廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第70回

第3回社会的補完通貨国際会議報告

 10月27日(火)から30日(金)まで、ブラジル・バイア州の州都サルバドル市にあるバイア連邦大学経営学院第3回社会的補完通貨国際会議(こちらのリンクから発表論文のダウンロードが可能: 英語、ポルトガル語、スペイン語)が開催され、研究者を中心に、日本を含む世界各国から90人(ブラジル国外から47人、国内から43人)が参加しましたので、その報告を行いたいと思います。

 この会議は、2011年2月にフランス・リヨン市で、そして2013年6月にオランダ・ハーグ市で開催された会議に続くもので、補完通貨分野での学術会議と実践者会議の両方の性格を合わせた全世界レベルの国際会議として、今後も2年に1回のペースで開催されてゆきます(次回は2017年前半に、スペインのバルセロナ市にて)。なお、補完通貨や通貨制度一般についての情報は、私が以前に書いた以下の記事をご覧ください。

 また、他国と比べてもブラジルでは連帯経済の文脈で補完通貨が導入される傾向にありますので、以下の動画(12分、日本語字幕つき)や私の過去の連載もご参照いただければ幸いです。

▲ブラジルの連帯経済を紹介した動画(12分、日本語字幕付き)

 会議では、同経営学院長の挨拶に続き、第1回会議を主催したフランス・リヨンII大学のジェローム・ブラン氏が、地域開発と結びついたボトムアップ型の地域通貨の事例が多いブラジルでの開催の意義を強調しました。次に今回の会議の主催者であるアリアドネ・リゴ女史が、地域通貨の研究者と実践者が国際的に集まる今回の会議の意義を強調しました。その後、1998年にセアラ州の州都フォルタレザ市内でブラジル初のコミュニティバンク「パルマス銀行」を立ち上げ、2003年からは地域通貨パルマスも発行して流通させているジョアキン・メロ氏が、コミュニティバンクやそのコミュニティバンクが発行する地域通貨について紹介しました。

同会議で発表するパルマス銀行の創設者ジョアキン・メロ氏

▲同会議で発表するパルマス銀行の創設者ジョアキン・メロ氏

▲パルマス銀行についてのドキュメンタリー(1時間、英語字幕付き)

 メロ氏は、これら地域通貨がコミュニティバンクにより管理されることから、地域社会が地域通貨を保有し、これにより地域内、特に貧しい人の多い地域内にお金がとどまり、経済発展により生活水準が向上し、貧富の格差の是正に貢献すると説明しました。また、その他地域意識の向上や教育(子どもに対して地産地消や財務管理の大切さを教える)といった目的もあることを語り、ブラジル政府も地域通貨に対する態度を迫害(実際彼は、通貨偽造の罪で裁判にかけられたこともあるが、無罪を勝ち取った)からその重要性の認識、さらには「非合法ではないこと」の認定へと態度を変え、さらに2014年に同国で施行された電子通貨法により電子通貨としての地域通貨が可能となり、デビットカード型のムンブーカ(リオデジャネイロ州マリカー市)やスマホのアプリとして使用可能な電子通貨を紹介しました。ブラジル全国で110ものコミュニティバンクが設立され、連邦政府や州政府などからの支援も受けられるようになっている一方、地域開発の真の代替案となり、国内外に規模をどうやって拡大するかが課題として挙げられました。

 次に、「社会的補完通貨: 開発のための使用、イノベーション、課題および研究テーマ」と題されたセッションでは、3名の研究者が発表しました。まず、ドイツの研究者ロルフ・シュレーダー氏が、運営費用の工面や適切な法的枠組みの構築、有効性の評価や生産手段への融資などを補完通貨の課題として提起した上で、スイスで中小企業向けのシステムとして1934年より運営されているWIR銀行の有効性を語りました。バイア連邦大学のジェナウト・フランサ教授は、ブラジルにおける補完通貨のイノベーションとして社会運動、市民参加、経済の変革という3点を挙げ、地域経済フォーラム(というと大げさなイベントに聞こえるが、実際は自治会の事務所で毎週地域住民が集まって、地域の問題について話し合う場所)や教育などの重要性を語りました。そして、アルゼンチン・サルミエント大学のルート・ムニョス女史は、一口に連帯金融といっても多様であることを示し(民衆金融、コミュニティ金融、信用金庫、マイクロクレジット、倫理金融、社会的補完通貨の発行および管理、開発融資および上記のツールを使った公共政策)、そのうえで補完通貨の役割として、公式市場から疎外された人たちの生活支援や意識の変革を指摘し、その他の連帯金融との協力関係の構築、きちんと管理できる適正規模の重要性(アルゼンチンでは一時期交換クラブが数百万人もの市民の生活を支えるまでに成長したが、巨大すぎて管理ができず、諸問題の発生により大幅に縮小してしまった)、法定通貨との関係(法定通貨との両替は問題だが、たとえば1地域通貨単位=100円のように価値の参照として使う点では問題ない)、市民参加型の補完通貨の運営、そして技術革新と他事例との共有の重要性を指摘しました。

 次に、中南米で重要となっている連帯経済と補完通貨の関連性について、いくつかの発表がありました。ブラジル中央銀行のマルーザ・フレイレ女史は、同中央銀行がこれら補完通貨を社会的包摂の道具としてみなしていることを説明し、これら補完通貨の推進において労働雇用省の連帯経済局が積極的な役割を果たしていることを語った上で、同中央銀行としても金融的包摂の面でマイクロクレジットから金融的包摂、そして金融市民権へと概念を発展させていることを説明しました。とはいえ、ガバナンスや利用者の権利、利害対立の解決やインパクト評価、中央銀行によるモニタリングなどの面で問題が残っている点を説明し、ITのもたらす可能性についても評価しました。次に、エクアドル国立民衆連帯金融公社のジョバンニ・カルドソ氏が、家族企業や非公式部門などで重要性を発揮している民衆連帯経済について、同国経済における重要性や、その脆弱性ゆえに支援が必要であることを説明しました。ブラジル応用経済研究所のサンドロ・ペレイラ・シルヴァ氏は、同国の連帯経済の調査結果を発表し、連帯経済部門におけるコミュニティバンクによる補完通貨建ての融資の重要性などを発表しました。最後に、バイア州政府連帯経済局のタチアナ・アラウージョ・レイス女史が、2007年に同州でも連帯経済局が設立されて以来各種政策が展開されてきたものの、その継続性や税制措置などの面で課題が残されていることを語りました。

 このような会議を開催する一方で、補完通貨による市場も同大学のキャンパス内で行われました。1つはブラジルの連帯経済実践者による民芸品などの即売会で、参加者は手にした60トリーリャ(60レアル=約2000円に相当)で各種お土産品を買っていました(写真参照)。もう一つは、参加者自身による交換市で、ここでは会議の参加者が持参した商品を補完通貨に両替して買い物したり、商品をそのまま物々交換したりしていました。

民芸品の店の様子

◀民芸品の店の様子

 社会と経済を考え直す新しい理論的枠組みのセッションでは、まずはブラジルのカリリ連邦大学のジェオヴァー・トーレス教授が、補完通貨を導入したブラジルの地域では、補完通貨の使用に加え、地域内で買い物を行う意識が高まったことを発表しました。フランス・リヨンII大学のマリー・ファール女史が開発における地域と通貨の重要性や市民権の行使、ソーシャル・イノベーションなどの概念の重要性を強調しました。次に、邦訳も出ている「連帯経済」の編著者として世界的に有名なフランス国立工芸院のジャン=ルイ・ラヴィル氏が、伝統的な家父長主義的国家制度がもはや機能しなくなり、その代替案として経済や政治の新しい運動が生まれている中で、ポランニーが語るような多様な経済の必要性が提起され、その手段として補完通貨を位置付けた上で、中南米など南の諸国の実践例の意義が強調されました。

 最終日にはブラジルの補完通貨の展望ということで、前述のジョアキン・メロ氏が、パルマス銀行によりマイクロクレジットや保険、地域経済のマッピング(地域内の需要を満たす商店があるかどうか調査した上で、不足している場合には自分たちでそういう店を作ることで地域内の需要を満たす)や市場の開催、そして教育といったサービスが提供されていることを紹介しました。フォーラ・ド・エイショ(直訳すると「軸の外」)と呼ばれるインディーズ音楽イベントをブラジル国内外各地で開催している団体では、団体関係者ないの相互協力の道具として補完通貨が使われていることが紹介されました。そして、最後にバイア州立大学のデボラ・ヌネス女史が補完通貨のさらなる発展のためには、その他の社会運動との協力や内部連携の推進、連帯経済関係者の間でのコミュニケーションの改善(イベントが同じ日に重なって参加できないことが少なくない)などが欠かせないことを述べました。

 個人的には、今回の会議の論点としては以下の点が重要に思われました。

  • ブラジルのような途上国の貧困層の間でもスマホが急激に普及しており、インターネットを十分に利用できる環境が整備されている中で、スマホのアプリとして補完通貨を整備する重要性
  • 貧困から脱出するための手段として地域住民により自主運営されているコミュニティバンクの重要性を理解し、可能であれば先進国においてもその手法の応用を検討すること
  • ブラジルのような補完通貨の比較的先進国においてもまだまだ小規模にとどまっている現状を鑑み、さらなる事例の構築に向けた効果的な戦略や手法を開発する必要性
  • ブラジルの連帯経済は確かに世界的に見ても優れた例ではあるが、連帯経済関係者だけでは商品のバラエティが限られており、補完通貨を使ったコミュニティバンクをさらに広げるためには連帯経済関係者以外(普通の個人商店や地場企業など)も関与させる必要性

 いずれにしろ、世界でも補完通貨の面で独特の発展を見せているブラジルには、今後も注目したいと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。法政大学連帯社会インスティテュート連携教員。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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