廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第53回

教育の実践としての連帯経済

 ブラジルにおいて連帯経済が、パウロ・フレイレの始めた民衆教育と深いつながりがあることは第6回の連載記事ですでに紹介しましたが、今回はモアシール・ガドッチが出した書籍「教育の実践としての連帯経済」(原文ポルトガル語)を取り上げたいと思います。なお、当連載の関連過去記事は、以下のリンクでご覧になれます。

書籍「教育の実践としての連帯経済」の表紙

◀書籍「教育の実践としての連帯経済」の表紙

 ガドッチはまず、民衆経済(=連帯経済)は、利益を唯一の価値基準とする資本主義とは異なる価値観を持つべきだという点から議論を始めます。具体的には、先住民文化の保護育成、各社会運動との連携、市民参加、自主運営、社会包摂、環境保護、児童労働の排除などです。また、連帯経済に詳しいチリの経済学者ルイス・ラセトの「C要素」(スペイン語では、「共有」や「協力」、「共感」な「仲間意識」などを意味する単語がCで始まるが、これらの単語が含む概念をまとめたもの)を取り上げ、連帯経済においては協力や自主運営が不可欠であることを踏まえた上で、その分野における教育も欠かせないと力説しています。その上で、「誰かが誰かに何かを教えるのではなく、交流を通じて全員が相互学習するのだ」というパウロ・フレイレのことばを引用し、自主運営はあくまでも実例を通じてのみ教えることができるのだとしています。また、国家資本が経営を独占して現場労働者は経営に参加できない社会主義と、現場労働者自身によって自主運営が行われる連帯経済の違いについても明らかにしています。

 さて、具体的にはどのような形で、連帯経済に関する教育は行われるのでしょうか。ガドッチによると、プロジェクト策定・アセスメント・開発センターが、以下のような原則に基づいた手法を確立しています。

  • 関連団体との関連における透明性および誠実性
  • 自主運営の推進および団体の意思決定の尊重
  • 持続的な過程としての教育・能力養成
  • 会議文化の克服
  • 常なる同伴(コーチング)
  • 内部における直接民主制の実践
  • 内輪揉めの状況克服による成熟

 これに加えて、十分な知識を得た学生に実践経験を積ませ、学習内容を実際の業務と結びつけることや、過去に発足した連帯企業の経験をシステム化して次の起業に活用したりすることも欠かせません。そして、システム化の際には単に情報を入力するだけではなく、現実の批判や体験の解釈が不可欠です。さらに、連帯経済における社会的・職業的資格取得の分野別計画という資料では、以下の手法に焦点を当てています。

  • 知識および社会的に構築されたアイデンティティを持った対象者として学習者を評価し、文化、民族、社会、地域およびジェンダーの多様性を評価した
  • 教育手法のオリエンテーション
  • 実業界への参加および社会的・政治的参加との間にプラスの関連性を学習者に提供するために、業務と市民権というテーマを関連する一般軸として備えた教育プロジェクト
  • 技術的・科学的、社会的・政治的、手法的および民族的・文化的な範囲を含むカリキュラムの作成
  • 人材養成活動のシステム化プロジェクト
  • 質量において成果を評価する指標の手法

 このような中で注目されるのが、協同組合インキュベーターと呼ばれる取り組みです。ここでは、スラム街に住むような庶民が自分たちの協同組合を創設して生活水準を上げることができるように、機材の使い方、パソコンの使い方、会計処理の仕方など、技術面でさまざまな支援を行います。主に国立大学内に設置されているこの協同組合を通じて数多くの協同組合がすでに結成されており、この組合を通じてスラム街の特に女性が、自主運営型の経済活動を行えるようになっています。

 以前も書きましたが、ブラジルの連帯経済においては自主運営が非常に重視されており、社会的起業家による事業は対象外となっています。社会的起業家がどれだけ社会のためになる事業を行っていても、その企業内で民主的な意思決定が行われていなければ、それは連帯経済とはみなされません。あくまでも平等な立場の個人が集まって協同組合を作り運営してゆくことが、ブラジルの定義での連帯経済なのです。

 さらに、連帯経済の推進において大切なこととして、ネットワーク化を忘れるわけにはいきません。連帯経済に関する著書で知られるマルコス・アルーダは、連帯経済の推進に欠かせない以下の概念を提唱しています。

  • 取引関係を別の形で見ることになる連帯市場の概念
  • 費用の透明性を通じ、連帯に根差した価格設定の概念
  • 各事業ではなく連帯経済システム全体の効率という概念
  • 競争モデルではなく協同モデルのメリット、そしてコミュニティとしての企業という概念
  • 国境を超えた連帯と人類愛による統合
  • 共有・互酬性や補完性、相互扶助や協力といった概念に基づいたグローバリゼーションのガバナンス性

 ブラジルの連帯経済は各種社会運動から派生したものが少なくないため、資本主義とは異なる事業理念の確立や、連帯経済以外の各種社会運動との連携などが強調されていますが、社会運動そのものが下火の日本社会では、このような議論は受け入れられにくいことでしょう。ただ、社会運動がなくても、今の日本も少子高齢化や若年層などの生活水準の低下などの問題を抱えており、特に経済的に苦しい社会階層を支える運動として連帯経済の諸事業を興して、それら問題の克服を目指すことが大切だと言えるでしょう。なお、ブラジルの連帯経済の概要については、以下の動画(日本語字幕付き)が参考になると思いますので、ぜひご覧いただければ幸いです。

▲動画:ブラジルの連帯経済を紹介したビデオ(12分、日本語字幕付き)

 C要素については、この連載でこれまで取り上げてきませんでしたが、社会的連帯経済の事業の立ち上げや維持において非常に重要なものであると言えます。もちろん、社会的連帯経済に属さない普通の資本主義企業の運営においても協力や仲間意識は大切ですが、連帯経済においてはこれら要素がとりわけ欠かせません。もちろん人間同士の組織ですので問題は常に発生しますが、これら問題を解決する上でも強固な絆が大事になるのです。

 パウロ・フレイレが始めた民衆教育についてですが、これが日本の詰め込み教育に相当する、従来型の「銀行預金型教育」へのアンチテーゼとして生まれたことは注目に値するかと思います。この民衆教育では、まず学習者の日常生活(仕事や余暇の過ごし方)を観察した上で教師が学習者とその状況について対話し、そのどこに問題があるのかを見極めて、それを体系的に整理します。連帯経済に応用した場合、まず連帯経済の事業を起こそうとしている人たちの生活スタイルを観察してから、その生活スタイルの問題点を洗い出して一緒に討論します。その後、各人に応じた事業を提案し、その設立のために協力することになります。

 ブラジルでは連帯経済関連の事業が多数生まれていますが、その現場では民主主義、環境保護、男女平等、自主運営などといった価値観が日々実践されていることはいくら力説しても強調し過ぎることはないかと思います。日本社会が置かれている状況はこれとはかなり違うものではありますが、このようなブラジルの実践例から着想を得て、日本でも特に労働者を大切にする連帯経済の実践例が数多く生まれることを願ってやみません。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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