廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第65回

ケベック州における社会的経済

 今回は、社会的連帯経済分野では北米の中でも非常に存在感を発揮している、カナダのケベック州の状況をご紹介したいと思います。なお、ケベック州内においては連帯経済ではなく社会的経済という表現が一般的であるため、同州内の状況を述べる場合には基本的に社会的経済で統一したいと思います。

 ケベック州はカナダ東部にあり、その西には同国最大の人口を抱えるトロント市や首都のオタワ市が属するオンタリオ州が、南東にはニューブランズウィック州が、そして北東にはニューファウンドランド・ラブラドール州があります。南は米国(ニューヨーク州、バーモント州、ニューハンプシャー州、メーン州)と接しており、特に同州最大の都市モントリオールは、ニューヨーク(596km)やボストン(495km)などと比較的近い距離にあります(カナダ国内では首都オタワまで199km、トロントまで541km)。同州は約154万2000平方キロ(日本の約4倍)という広い面積を有していますが、大部分の土地が農業に向かない寒冷地であるためほとんどの地域はほぼ無人地帯で、780万人程度の人口の大多数は南部のセント・ローレンス川沿いに集中しています。なお、州都はモントリオール市ではなく、同市から250kmほど北東(=セント・ローレンス川の下流)にあるケベックシティです。

ケベック州の地図

▲ケベック州の地図

 ご存じの通り、北米は米国・カナダの両国とも基本的に英語圏ですが、例外的にケベック州だけはフランス語が主要言語となっており(ニューブランズウィック州は英仏両言語が公用語)、モントリオール市内では英語も通じることが多いですが、それ以外の都市ではフランス語しか喋らない人が少なくありません。これは、もともとこの地域がフランス領ヌヴェル・フランスとして開拓されたためで、1763年に終結した七年戦争の結果ケベック州が英領(当時は米国の独立前)になった際にも、フランス語やフランス法などの伝統がケベック州ではそのまま残されました。その後、同州でも英語だけが公用語とされ、特に政財界のエリートは英語だけを使うようになる一方、フランス語話者は二級市民扱いを受けましたが、1974年にフランス語だけが公用語になりました。これによりフランス語系市民は母語だけで生活ができるようになった反面、それまでケベック州に本社を置いてカナダ全国で運営していた企業がフランス語の使用を嫌って他州に本社を移すようになったことから、経済成長が遅れることになりました。ほぼ英語圏である北米(カナダ3400万人+米国3億1500万人=3億6000万人)の中でケベック州だけがフランス語圏であるため、フランス語を守ろうとすればするほど北米全域で業務を行おうとする企業が撤退し経済的に衰退する、というジレンマを、ケベック州は抱えることになったのです。

 ケベックの社会的経済を語るうえで何よりも欠かせないのが、デジャルダン信用金庫です。1900年にアルフォンス・デジャルダンが創設した同信用金庫は、2014年末現在で2290億カナダドル(約21.7兆円)もの資産を持ち、700万人以上の組合員・顧客と4万5966人の従業員を抱えており、ケベック最大の金融機関となっています。利益の地域還元もきちんと行っており、2014年には8230万カナダドル(約78.1億円)を還元しています(実際、ケベック州で開催される社会的連帯経済関係のイベントでは、大抵同金庫が協賛している)。ケベック州やオンタリオ州を中心として同金庫は800点以上もの幅広い支店網を構築しており、400以上の都市および村では同金庫が唯一の金融機関として、特に農村部では貴重な金融機関となっています。

 しかし、ケベック州で社会的経済が注目されるようになったのは、1960年代や1970年代に地域住民によって、コミュニティセンターやクリニック、保育園などの自主運営が始まってからです。その後、1980年代から90年代にかけて、住宅協同組合、民衆教育グループ、女性や若者のグループ、地域開発企業、さらには社会包摂企業などが続々と誕生してゆきました。また、1990年代後半以降はケベック州政府も、特に貧困層向けの雇用創出という観点から社会的経済に興味を示すようになり、社会的経済企業の創設を支援するようになります。1997年には実践者らにより社会的経済シャンティエ(シャンティエは仏語で建設現場の意味だが、社会的連帯経済関係者ではこのグループの意味で使われる)が結成され、業界団体として州政府との折衝にも当たるようになります。現在では7000社以上の社会的経済企業が存在し、12万5000人を雇用し、170億カナダドル(約1.61兆円)以上の売上高を上げており、ケベック州のGDPの7~8%を占めています。

 さらに重要な点としては、2013年10月10日に社会的経済法が可決したことです(フランス語版英語版)。この法律では同州の社会経済的発展において社会的経済が果たしてきた貢献を認定するところから始まり(第1条)、その推進や支援を目的としています(第2条)。社会的経済の定義としては、行政が介入しない形で会員のニーズを満たすために民主的に運営される企業などの活動の総体とされており(第3条)、同条のシャンティエや共済組合評議会などが州政府との対話相手とされています(第5条)。そして、5年ごとに政府による行動計画の策定が義務付けられています(第10条)。

 このようなケベック州にとって、主にラテン系諸国が参加する社会的連帯経済のネットワークは、非常に貴重なものとなっています。確かに北米においてフランス語は少数派の言語で、ケベック州以外ではほとんど使われていませんが、特にヨーロッパやアフリカではフランス語が広く使われており、またスペイン語圏・ポルトガル語圏である中南米でもフランス語は伝統的に幅広く学ばれています。実際、この広大なフランス語圏ネットワークを活かした国際協力のプロジェクトも存在しており、途上国への国際協力の他、ケベック州で生まれた時間銀行+マイクロクレジットのシステム「ラコルドリー」はフランスにも移植されている他(ケベックフランス)、特にケベックとフランスの間ではさまざまな学術交流も行われています。

▲ラコルドリーの紹介ビデオ(英語字幕付き)

 また、カナダの他州との間で社会的経済について協力することもあります。英語圏カナダでは社会的経済よりも地域開発のほうに焦点が当てられることが多いですが、名称や思想背景こそ違うものの類似の事例を実現しているということで、ケベック州の社会的経済の運動と歩調を合わせることが少なくありません。20005年から2011年にかけて、カナダ国内6地域(ケベック、大西洋岸、オンタリオ州南部、中部およびオンタリオ州北部、太平洋岸、北部)の大学が参加してカナダ社会的経済ハブというプロジェクトが運営され、広い国内での研究者の交流が行われ、その成果として以下の3つの報告書が刊行されました。

 現在はこのハブは活動を終えていますが、カナダ地域経済開発ネットワーク(CCEDNet)が地域開発や社会的経済関係で同様の活動を行い、カナダ全国のネットワークとして機能し続けています。

 ケベックについては日本語での情報は非常に少ないですが、フランスと比べると英語の情報も比較的多く、また地域開発関係で英語圏とも連携していることから、社会的経済のみならず、とりわけ地域開発に関心のある人には面白い地域だと言えるでしょう。この記事が、ケベック訪問時において何らかのご参考になれば幸いです。

◎参考資料: 社会的経済参照ガイド(フランス語英語

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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