奉仕であることを明言する。

 そして政府のほうでも1981年のミッテラン政権発足後に社会的経済各省代表者会議が発足し、社会的経済への取り組みが本格的に始まることになりました。その後政権交代などに伴い担当部局の名称などは変わりますが、2012年に発足したオランド政権でもブノワ・アモンが社会的連帯経済担当大臣として任命されています。
 フランス以外の国でも、社会的経済に対する関心は高まっています。お隣ベルギーの南部はフランス語を使うワロン地域となっていますが、この地方政府もフランスと同様に社会的経済の推進に積極的で、資金援助も行っています。スペインでは伝統的に協同組合や貯蓄金庫など非資本主義的な経済構造がかなり強い国で、モンドラゴン協同組合が有名ですが、このスペインでも2011年に社会的経済法が可決し、今後政府からの推進政策が期待されます(スペインについては機会を改めて詳しく書きたいと思います)。また、ヨーロッパ以外に目を転じると、同じフランス語圏であるカナダのケベック州ではデジャルダン信用金庫という世界的に見ても最大級の信用金庫が存在しており、ここがケベック経済の発展に向けて資金を提供していますし、州政府のほうでも社会的経済ワークショップを立ち上げて関連情報を積極的に提供しています。

カナダ・ケベック州に本拠を置くデジャルダン信用金庫のロゴマーク

◀カナダ・ケベック州に本拠を置くデジャルダン信用金庫のロゴマーク

 次回は、1990年代から特に中南米で頻繁に使われるようになった連帯経済という表現についてご紹介したいと思います。