前回はマグレブ地域の簡単な紹介とチュニジアにおける社会的連帯経済の発展についてお届けしましたが、今回はアルジェリアとモロッコについてご紹介したいと思います。

 まずアルジェリアですが、スーダンから南スーダンが分離独立した現在ではアフリカ最大の国土面積を擁し、植民地時代からフランスにとって特に重要な国でした。このためフランスはアルジェリアを植民地として残そうとし、独立戦争を経てアルジェリアは独立を勝ち取りましたが、その際に生まれ育ったアルジェリアを追われたフランス人が少なからずいます(ピエ・ノワールと呼ばれる。ジャック・アタリ、イヴ・サン=ローラン、アルベール・カミュ、ジャック・デリダなどが有名)。また、イスラム原理主義勢力との内戦が1991年末に勃発し、2002年初頭まで10年以上にわたって続くことになります。日本とはかつては強いつながりがあり、最盛期の1978年には3234人もの日本人が同国に住んでいましたが、その後の治安情勢の悪化などもあり、現地の日本人社会はかつての規模を回復できないでいます。また、同国経済の輸出のほとんど(97%)を石油や天然ガスが占めており、この輸出益で国の経済を回しています。

 アルジェリアでは独立直後から1988年まで社会主義路線を取っていたこともあり、その文脈で農場や工場が協同組合化されていましたが、市場経済に移行した1990年代以降、新たな社会状況の中で協同組合やNPO(フランスと違い、イスラム教やその他宗教の団体もNPOとして設立可能)が生まれています。とはいえ、その現状についての研究はまだまだ遅れているのが実情です。また、純粋に社会的連帯経済と言える分野が生み出した雇用の数は全雇用の2%にも満たず、まだまだこの分野が同国で非常に遅れていることが示されています。

 金融面では2007年に信用組合が認可されましたが、これは日本のように誰でも預金や融資の申請が可能なものではなく、同一企業の従業員が金融機能も併せ持った共済組合を設立可能であるというものです。また、マイクロクレジットについてはこれとは別に、社会開発局(ADS)が音頭を取って、1999年より提供されています。実際には政府系金融機関や通常の金融機関からお金を借りる形になりますが、その際に金利8%のうち6%を政府が負担することで、貧困層が事業を始めやすくしています。

アルジェリア政府社会開発局のサイト

◀アルジェリア政府社会開発局のサイト

 モロッコは、チュニジアやアルジェリアと違って王政の国で、しかも日本や欧州諸国などと違い、国王が統治権力を一部保持しています。しかし、社会的経済については1987年に国家計画において初めて話題にのぼり、2005年には国王ムハンマド6世の手により、国民生活の向上のための人間開発全国イニシアチブ(INDH)という機関が同政府内に創設され、同機関が社会的連帯経済の推進をも担当するようになりました。なお、同国王は、「経済成長のない社会的発展はあり得ない。また、グローバリゼーションに付き添い、課題に直面できる新しい経済を構築することが必要である。モロッコは市場経済を選択したが、これは市場社会ではなく、経済的効率と社会的連帯が調和する社会的経済という意味なのだ」ということばを残しています。

 その後、2010年には社会的連帯経済10ヵ年国家戦略(2010〜2020)が策定され、そこでは社会的連帯経済は「人間、環境および地域により配慮したこれまでとは違う形で、財あるいはサービスの生産・消費あるいは貯蓄を模索する経済的取り組みの集合体」と規定されています。また、以下の7つの目標も定めています。

  • 全国レベルおよび地方レベルでの社会的連帯経済関連の政府の行動を強化および調和する
  • 実績を出し構造化され、貧困・不安定性および社会的疎外との戦いにおいてその役割を存分に発揮できる社会的連帯経済の登場を促す
  • 富および地域の潜在能力の合理的な開発および評価に基づいた、総合的な地域開発に寄与する
  • 社会的連帯経済分野の知名度を上げる
  • 協同組合への生産可能人口の加盟率を、現在の3.1%から2020年には7.5%まで引き上げる
  • 協同組合の有給労働者の人数を、現在の5万人から2020年には17万5000人に引き上げることで、社会的連帯経済による雇用創出を強化
  • 国内総生産に占める割合を、現在の1.6%から2020年には3.9%に引き上げることで、社会的連帯経済による富の創出を強化

 この国にもアラブの春の影響は及び、2011年に憲法を改正して国王の権力が縮小されることになりましたが、この余波は社会的連帯経済にも及ぶことになりました。特に2011年の憲法改正以降、同国政府は社会的連帯経済の推進に本腰を入れて取り組むようになり、この連載でもモンブラン会議報告でその様子が多少紹介されていますが、その他同国から2013年のRIPESSマニラ会議に多数参加したり(欧州勢全員よりもモロッコからの参加者数のほうが多かったぐらい)、2014年4月にアフリカ社会連帯経済ネットワーク会議を開催したりしており、またアフリカには珍しく国内ネットワーク(モロッコ社会的連帯経済ネットワーク)が機能していたりするなど、マグレブ地域のみならず、今やアフリカの中で最も社会的連帯経済への取り組みが充実している国だと言えるでしょう。

モロッコ社会的連帯経済ネットワークのサイ

◀モロッコ社会的連帯経済ネットワークのサイト

 モロッコでは、2011年現在で社会的経済の団体が4万7365団体確認されており、生産可能人口のうち3%が関わっていると見積もられています。この中でも協同組合は、2010年現在で7800団体ほどあり、そのうち9割が農業・住宅および民芸品の分野で活動していますが、住宅協同組合は生産活動を特に行っていないことを考えて除外すると、農協が協同組合の4分の3を占めています。その一方でNPOについては、INDHによりテコ入れが図られ始めているものの、まだきちんとした統計は存在しないようです。

 マグレブ地域については、総じて他の地域と比べると、社会的連帯経済の運動としての発展が遅れていると言えるでしょう。NPOや協同組合(チュニジアについてはSMSAやGDAP)についてはどの国でも存在していますが、欧州や中南米などと比べると政府側の認識も遅れており(モロッコ除く)、また研究もまだまだ未発達であることがわかります。とはいえ、社会的連帯経済の世界的ネットワークが形成されるにつれ、特にモロッコが盛んにこのネットワークに参加するようになっていることから、今後諸外国、特にフランスやスペイン、中南米との交流を通じてさまざまな実例が紹介されることが期待されます。

 チュニジアについては、2011年初頭まで典型的な開発独裁の国で、マイクロクレジットについては世界各国で話題になる中で同国でも導入されたものの、それ以外の分野の開発が遅れていると言えるでしょう。ただ、革命を経て社会をより民主的なものに変えようという意気込みが強く感じられる国で、今回のテロ事件に対しても市民社会が立ち上がり、抗議の意思を示していますので、世界各地との交流を増やし、世界の潮流にアンテナを張るようになると、今後社会的連帯経済の発展が期待できるものと思います。また、マグレブ諸国の中でも伝統的に観光客の受け入れに積極的なチュニジアでは、治安さえ安定すれば今後連帯観光が発展する可能性もあり、その点で楽しみです。

 アルジェリアについては、社会主義時代に協同組合が多数作られたものの、その後市場経済に移行したことで協同組合への関心が薄れてしまったという点が指摘できます。同様の現象は、ポーランドやチェコ、ハンガリーなど欧州の旧社会主義国や中国でも見られたものなのでそれほど珍しいものではありませんが、このような社会では市場経済にいち早く適応し大儲けした人たち(特に若く優秀な企業家)と、市場社会への移行についてゆけず未だに親方日の丸的な国家依存的な態度を持ち続ける人たち(特に中高年世代)との間で世代間ギャップが生まれがちですが、市場主義になってから25年以上経過し、その矛盾もかなり顕在化している現在、市場万能主義への代替案として社会的連帯経済を再編した上で、現在のアルジェリア社会に導入できる可能性があります。

 ただ、石油依存型のアルジェリア経済の構造を考えると、ことはそう簡単ではないと言えるでしょう。天然資源に恵まれた国の場合、努力して国内で産業を興して経済力をつけるよりも、その天然資源がもたらす富を山分けしようという意見が強くなりがちで、そのため多様な経済活動が生まれにくくなります。同様に産油国である南米のベネズエラでは1999年のチャベス政権の樹立後(〜2013)社会的連帯経済の推進に非常に積極的になり、協同組合の発足に補助金を出す政策を取ったりしましたが、国内での生産活動は盛んにはならないままです。社会的連帯経済を同国で推進する場合、石油一辺倒の経済構造から脱却し、経済活動を多様化するために政府と市民社会が一体となって取り組み必要があるでしょう。

 最後にモロッコは、前述の両国と違い今でも立憲君主制が残り、国王がそれなりの政治力を保持するという昔ながらのタイプの国ですが、幸いなことに国王が社会的連帯経済の推進に積極的に取り組むようになり、各種政策を打ち出しています。民主主義を根本原則の1つとしている社会的連帯経済にとって、このような君主制は必ずしも馬が合う存在ではありませんが、少なくても今のところはこのような状況を活用して、特に貧困撲滅に的を絞って社会的連帯経済の推進に取り組むのが賢明ではないかと思います。

 マグレブ地域は日本からは距離的にも意識的にも非常に遠いところですが、欧州、特にフランスなど地中海諸国からは非常に近い距離にあります。今回の記事が、何らかの参考になれば幸いです。また、チュニジアが一刻も早く平静を取り戻し、日本人を含む観光客が安心して訪問できる国になることを祈ってやみません。