廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第69回

イベリア半島(スペイン・ポルトガル)における補完通貨(地域通貨)の現状

 私自身がスペインで補完通貨の研究や推進活動を行っている割には、スペインの現状についてこれまで取り上げて来なかったため、今回はそのスペインや、お隣のポルトガルの事例について紹介したいと思います。なお、スペインでは地域通貨(moneda local)や補完通貨(moneda complementaria)よりも、社会的通貨(moneda social)のほうが一般的に使われる名称となっています。

 スペインでは内戦(1936~1939)の間に財政危機に陥った市町村が各地で地域通貨を発行していましたが(南東部バレンシア州のアリカンテ県での詳細はこちらで)、フランコ将軍率いる反乱軍がスペイン全土を制圧するとこれら事例は消え去り、それ以降長らく地域通貨は使われていませんでした。

 この状況が変わるのは、1990年代に時間銀行が米国から導入されてからです。米国では1980年代にすでにタイムダラーという名称で時間銀行が各地で導入されており、欧州でも特に英国で広まっていましたが、1997年から1999年にかけて欧州連合(EU)の男女機会平等のためのEUアクションプログラムとして、サルー・イ・ファミリア(直訳すると「健康と家族」)というNPOがバルセロナで導入したのが始まりです。その後各地の自治体や市民団体などでもこれら時間銀行が積極的に導入され、数百もの時間銀行が存在していますが、その中には活動休止中のものも少なくありません。また、北西部のガリシア州では市町村単位での時間銀行を推進する州法が制定されています(この州法の第42~44条と第46条を参照)。

 時間銀行以外のスペイン国内の事例で、現在最も長い歴史を有しているのは、2006年に南部アンダルシア州カディス県のヘレス・デ・フロンテラ市で、現地在住の日本人飯塚真紀さんらが創設したエル・ソキートです。方式としては典型的なLETSであり、各会員が通帳を持った上で、その通帳に残高を書きこむことで取引を記録するというものです。この地域通貨は近隣の有機野菜農家と提携することで、有機の食品を入手可能にしています。会員数としては100名程度でそれほど大きな事例ではありませんが、この事例を現地在住の日本人が創設したことは、特記すべき事項だと思います。

▲動画: ソキート(ヘレス)やプマ(セビリア)など、アンダルシア州内の地域通貨の事例を取材したドキュメンタリー

 また、同じアンダルシア州の州都セビリア市の旧市街地では、プマレホ宮殿と呼ばれる18世紀に建設された文化財を保存するための市民運動が立ち上がっていますが、この人たちの活動を経済的に支援する目的も含めて(文化財の修復費用が必要なので)、プマという地域通貨が存在します。これも近隣の有機農家と提携を行ったり、月1回の市場(メルカプマ)を開催したりしていましたが、活動が盛んになり過ぎてスタッフが過労気味になったこともあり、現在は小休止状態です。

 しかし、地域通貨がスペインの中でも特に盛んなのは、やはり北東部カタルーニャ州です。カタルーニャ総合協同組合については以前の記事で紹介した通りですが、この協同組合では組合員間の取引を促進するために、エコという名前の地域通貨が使われています(同協同組合の母体の1つであるエコネットワークは同州内外各地に存在し、それぞれ地域通貨を持っている)。バルセロナから海岸沿いに南西に50kmほど行ったところにあるビラノバ・イ・ラ・ジェルトルー市では、トランジション・タウンズの思想に基づいて2010年に始まった地域通貨ラ・トゥルータが存在し、地産地消型経済を推進すべく、市内にある耕作放棄地を市民農園化したり、地元商店の地域通貨への加盟を呼びかけたりしています。この地域通貨は当初は通帳方式を採用し、手書きで取引を記録していましたが、スマホ向けアプリも開発し、スマホ上で商品情報を見たり、取引を決済したりすることができるようになっています。この他、バルセロナ市内から北に行ったアルト・コンゴスト郡では、エコ・アルト・コンゴストという地域通貨が別の枠組みで導入されています。

▲ラ・トゥルータの活動を紹介した動画(カタルーニャ語)

 また、企業間取引向けの補完通貨の事例もスペイン国内に2つ存在しています。1つ目は、もともとは中小企業向けのソーシャルネットワークの運営会社が、その取引を活性化するための方法として地域通貨を導入したトロコバイ(旧称トロコバンク)で、現在はスペインのみならずお隣のポルトガルにもネットワークを広げています。もう1つはRESカタルーニャで、これはベルギーで1990年代から運営されていたRESを、ジロナ大学の教授らがカタルーニャに導入したものです。この他、スペイン国内で活発に動いている地域通貨としては、主に以下のものが挙げられます。なお、全国一覧についてはこちらをご覧ください

 ポルトガルについてですが、スペインと同時期にカトリック系の団体グラールにより、時間銀行が導入されたのがきっかけで、現在国内各地に28か所時間銀行が存在します。それ以外の地域通貨の大部分は、月1回あるいは隔月に開かれるバザー内での専用通貨となっており、恒常的に動いている地域通貨としては以下の2つが挙げられます。

  • マヨール(アレンテージョ地方カンポ・マヨール市): 長期失業者など社会的疎外に苦しんでいる人たちを社会統合するために、市役所や慈善団体、そして地元の財団(同市にはポルトガル最大のコーヒー卸売業者デルタ・カフェの本社があり、同社系の財団も支援している)が始めた事例。失業者らが講座を受けたりボランティア活動をしたりすると地域通貨マヨールがもられ、これにより「社会的商店」で食料を買ったり、併設のクリーニング店で衣服を洗濯したりできる。
  • エコソル(ポルト市): 同国北部の中心都市ポルト市内で、社会的連帯経済に関心のある若者たちが始めた事例。近郊で栽培された有機野菜の共同購入とリンクして、主にその野菜の取引を中心として地域通貨が回っている。

▲マヨールの事例を紹介した動画(ポルトガル語)

 この他、ポルトガル各地に地域通貨に熟知した人たちがおり、特にポルトガルの名門大学コインブラ大学の連帯経済研究グループに属する研究者が、地域通貨についての研究を発表しています。

 スペインの地域通貨は、主に欧州諸国から、そして場合によっては中南米からも影響を受けつつ成長してきましたが、諸外国の事例と比べるといくつか特徴がありますので、それらを以下記載したいと思います。

  • 新しい事例が多い: 15年ほど前から導入され、スペイン社会にある程度定着している時間銀行を除くと、地域通貨の大部分は2010年以降に生まれた比較的新しい事例が多くなっています。スペインは2007年のバブル崩壊以降経済危機が続き、20%を超える失業率を記録し続けていますが、このような状況の下、少なくとも自分たちのできる範囲で地産地消しようという機運が高まっています。また、2011年の5月15日運動(詳細についてはこちらの動画(日本語字幕つき)を参照)以降、これら地域通貨の運動がスペイン各地の社会運動家に広く知られるようになったことも、地域通貨の勃興に一役買っています。
  • 相互信頼(LETS)方式が多い: 英仏独など欧州諸国では最近、ユーロの裏付けがある地域通貨が人気を博していますが(例 : キームガウアー(ドイツ)、SOLヴィオレット(フランス)、エウスコ(フランス)、ブリストル・ポンド(英国)。なお、キームガウアー)、スペインでは時間銀行以外の地域通貨の大部分が相互信頼方式であり、ユーロの裏付けがある事例としてはエスプロンセダ(エストレマドゥーラ州アルメンドラレホ市、休止中)、エーキ(バスク州ビルバオ市)とコスタバレス(ガリシア州)の3つだけです(カタルーニャ総合協同組合の場合は、LETS方式とユーロ担保方式を組み合わせているが)。この理由としては、経済危機後の文脈でユーロに代表される既存の経済体制への不信感からユーロと完全に無関係な通貨を望む利用者の気持ちが強いことが挙げられますが、これにより特に一般商店を巻き込むうえで困難を来している。
  • 国内外のネットワークが比較的強固: 日本では2000年代前半に地域通貨ブームを迎えた後、各事例同士の交流ネットワークが生まれなかったこともあってその熱が冷め、現在ではほとんどが休止状態になっていますが、スペインでは2012年以来毎年1回全国会議を開催しており(2012年カタルーニャ州ビラノバ・イ・ラ・ジェルトルー市2013年セビリア市2014年バレンシア市、2015年ムルシア市)、またメーリングリストフェイスブックなどさまざまな形で事例同士の交流が続いています。さらに、スペイン以外の国との交流関係もあり、特に創設者の1人が南米コロンビア(スペイン語圏)の出身であるSOLヴィオレットとの間で緊密な関係が存在しています。
  • 研究者不足: 諸外国では十分な数の地域通貨の研究者が存在し、彼らによる学術的な議論も盛んですが、スペインではまだまだ研究者が非常に少なく、学術論文もそれほど発表されていません(前述した通り、ポルトガルではコインブラ大学に研究者がいるが)。現在、大学院で地域通貨の研究を行っている人も私以外に複数いますが、そういう人が大学の教授となり、社会的に影響を与えるようになるまでにはまだまだ時間がかかるものと思われます。

 スペインやポルトガルの地域通貨の概要としてはこのような感じですが、今後さらに多くの方が参加し、諸外国との交流を通じて活発になることを期待しております。

【さらに詳しく知るには】

  • The Community Currency Scene in Spain(英語): 英国人のスペイン研究者が2015年に発表した、スペインの地域通貨に関する論文。
  • ドキュメンタリー”Monedas de Cambio”(スペイン語、60分): スペイン国営テレビが2013年10月に放送したもの。
  • 社会的通貨研究所(スペイン語): イネバル財団内の活動として2013年に発足した組織。私(廣田)も共同創設者として参加。
  • Vivir sin Empleo(スペイン語): スペイン国内で、主に時間銀行を長年推進してきたフリオ・ヒスベールのブログ。
  • Notafília(ポルトガル語): 個人で地域通貨について研究しているアルマンド・ガルシア氏が、ポルトガル国内の事例についてまとめたもの。
コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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