廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第81回

メキシコの連帯経済関係者へのインタビュー

 博士論文の調査の関係で最近メキシコを訪問しましたが、その際に首都メキシコシティで4月19日(火)に同国の連帯経済関係者にインタビューすることができましたので、今回はそのインタビューに基づき、メキシコにおける社会的連帯経済の今後を展望してみたいと思います。

 今回インタビューを行った相手は、メキシコにおける連帯経済の先駆者として国際的にも有名なルイス・ロペスジェラ氏と、若手の連帯経済の運動家として存在感を増しているクラウディア・カバジェロ女史です。ルイス・ロペスジェラ氏は1960年代より長年にわたって市民運動や先住民運動などに関わり、1994年に地域通貨「トラロック」(トラロックとはアステカ神話に登場する水の神の名前)を開始しました。クラウディア・カバジェロ女史は社会学を専攻した後に7年ほど前からミシューカという名前の連帯経済ネットワークを運営しており、どちらかというと20代や30代といった若手が参加しています。このネットワークでは、他の仲間がどのような商品やサービスを必要としているのかを認識するところから始めて、都市農園や医療サービスなどの提供を行っているのに加え、協同組合の設立を支援すべく機械類などの貸し出しを行ったり、協同組合の創設に熱心なメキシコ市役所と連携してコンサルを行ったりしています。

廣田 こちらメキシコでは2012年に社会的連帯経済法が成立し、国立社会的経済機構が設立されていますが(詳細はこちらで)、これら制度についてどう思われますか?

ロペスジェラ こちらメキシコでは法律の文面は素晴らしいものですが、きちんと運用されておらず、政治は非常に腐敗しています。このため、政治に関っても無意味で、新しい生態系を生み出すための耕作者となる必要があります。

ルイス・ロペスジェラ氏

◀ルイス・ロペスジェラ氏

カバジェロ メキシコ国民のかなりの人たちが、行政を信用していません。政府関係者は公的資金を盗んでばかりです。その一方、ラディカルな社会運動は経済面および環境面における政府の収奪の問題に非常に敏感です。

廣田 でも、フランスやスペイン、ブラジル韓国など別の国では、政府と社会的連帯経済との間でパートナーシップ関係がありますが…。

ロペスジェラ ブラジルやベネズエラ、エクアドルなどは南米で、北米大陸にあるメキシコとは地政学的状況が違います。メキシコでは米国の影響が強すぎて、たとえば40~50年後に米国が何らかの理由で没落しない限り、メキシコが本当に政治的自由を確保することはできません。このため、私たちは将来世代に期待をかけているのです。

カバジェロ 政府との関係を完全に否定するわけではありませんが、それよりも政府の中にいる人への意識づけのほうがはるかに重要です。

ロペスジェラ 地球環境や貧困など特定の問題に短期的に取り組む運動と、より共感的な経済や人間関係の再構築に向けた、長期的な文明的転換とを、区別しなければなりません。

カバジェロ この環境面の危機に対処するには、単に既存のものの見方から遠ざかるだけではなく、新しい視野を広げて心を開き、転換を行わなければなりません。

廣田 南米チリの経済学者ルイス・ラセト氏も「新しい文明」という表現を使っていますが…。

ロペスジェラ そうです。人間の身の丈に合った社会づくりという点では、チリはメキシコよりもはるかに進んでいます(たとえばウンベルト・マトゥラナ氏)。大切なこととしては、お金は交換手段にしか過ぎないということです。また、最近(2016年3月31日より)フランスやベルギー、スペインなどでニュイ・ドブー運動(各都市の中心広場などを占拠して各種社会問題について話し合う運動で、2011年にスペインで起こった5月15日運動、また同年秋にニューヨークなどで起きたオキュパイ運動と同種のもの)に期待しています。この点で、ドイツの映画監督マルク・バウダーが制作した映画「Master of the Universe」をぜひご覧になるといいでしょう。

カバジェロ この映画は、誰も止められない投機活動が、どうやってバーチャル世界により生み出されたかが紹介されています。この解決策としては、このような化け物への警戒を続けながら、現実世界にあるものに対して行動を起こしてゆくことです。

ロペスジェラ アヨツィパナ師範学校の事件(同師範学校の学生43名が2014年に失踪した事件)については、フランシスコ・ローマ教皇でさえメキシコ政府の妨害を受けて、自由に発言することができませんでした。メキシコでは政府権力は、まさに犯罪者の手にあるのです。

廣田 去る2月に調印された環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)では、日本やメキシコも入っていますが、これに対する抵抗としてはどのようなことが考えられますか?

ロペスジェラ 先住民の抵抗運動では、外部から来た人が先住民の土地を買い上げようとする運動に対して、全世界規模で戦いが続いています。地域を守る戦いを擁護しなければなりません。また、メキシコでは不動産投機により、500万戸もの住宅が空き家になっています。このような矛盾にも対処しなければなりません。

カバジェロ メキシコでもさまざまな社会運動がありますが、その中でも「トウモロコシがなければ国もない」(Sin Maíz no hay País、トウモロコシ(maíz)と国(país)をかけている)とフリーソフト運動が特筆できます。ただ、提案は十分なものではなく、何かへの反対運動ではなく、具体的に何かを建設するものでなければなりません。ベラクルス州ではパーマカルチャーを伴った自給自足的な協同組合がありますが、この経験をメキシコ全国に展開してゆきたいと思っています。

クラウディア・カバジェロ女史

◀クラウディア・カバジェロ女史

ロペスジェラ ミシューカネットワークはメキシコシティで生まれましたが、現在では農村とのつながりを持っています。都市と農村がつながることで、長期的には変革のための代替案を作ってゆけるのではないかと思います。もちろんその点では、メキシコ国内だけではなく全世界的なネットワークを作ることが大切です。

廣田 最近思うのですが、社会的連帯経済にいろんな人を巻き込むには、生産者として関わらせる方法と、消費者として関わらせる方法があると思います。スペインで成功している協同組合の事例では、消費者が運営に関わっている例が多いと思いますが、メキシコではどのように消費者を巻き込んでいますか?

カバジェロ メキシコ初の医療生協であるパナメディカがそのような例と言えるでしょう(同生協での医療は伝統的な西洋医学ですが)。また、5月1日協同組合は米国で生まれた組合のメキシコ支部ですが、社会運動に対してIT面での技術支援をしており、私たちもそのサービスを利用しています。私たちにとって大切なのは、未来学者アルビン・トフラーが提起した「プロシューマー」(生産者と消費者を掛け合わせた造語)であり、これには自給自足と相互依存の両方に向けた変革のための教育的価値があります。単に生産者、あるいは消費者にとどまるのではなく、その両方を合わせたプロシューマーになる必要があるのです。メキシコでは失業率が高く、仕事があったとしてもコールセンターでの応対や営業だけで、人間としての尊厳がなく、自分が役立たずだと思い込む人が少なくありません。また、生産者のほうもカネに目がくらんで、ジャンクフードなどに無駄遣いしていますが、このような状況を改める必要があります。都市は農村に対し、文化や技術、情報などを提供して、新しい関係を構築しなければなりません。

ロペスジェラ 遠い土地に旅行をして、新しい言語や文化を学ぶノマドな人たちが増えています。毎日500万人もの人が飛行機で旅行をしているのです。このノマドは新しい人種と言え、ホスピタビリティや新しい文化を求めています。これにより新世代の中には、失われた楽園を求める新しい人種が生まれています。廣田さん、あなたもその一人です(笑)。

廣田 こちらメキシコでは上流階級から下流に至るまで、現状の政治や社会、それに経済に満足し、それほど疑問を呈しない人が大多数だと思われますが、彼らについてはどう接触したらいいと思いますか? 個人的には、パウロ・フレイレの「被抑圧者の教育学」をどのように社会的連帯経済の発展に応用するかに関心があるのですが…。

カバジェロ 最も満足している人たちは私たちの対象外で、ミシューカネットワークでは意識を持った人たちを対象にしています。当初ミシューカネットワークはメキシコシティの一地区を対象範囲としていましたが、そのうち各地を周回するネットワークとなりました。こちらメキシコの人は一般的に、パターナリズム(国家家父長主義)にあまりにも慣れており、自分から積極的に動こうとしないのが問題です。

ロペスジェラ パウロ・フレイレは非常に広範囲にわたって受容されました。満足しきっている人たちはどうせ変わらないので、現状に幻滅している人たちを対象にする必要があります。また、パウロ・フレイレは政治的な面を強調していました。個人的にはクラウドファンディングよりもパーソナルファンディングのほうを重視したいと思います。

カバジェロ (ロペスジェラの発言を補足して)クラウドファンディングのように、単にお金を提供して満足するのではなく、パーソナルファンディングによりそのプロジェクトに積極的に関わることが大切なのです。

ロペスジェラ 生態系に調和した形で日常生活を築き続け、そこで仲間意識を大切にすることが欠かせません。

カバジェロ フランスの教育学者フレネ(Célestin Freinet)は、生活様式を変えるために意識づけをする教育の重要性を説きましたが、ミシューカネットワークでは代替教育を推進しています。たとえば、三角形の法則を教える場合にも、理論ではなく具体例を通じて教えるというものです。また、大人は意識がなかなか変わらないので、子どもに焦点を当てています。

ロペスジェラ 実存主義的教育を目指すわけです。

カバジェロ 単なる議論よりもはるかに価値があるのは、生活のジェスチャーです。また、一度行動を変えた人は、以前のような過ちを起こさなくなります。

ロペスジェラ 詩、パフォーマンス、演劇など芸術は、教育的な側面に加え、美や均衡、調和といった性格を持っていますので、これによって一般の人にインスピレーションを与える必要があります。また、社会的連帯経済が魅惑的な生活様式である必要もあり、その点でミシューカネットワークでは常にパフォーマンスを重要視しています。

カバジェロ ミシューカネットワークにはエスクエリータ(小さな学校という意味のスペイン語)があり、ここで社会的連帯経済関係の研修を行っていますが、ここで考察と実践のバランスを取っています。また、ワークショップや研修、映画上映、パフォーマンスなども行っており、現在80~100人程度が参加しています。

ロペスジェラ パフォーマンスは常に、私たちに考察を促すのです。カネの論理に支配された学会はもうたくさんです。

 全体的な感想として、メキシコでは他国以上に政府への不信感が強く、国立社会的経済機構の存在があってもそれを信頼せず、自分たちだけでやっていこうという意思が強く感じられました。また、人類文明そのものの変革も模索しており、そのためには私たち自身のライフスタイルの変革に加え、教育も変えてゆく必要がある点には、私も強く同意します。

 メキシコというと日本から非常に遠い印象がありますが、成田からアエロメヒコ航空が週5でメキシコシティまで直行便を就航しており(今年の秋からは全日空も就航予定)、フライト時間も13時間~14時間半程度で、距離的にはニューヨークとそれほど変わりません。また、よくも悪くも米国から比較的近く、米国の主要都市から2~5時間ほどでメキシコシティに到着できますので、米国での用事の際に、メキシコにも立ち寄られるとよいかと思います。メキシコは日本の5倍以上の国土を持つ広い国ですが、同国内の連帯経済の事例は、主にメキシコシティやそこから比較的近く(500km以内)の地方都市に多いことから、まずはメキシコシティでロペスジェラ氏やカバジェロ女史(ちなみに両者とも英語堪能)を訪れた上で、地方の事例をご覧になるとよいかと思います。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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