廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第17回

連帯経済向けの技術アセスメント

 前回は、ブラジル風連帯経済に欠かせない自主運営の教育についてご紹介しましたが、自主運営を軌道に乗せるためには各種技術支援も欠かせません。この点についても、「連帯経済における技術アセスメント」(ポルトガル語)というブックレットが刊行されていますので、今回はこのブックレットに沿ってその実例を紹介したいと思います。このマニュアルには、製品管理のように連帯経済以外の経済活動にも共通する内容もありますが、ここでは連帯経済ならではの内容に的を絞ってご紹介いたします。

ブックレット「連帯経済における技術アセスメント:考察と実践」

◀ブックレット「連帯経済における技術アセスメント:考察と実践」

 連帯経済を実践する上では、さまざまな面で知識や技術を得る必要があります。前回説明したように、連帯経済的な自主運営(単に上司の指示に従うのではなく、自分たちで経営方針や労働条件などを決定)の習得は欠かせませんが、それ以外にも生産技術、会計、商品販売などの面でそれなりの知識が必要となります。連帯経済の実践者の大部分は高卒以下の学歴しか持っておらず、これら専門分野の知識を持たないため、これらの点で研修を受ける必要があります。とはいえ、連帯経済でアセスメントを行う場合には、よその地域の成功例をそのまま持ってくるのではなく、地域事情をわきまえた上でその地域の特性を尊重するアドバイスが必要です。

 また、ブラジルでは、行動>内省>行動というパウロ・フレイレの手法が、連帯経済の現場でも応用されています。具体的には、まず実践をやり、時折その実践について反省して方向を転換させるというものです。

 連帯経済の枠組みで事業を起こす上で大切な点の一つとして挙げられるのが、ネットワーク作りです。連帯経済の名の下でさまざまな農家や組合が生産活動を行っていますが、前述した自主運営の手法が必ずしも現場で活かされておらず、また販売網がない場合にはいくら生産しても現金収入にはつながりません。また、経営体力があり影響力も大きな大企業と競合する場合には、どうしても連帯経済側は政治的・経済的・社会的に不利な立場に立たされます。このため、自主運営の手法を教えたり、社会問題や環境問題などを討議したりする場所として連帯経済のネットワークが必要となるわけです。たとえば、大学民衆協同組合インキュベーターのネットワークは、ブラジル各地の大学で学生が専門知識を民衆協同組合に還元すべく運営されている連帯経済のネットワークとして、また北東部リオ・グランデ・ド・ノルテ州のシキ・シキネットワークは、同地域の農作物の販売促進ネットワークとして生まれたものです。

 ブラジルの連帯経済において特徴的なのは、連帯金融という名称で呼ばれる独特の金融システムが存在することです。具体的には、主に以下のような制度が存在します。

  • 回転基金(フンド・ロタチーヴォ):日本の頼母子講に似ているが、詳細で異なるので注意。複数の個人が資金を出し合って共同基金を作り、その資金を交互に借りては返済してゆくというもの。たとえば、20人のグループがある場合、各人が5万円ずつ出せば100万円の基金ができるが、これを青木が借りて返済したら、次は井上が借りて返済し、次は上野、次は江本…のように交代で借りてゆく制度。
  • コミュニティバンク:貧困層の多い地区において、地域住民の主導で銀行を作り、地域内の人たちに融資したり、電力料金や電話代などの公共料金の支払いを行ったりするシステム。なお、ブラジルではコミュニティバンクは利用者の預金を受け入れることが禁じられているため、融資基金は州政府や大手銀行(社会貢献事業の一環として)などから得る。
  • 地域通貨:地域内だけに流通範囲を限定し、地域内での取引を促進する通貨。地域通貨については回を改めて詳しく紹介するが、とりあえずは以下の動画が参考になるはず。

▲動画:パルマス銀行の紹介(日本語字幕つき)

 また、経済活動を行う上では法人登記も欠かせませんが、ブラジルにおいてはここで大きな法制上の障壁が立ちはだかります。ブラジルの現行の協同組合法では組合員が最低20人いないと協同組合として認められないことから、数人レベルで運営されている零細事業は協同組合として認められません。このため、NPOや有限会社などの形で設営されている事業も少なくないのです。もちろん各制度には一長一短があるため、各事業の性格に応じて最適な法人格を選んだ上で、その登記のために必要な法的サポートを提供する必要が生まれるのです。

 フェアトレードも連帯経済の一部として広く認められていますが、ブラジルで連帯経済として認められるためには、フェアトレードの運営団体自体も自主運営型組織である必要があります。このため、規模の大小に関わらず通常の企業が運営しているフェアトレードの場合には、連帯経済の一員として認められないことになります。

 さらに、連帯経済の一部として認められている運動に、フリーソフトの使用が挙げられます。ブラジルでも最近はパソコンの使用が一般的になっていますが、OSや基本ソフトが一部の企業(それも多国籍企業)の独占あるいは寡占状態になっており、この費用がパソコン購入費のうちのかなりの部分を占めています。このため、WindowsやマッキントッシュではなくLinuxやUbuntuといった無料のOSを、そしてマイクロソフトオフィスではなくオープンオフィスのような無料の文書・表計算・プレゼンテーション作成ソフトを使うことにより、費用削減のみならずこのような資本主義多国籍企業の利益追求に歯止めをかけることができるわけです。

 この他にも、社会運動から発展して生まれた連帯経済という性格上、事業の立案や運営に際しては以下のような点に注意を払う必要があります。

  • 地域開発:本当の意味で地域住民の生活向上に寄与する経済発展。多民族国家のブラジルでは、特に先住民やアフリカ系住民の中で伝統的な生活を今でも守っている人たちがいるが、このような人たちを対称にする場合には彼らの伝統的な生活様式を守る形で地域開発をデザインする必要がある。
  • ジェンダー:男は外で仕事をする一方、女性は家を守り家事や育児に専念するという固定化された性的役割分担を打ち破り、それにとらわれない経済発展を模索。

 なお、ブラジルの連帯経済については、これ以外にも2010年に刊行されたブックレット「連帯経済 – いのちのための経済が生まれている」が存在します(原文(ポルトガル語)日本語対訳つきのWORDファイル)。ブラジルの連帯経済についてさらに深く知る上で、役に立つものと思いますので、ぜひご覧ください。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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