社会的連帯経済は、世界の中でも英語圏ではなく、むしろフランス語圏やスペイン語圏などラテン諸国で広く共有されている概念であることは、この連載で繰り返し紹介してきましたが、その基盤には一連のフランス的な価値観があります。社会的連帯経済の基本理念を理解する上でもこれは非常に重要なことですので、今回はこのテーマに焦点を当ててお届けしたいと思います。

 ご存じの通り現在のフランス共和国は、1789年7月14日に起きたバスティーユ牢獄への襲撃事件に端を発する一連の革命により成立した国家であり、「自由・平等・博愛」という建国の理念が国の標語となっています。法制度上では憲法(現行憲法は1958年に制定)に加え、革命まっただ中の1789年に書かれ、その後修正された人権宣言も最高法典とされており、典型的な大陸法の国となっています。宗教については世俗主義(ライシテ)を採用しており、いかなる宗教であれ政治への介入を拒んでいます。また、計量単位を10進法に合わせているメートル法を生んだ国であり(例:1立方メートル=1000リットル、1トン=100万グラム)、言語についてもアカデミー・フランセーズという国立の統制機関が辞書の編纂を行い続けています。

ドワクロワ「民衆を導く自由の女神」

◀ドワクロワ「民衆を導く自由の女神」

 このフランス共和国の性格を理解すべく、お隣の英国と比較してみましょう。英国は、1066年以来の血統を引き継ぐ国王(現在はエリザベス2世)を君主とする王国であり、国の標語は15世紀にヘンリー5世が定めた「神と我が権利」(具体的には王権神授説的な、国王として国を統治する権利)です。法制度上では憲法を有さず、マグナ・カルタや権利の章典などが他国の憲法に近い存在とされていますが、それ以外にも判例や伝統なども同様に扱われており、典型的な英米法の国となっています。宗教についてはヘンリー8世自身がローマカトリックから分離して英国国教会を設立し、それ以降現在のエリザベス2世に至るまで、歴代英国王は同教会のトップに君臨し続けています。最近でこそ英国でもメートル法が一般的になってきましたが、それでも一部では10進法ではないヤードポンド法(例:1マイル=1760ヤード、1ヤード=3フィート、1ポンド=16オンス)が使われており(米国では今でもこれが主流)、アカデミー・フランセーズに相当する政府機関は英国にも米国にも存在しません。

 英仏両国を比較すると、英国は基本的に自国の伝統を尊重した上で、必要な部分を少しずつ改変するものの、制度全体の根本的な改変は行わない傾向にある一方で、フランスはまず近代理性主義に立脚した基本理念を定めた上で、それを現実社会に適用してゆく傾向にあることがわかります。これには、大陸合理主義と英国経験主義の違いも大きく関わっています。

 フランシス・ベーコンやジョン・ロックに始まる英国経験主義では、あくまでも社会の現状をしっかり観察した上で、その中で見られる問題点を修正してゆく方向で社会計画が行われます。社会の基本原則をいきなり作るのではなく、とにかく現状に見合ったデザイニングが大切となります。その一方でデカルトやカントに始まる大陸合理主義では、まず社会の基本原則を確立した上で、それを応用してゆく形で社会が作られていきます。

 日本を含むアジア諸国では、英仏のうち英国の影響が強いため、西洋文化=英米文化という理解が広まっていますが、これを見るとおわかりのように、フランス的価値観は英米的価値観とは大きく異なっています。そしてこのようなフランス的価値観は、当然ながら社会的連帯経済の確立や推進にも、深く関わっているのです。

フランス政府の公式ロゴ。「自由・平等・博愛」が書かれている。

フランス政府の公式ロゴ。「自由・平等・博愛」が書かれている。▶

 社会的連帯経済の構築においては、まず目指す社会像を明らかにすることから始めます。そもそもどんな社会を作りたいのか、という原則論をはっきりさせたあとで、具体的な実践の詳細を決めてゆきます。社会的連帯経済を支える理念としては、協同組合の7原則などさまざまなものがありますが、このような原則を踏まえた上で経済の運営方法を定め、「自由・平等・博愛」の理念を実現する経済活動として協同組合の具体的な運営方法を決めてゆくわけです。

 フランスは19世紀から20世紀にかけて世界各地、特にアフリカ大陸に多大な植民地を持つことになり、独立後もこれら旧植民地諸国との間と密接な関わりを維持しています。もちろんフランス以外の仏語圏諸国にとってもフランス本国の影響は甚大で、学校教育やマスメディアなどを通じてフランスの影響が今でも社会に幅広く浸透しています。前述したフランス的価値観はフランス本国のみならず、フランス語圏諸国全体に大きな影響を与え続けていると言ってかまわないでしょう。

 また、このような価値観の影響圏は、フランス語圏のみにとどまりません。イタリアやスペイン、中南米などラテン系諸言語を使う国は、歴史的にフランスの影響が強かったことがあり、このような価値観の影響を受けており、そのような伝統的なつながりの中で社会的連帯経済という概念が、フランスから諸外国に広がっていった経緯を忘れるわけにはいきません。また、中南米諸国の独立はフランス革命の刺激を受けて実現したものであり、その意味では現在の中南米各国の建国理念にも密接につながっているのです。

 今回この記事を執筆するきっかけとなったのは、1月7日に起きた風刺画週刊誌シャルリー・エブドの襲撃事件です。同事件の犠牲者数は17名(犯人除く)で、最近欧州で起きたその他のテロ事件と比べると少ないですが(2004年のマドリッドでは192名、2005年のロンドンでは56名、2011年のノルウェーでは77名)、表現の自由というフランス革命の根本理念が攻撃されたため、フランス共和国にとっての危機となったのです。仮に英国で同じ事件が起きていた場合にももちろん事態は深刻に受け取られたでしょうが、英国という国家の危機にまではならなかったことでしょう。イスラム教への批判を自粛あるいは禁止すればこういう悲劇は避けられたかもしれませんが、それはフランス共和国という建国理念の死を意味することになり、この点でフランスは、自ら抱える矛盾に苦しんでいるのです。

2015年1月14日発売のシャルリー・エブドの表紙「全て許される」

◀2015年1月14日発売のシャルリー・エブドの表紙「全て赦される」

 今回の事件については事情が非常に複雑であり、フランス人でさえ何が最善策なのか判らず悩んでいるものと思います。革命以前のフランスではカトリック教会が権威として君臨し市民生活を制限しており、それへの反発として現在のフランス共和国の原則である世俗主義(ライシテ)が規定されていることを考えると、ユダヤ教であれイスラム教であれ、社会生活の自由を制限しようとする宗教に反発することは、むしろ建国理念そのものだと言えます。フランスという国がかつて覇権帝国として君臨し、イスラム教が主流の地域の伝統を無視してきたという批判もある一方で、旧植民地諸国でそのイスラム教の厳しい戒律やその偽善性を嫌い、むしろそのフランス的理念を掲げて各種人権のために戦う人がいるのもまた事実なのです(チュニジアやアルジェリアでは現地の風刺画家が、シャルリー・エブドの犠牲者を追悼するイラストを掲載しています)。そして当然ながら、イスラム教諸国からの移民全員が社会的疎外に苦しんでいるわけではなく、彼らのうち少なからぬ人たちがフランス社会の一員としてさまざまな職についており、社会的に成功しているのも確かなのです(社会的連帯経済関係にも、当然ながらそういう人たちがいます)。さらに、フランス生まれの概念を応用し、自分の住む国を改善しようとしている人が国際的な社会的連帯経済のネットワークに数多くいることも間違いないのです。

 もちろん、私も今のフランスという国が、前述の「自由・平等・博愛」を全て実現した素晴らしい国だというつもりは毛頭ありません。世界の他の国と同様、フランスも国内にさまざまな問題を抱えており、また政財界などの偽善的な態度は私も好ましいものとは思いません。しかし、「自由・平等・博愛」という理想なんてそもそも実現不可能だとニヒリスト的に断言してしまうと、フランス共和国そのものが理念的に崩壊してしまい、またそのフランスの影響を受けた世界各地の理想主義そのものが根絶やしになってしまうのです。フランスの現状がその理念に程遠いことを百も承知で、「Vive la République!」(共和国万歳!)でこの記事を締めくくりたいと思います。