今回は、最近スペインなどで話題になっている、公共財経済(Economy for the Common Good)についてご紹介したいと思います。

書籍「公共財経済」(ドイツ語版: 英語版も間もなく刊行予定)

◀書籍「公共財経済」(ドイツ語版: 英語版も間もなく刊行予定)

 公共財経済は、オーストリアの作家であり、通貨取引税(トービン税)の導入を目指すATTAC(英語版日本語版)のオーストリア支部の創設メンバーでもあるクリスティアン・フェルバー(Christian Felber)が2010年に発表したもので、彼自身がスペイン語を流暢に操ることもあり、スペインのみならず中南米でも幅広く広がりました。通貨取引税について簡単に説明すると、1981年にノーベル経済学賞を受賞したジェームス・トービンが提案した税制度で、今や世界経済での取引の大部分を占めるようになった通貨取引に課税を行い、その税収入によって貧困など各種社会問題の解決に充てようというものです。ATTACは当初、この問題に専門的に取り組むためのNGOとして世界各地で誕生しましたが、その後その他さまざまな社会問題にも連携するようになり、そのような流れの中で生まれたのが公共財経済です。

▲公共財経済についてのクリスティアン・フェルバー自身による説明(英語)

 フェルバーは、まずドイツやオーストリアにおいて市民の圧倒的多数(ドイツで88%、オーストリアでは何と90%)が現在の経済に満足しておらず、別の経済秩序を希望していることから議論を始めます。具体的には、環境や社会正義、さらには地域開発に配慮し、競争から協力に移行し、人間の尊厳の保護がその主目的となるような経済活動の推進です。このような経済は何も目新しいものではなく、13世紀の神学者トーマス・アキナスがすでに提唱しており、欧州ではほぼ全ての国の憲法にこのような目標が書かれています。

 このような背景の下で、現行の経済規則に満足していなかったオーストリアの企業15社がフェルバーとともに経済規則の変更を提唱することで合意しました。具体的には、企業による利益追求および自由市場の下での競争促進が上記の価値と矛盾しており、利己主義、貪欲さ、無責任な行動そして暴力を生み出していることから、企業活動の目的を公共財の追求に変えた上で、協力関係を生み出すような経済を築こうというわけです。そしてこのようにルールを変えることで、利己主義や貪欲さなどが横行している現在の社会に代わって、環境や社会正義などを誰もが追求する社会が生まれるのだと説いています。

 とはいっても、どうすればそのような社会が生まれるのでしょうか。フェルバーは、そのためには企業活動の成功の尺度を変更する必要があると述べています。現在は経済についての尺度は、国レベル(マクロ経済レベル)では国内総生産(GDP)、各企業レベル(ミクロ経済レベル)では利益となっていますが、どちらも金銭的な尺度であり、たとえば生活の質や社会的な価値といった、金銭に換算されない価値は反映されないという問題点があります。戦争状態にあろうが平和状態であろうが、民主主義だろうが独裁政権だろうが、環境を破壊しようが保護しようが、また富の分配が適切に行われていようがいまいが、あるいは社会の中で信頼と不信感のどちらが醸成されていようが、GDPや企業の決算書からは読み取ることができません。

 このため、この問題を解決するには、これらの点を配慮した経済活動の尺度を作る必要があります。具体的には、国レベル(マクロ経済レベル)では、私たちの基本的需要や社会的・文化的価値の充足、環境、人間関係、男女の平等、民主主義などの指標を用いて、公共財の生産を計算します。そして、企業レベル(ミクロ経済レベル)でも同様のことを行います。利益が出ているからといって、その企業が環境や労働者の人権などに配慮しているとは必ずしも言えず、社会福祉への貢献、雇用の創出あるいは解雇、労働条件の改善あるいは悪化、男女平等、環境への配慮、あるいは生産している商品が武器なのか、それとも有機野菜なのかについては、いくら数字を見てもわからないためです。

 企業についてですが、公共福祉バランスシートにより、基礎的な需要の充足や価値観などについて、人間の尊厳、連帯、社会正義、持続可能性そして民主主義という5つの柱で計測します。もっと具体的に言うと、商品の生産における労働条件、利益の労使配分率、男女平等、生産過程の環境との調和性、そして社内における意思決定のプロセスです。そして、規模や種別などに関係なくあらゆる企業が、1000点満点で評価されることになります。
  そして、この評価の後にステップ2へと移行します。通常、環境や人権などに配慮した商品(有機野菜やフェアトレードのコーヒーなど)は、そうではない商品よりも高くなっているので、先ほどの点数に反比例する形で法人税を課税することにより、得点の高い企業は減税を得られる一方で、得点の低い企業には重税を課すようにして、有機野菜などがそうでない商品よりも多少安くなるような価格調整をしようというのです。そうなると当然ながら誰もが有機野菜などを買うようになるため、利益のみを追求する企業もバランスシートの点数稼ぎに励むようになります。また、行政による入札の際にも、得点の高い企業を優遇することにより、企業が自主的に得点の向上に努力するようになるとしています。さらに、投資利益については、企業の買収や金融取引への投資、あるいは株主への配当や政治献金に充てることを禁止することで、公共財の構築を勧めようとしています。

 さらに、所得格差についても公共財経済では取り組みます。多くの労働者が時給1000円未満で働いている一方、企業の上層部はその数千倍、すなわち時給換算で100万円以上稼いでいる人も少なくありません。このような不平等を克服すべく、最低賃金同様に最高賃金の導入をフェルバーは提唱しています。欧州諸国での世論調査では、社会での賃金格差は1:10程度に抑えるべきだという意見が最も多いということですが、そのような政策を社内で導入すべきだとしています。そして、何よりも大切なこととして、具体的な評価基準や最大賃金格差の数字などについて、地域レベル、国レベルそして最終的には国際的レベルで民主的な合意に至るプロセスを作ることが大切だとまとめています。

 この提案は、基本的人権や環境保護などといった価値観を非常に大事にする欧州らしい価値観ではありますが、同書のスペイン語版の刊行を機会として、スペイン本国のみならず、スペイン語が通じる中南米諸国でもこの考えが受け入れられつつあります。経済第一主義ではなく、その経済を支える基盤である社会や環境なども計算に入れた経済運営体制を模索し、社会や環境を害する企業には増税という形で実質上の罰金を科したり、公共入札から事実上締め出したりする一方で、社会や環境のためになる企業には減税を行ったり、公共事業を受注しやすくしたりすることで、そういう企業が狭義の経済的にも繁栄するような社会を作ろうというものです。

 この公共財経済自体は、社会的連帯経済の取り組みということはできませんが、社会的連帯経済が目指している価値観を実現するためのツールとして有効であると言えます。もちろん、これを実現するには税制の変更が必要となり、どの国でもかなりの技術的困難や反対などに直面することになるかと思いますが、少なくてもこのような議論が社会で幅広く行われ、経済の目的そのものを利益追求からそれ以外のものへと変更する姿勢を持つことにより、社会全体の議論が公共財の追求に重心を置くようになることが大切であり、また社会的連帯経済に属さない経済団体(株式会社や個人商店など)も社会的連帯経済の価値観を実現する経済活動に取り組むようになることから、このような議論が広がることが欠かせないと言えるでしょう。

 今のところ、日本などアジア諸国では公共財経済の考え方は紹介されていませんが(英語版が未刊行という事情が一番大きい: 2015年春には刊行予定)近い将来、日本でも公共財経済が普及することを祈ってやみません。