廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第24回

香港社会的企業サミット2013の報告

 さて、今回は11月29日(金)と30日(土)に香港で開催された社会的企業サミットについて、報告を行いたいと思います。「よいことのためのイノベーション」(Innovation for good 創新于善)をスローガンとして開催された今年の会議には、地元香港のみならず台湾や中国本土などから1300名が参加しました。なお、会議では英語・広東語・標準中国語の3カ国語の同時通訳がつけられておりました。パワーポイントでは英語か繁体中国語(二カ国語表記のものもあり)が使われていたため、特に英語がわかる日本人であれば会議の発表内容の理解はそれほど難しくないものと思われます。また、香港では、正式な戸籍名と別に英語での通称名を使うことが一般的ですので、香港人発表者については中国語と英語の両方の氏名を記載したいと思います。

社会的企業サミットのロゴ

◀社会的企業サミットのロゴ

 今回の会議が他の会議と大きく違う点としては、HSBC(香港上海銀行、ちなみに世界本部は香港にある)とブリティッシュ・カウンシルが協賛スポンサーとして参加している点が挙げられます。 ご存知のとおり香港は1997年まで英国植民地であり、現在35歳以上の人は中国への返還後よりも英国領時代のほうを長く経験しているわけですが、その関係もあって非常に親英的な雰囲気が会議のあらゆる場面で見られました。ウェブサイト上での過去の会議のプログラムをご覧になるとわかりますが、英米豪、それも特に英国から多数の人を招聘している一方、大陸欧州や他のアジア諸国からの招聘はほとんどありませんが、ここに会議運営者の意向が強く反映していると言えます。

 この会議は、社会的イノベーションに焦点を当てた4名の政策立案担当者による国際ディスカッションから始まりました。最初に米国ボストン市役所で New Urban Mechanics という事業の共同代表をしているナイゲル・ジャコブ(Nigel Jacob)氏が、シビル・イノヴェーションと呼ばれる彼の体験を、「問題」、「仮説」、「原型」および「学習」の四つのプロセスの繰り返しとして紹介し、その秘訣の要約として「関連性を持て: 人々に関係することに従事」、「深く協力せよ: 袖をまくり上げて協力」および「体験談が全て: よい経験により信頼を構築」の3点を紹介しました。Impact Strategist の創設者であるローズマリー・アディス(Rosemary Addis)女史(オーストラリア)は、社会的イノヴェーションを「素晴らしい傘」であると強調し、割安な住宅など税制優遇をよい実例として挙げました。 国立科学技術芸術財団(英国)のチャールズ・リードビーター(Charles Leadbeater)氏は社会的イノヴェーションの拡大について話し、「複製およびフランチャイズ化」、「イチゴ戦略」(同業他社に同じソーシャルイノヴェーションを実施するよう影響を与える)、「社会的企業への外注」(公共部門が社会的イノヴェーターに対し、公共サービスの一部を担当させる)、「内注」(公共部門が社会的イノヴェーターを雇い入れる)、「公共システムの触媒」(社会的企業が公共部門内の各部署を連携させるようにする)、「公共部門向けの社会的補完要素」(社会的イノヴェーション部門が、公共部門に欠けている点を補足)、「公共部門向けの新しい運営システム」(公共部門が自らの運営において社会的イノヴェーションを導入する)そして「公的資源による社会的ソリューションの創造」(社会的イノヴェーターに向けた資源配分)を例として挙げました。社会的イノヴェーションパークの劉夢琳(Penny Low)女史(シンガポール)は、ITが世界中の人を結びつけると同時に分断もしていると指摘し、政府に対して何でも要望するだけの市民の態度に疑問を投げかけ、市役所に対して市民が自分たちで解決策を探し始めるよう促すよう提案しました。その後、同サミットの運営委員長である李正儀(Jane Lee)女史と、香港政府の行政局長である林鄭月娥(Carrie Lam)女史の対談が行われ、李委員長が政府に対して社会的ソリューションの推進役になるよう依頼する一方で、林鄭局長は公共部門における無気力や社会的イノヴェーションのような不可解なものに対する拒否感を挙げ、社会的イノヴェーションをボトムアップで生み出すだけの規模を作り上げる必要性を指摘しました。

社会的企業サミット会場風景

▲社会的企業サミット会場風景

 午後には「企業向け社会的イノヴェーション」、「学術会向けの社会イノヴェーション」、「NGO向けの社会的イノヴェーション」そして「政策立案者向けの社会的イノヴェーション」という四つの分科会が同時開催されました。私はNGOのセッションに行き、そこで3名の発表を聞きました。香港心理衛生会の黎守信(Benjamin Lai)氏は、同NPOの運営したで知的障害者を雇っている清掃サービスや商店といった社会的企業を紹介し、知的障害者の雇用は可能だが、さまざまな関係者の協力が不可欠であると指摘しました。ルター派教会社会サービスの狄志遠(Tik Chi Yuen)氏は、社会的企業として運営されていたものの経営難で閉鎖したレストランの実例を紹介し、公共部門からの援助に頼りきりだった同レストランの体質を問題視し、公共部門と民間部門のパートナーシッププログラムの重要性を強調しました。バプティスト派教会社会的サービスの曾永強(Johnny Tsang)氏は、毎週月曜日から金曜日まで貧困層向けに1人あたり10香港ドル(約130円)の低料金で夕食を提供している食堂について話し、彼ら貧困層がお腹を満たすだけではなくいろんな人と知り合い話し合う機会を持つことで、やがては仕事を見つけ社会的に統合されてゆく機会を提供してることを紹介しました。その後、「良心的な資本主義」と題された全体会に移り、Fairtrade International のマーティン・ヒル(Martin Hill)氏が、フェアトレードの一般的傾向およびフェアトレードラベルの役割について説明し、最近設立されたフェアトレード香港についても紹介しました。最後にブリティッシュ・カウンシルのマイリ・マッケー(Mairi Mackey)女史が、同機関による社会的企業の推進理由として「われわれが求めている変化を実現するために協力する必要性」、「ソーシャルキャピタルという概念により真剣に取り組む必要性」そして「全員を巻き込む必要性」を挙げました。

 2日目は、教育、貧困、高齢化および環境という四つの部門について、パネルセッションが開催されました。私が参加した貧困セッションでは、陳校長無料補修世界の陳葒校長が、最近香港で12年間の義務教育が施行されたものの、教育部門では以前莫大な格差があることを指摘し、退学者を減らす上で生徒一人ひとりに合った教育の重要性を強調しました。ボランティアの教師が英語や数学の成績を上げたり、主に南アジア出身の移民の子どもたち向けに広東語の授業を行ったりしていることが紹介され、2700名以上のボランティア教師が2500名以上の生徒に教えてきた実績を強調しました。ウルドゥー隣人センターBread Bunch を運営している厳赤玉(Tina Yim)女史は、社会人経験のない南アジア出身の女性に対しパン製造の雇用訓練や雇用を提供することにより彼女らを香港社会に統合させえているパン屋の実例を紹介しました。聖ヤコブ会で地域経済や社会的企業の主任である鄭淑貞(Dora Cheng)女史は、有機農園の運営や雇用の創出に至った時間通貨(地域通貨)の発展の歴史を紹介しました。

 その後、「フェアトレード」、「セカンドキャリアとしての社会的企業」、「社会的企業向けのメディアの研修」および「社会的マーケティング 2.0」という四つのテーマで技能ベースのワークショップが同時に開催されました。私が参加したマーケティング部門では、充足社会的企業学会の紀治興(Kee Chi Hing)氏が、マーケティングおよびソーシャルマーケティングの定義に加え、倫理的消費の傾向についての概要を説明した上で、倫理的消費について口ばかりで全然実践しない人が多い現状を批判しました。香港の大手経済紙である香港経済日報グループ(ET Net)の史秀美(Salome Lee)女史は、社会的企業の情報紹介を通じて発展に貢献している同新聞のサイトを紹介しまいした。そして充足社会的企業学会の簡仲勤(Clara Kan)女史が、倫理的消費月間プログラムについて紹介しました。

 午後にもまた、「影響」、「勧誘」、「投資」および「インキュベーション」というテーマで分科会が四つ同時並行で開催されました。私が参加したインキュベーションでは、UnLtd のクリフ・プライアー(Cliff Prior)氏が、社会的企業向けのコンサル業務としての彼の仕事を説明しました。香港出身で英国で FoodCycle の設立に貢献し、現在は前述の UnLtd の香港支店開設の準備に取り組んでいる張凌翰(Kelvin Cheung)氏が、貧困層向けの社会的食堂を英国で運営してきた歴史を紹介しました。そして最後に FoodCycle 香港社会的起業フォーラムの創設者である謝家駒(KK Tse)氏が、米国でエリック・リース(Eric Ries)氏が提唱し、「世界中で起業の成功率を高める」ことを目的としている, Lean Startup 戦略について紹介しました。

 メインスポンサーとして HSBC が存在していることは、香港の社会的企業の発展において大きな意味合いを持ちます。同銀行の潤沢な資金が社会的企業の設立や成長に投入されれば、社会的起業部門が急成長することは間違いありません。もちろんその一方で、資本主義の構造的問題を疑問視せず、あくまでもその資本主義を補完する存在としてしか社会的企業をとらえない認識的枠組みがあることは否定できません。少なくても資本主義への代替案として中南米で推進されている連帯経済のアプローチは、このような中では受容される可能性が非常に低いため、連帯経済を香港でも推進してゆくためには別のプラットフォームの創設が必要だと言えるでしょう。

 また、冒頭の国際ディスカッションで私が気になった点を2点ご紹介したいと思います。まず、発表者は全員が社会的イノヴェーションの意義について話す一方で、誰もそれを定義しようとしない点が気にかかりました。これにより社会的イノヴェーターは自分が良いと思うことなら何でも実施できる自由を手にする一方、定義がないことから法的枠組みもなく、このため政府や自治体が社会的イノヴェーションの推進を行うことが困難になります。2点目は1点目とも関連するのですが、韓国で2007年に施行された社会的企業育成法についての意見を求めたところ、公共部門で働く人間としても、また個人としても、誰も関心を示さなかった点が私には奇妙に映りました。おそらくこの態度は、あくまでも英国連邦諸国以外の事例には視点を広げない同サミットの雰囲気が関係するものと思いますが、アジアに位置する香港で同じアジアの実例に敬意を示さなかった点は不思議だと言わざるを得ません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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