前回の記事ではスペインの連帯経済ネットワーク憲章についてご紹介しましたが、今回の記事ではブラジル連帯経済フォーラムが2003年6月に制定した連帯経済憲章について取り上げたいと思います。なお、原文(ポルトガル語)および日本語訳は、それぞれこちらでご覧いただけます。

▲ブラジルの連帯経済を紹介したビデオ
(12分、画面右下をクリックして調整すると日本語字幕が表示)

 この憲章は3段構成になっていますが、最初にその成り立ちから現在に至る状況が紹介されます。資本主義の成立により資本が労働を搾取する構造が生まれた点から議論が始まり、それへの対抗手段として労働組合や労働者協同組合などが世界各地で生まれたことが紹介されています。そして、労働組合は資本主義企業内で、労働者協同組合は資本主義の枠組み外で活動するという違いはあるものの、相互補完的な役割を果たしてきたことが強調される一方、資本主義の発展によりそれ以外の経済活動がないがしろにされており、逆にその流れを受けて連帯経済、社会的経済、社会的連帯経済、人間的経済、民衆連帯経済、隣人経済やコミュニティ経済など名称は異なるものの、資本主義的ではなく労働者や地域社会、そして環境に十分配慮した経済活動が世界各地で登場していることが宣言されます。

 次に、具体的事例としては多種多様な連帯経済の共通項として、以下の5点が強調されています。

  1. 人的労働の社会的価値づけ
  2. 技術的創造性および経済活動の軸として、万人の必要の完全充足
  3. 連帯に基づいた経済の下で、女性および女性性の根本的な地位の認識
  4. 自然と調和した取引関係の探索
  5. 協力と連帯の価値観

 最初の価値観ですが、株主や銀行など出資者の利益を第一に考える資本主義企業では、当然ながらそこで働く労働者の生活の質は二の次、三の次になってしまい、たとえば労働者への賃金をできる限り削減すべき費用として見るのではなく、その人が人間らしい生活を送れるよう労働者に提供すべき権利としてみなすわけです。賃金のみならず、労働時間や労働環境などにおいても同じことが言え、あくまでも労働者の権利を認めた上で、その労働者を雇う企業はその権利を保証する義務があるというわけです。

 次に万人の必要の完全充足ですが、これは経済の本来の定義づけを思い出すとはっきります。英語のエコノミーはギリシア語のオイコス(家)とネム(経営)からの派生語であり直訳すると「家政」という意味で、日本語の経済は中国の古典『文中子』礼楽篇に登場する「経世済民」の略語ですが、この両方に共通している点として、利益の追求ではなく資源の運営管理の重視が挙げられます。たとえばある町に5万人住んでいる場合、この5万人が必要とする食料や衣服、住宅や電力などをどのように供給するか、そしてこの5万人がどのようにしてこれら商品やサービスの対価を支払えるようにするかが根本の思想です。特に住宅の場合、国によってはバブル経済などで住宅価格が跳ね上がり、住宅が手に入らない人が増えていますが、そうではなく誰もがきちんと住宅を手に入れられるようにすることが大切なのです。

 3つ目ですが、どうしても現在の資本主義経済の下では、女性の労働の価値がきちんと認められていません。連帯経済の運動家の中にはフェミニズムの影響を受けた人も少なくなりませんが、このような流れを受けて女性の立場や、女性らしさをきちんと評価することも連帯経済の存在意義となっています。4番目(自然との調和)や5番目(協力や連帯)については特に目新しいことではないので割愛しますが、この5点がブラジルの連帯経済における出発点になっていることを理解する必要があるでしょう。

 次に、連帯経済の重要な分野として、連帯金融、生産チェーンそして公共政策の3つが取り上げられています。

  • 連帯金融: 具体的には信用組合、倫理銀行、マイクロクレジットおよび互助組合などがありますが、資本主義銀行のように他人に貸し付けて高利を取って儲けるのではなく、あくまでも地域住民の連帯にもとづいた形で融資を行うわけです。ここでは、地域ごとに住民が自分たちで融資について決定を行える自治が重要視されており、あくまでも外部の篤志家に依存するのではなく、自分たちで金融も運営してゆくことが求められています。また、現在各国では中央銀行が法定通貨を発行・管理していますが(日本なら日本銀行が日本円を発行・管理)、利益を求めて国境を超えて自由に動き回り世界経済を混乱させている投機資金を制限したり、為替レートを管理したりして、各国の経済を安定させることも求めています。
  • 生産チェーン: たとえば伝統衣装をフェアトレードで外国に輸出する場合、綿など原材料の生産、原材料から衣服への加工、工場から消費国への輸出、そして最終消費者への販売という過程が必要になりますが、この際に生産農家、加工工場、輸出入業者そして小売店の間で提携関係を結び、たとえば加工工場が単に自分の利益だけを追求するのではなく、連帯経済という大きな運動の一員として相互協力する手法を検討します。たとえば、消費者も綿の生産現場や工場について意識した上で、協力できることは協力してゆくわけです。また、地域内で新規事業を起こせないか常に検討を重ね、これによって連帯経済を成長させてゆきます。もちろん、この際に商品を適正価格で買うこと(買い叩かない)や、持続可能な開発を目指すことなども忘れてはなりません。
  • 公共政策: 連帯経済は持続可能性や社会正義、そして参加型民主主義といった点を重要視し、市民社会による統治を目指す運動とも密接に結びついているため、労働者の権利を無視するような新自由主義的政策を各国政府が行わないよう要望する一方で、市民社会の声を反映した政策を各国政府に求め、さらにお互いの主権を主張した形での国家間の連携も提唱しています。

 そして最後に、以下のものは連帯経済ではないと指摘しています。

  • 新自由主義的グローバリゼーションにより発生した社会問題の緩和(言い換えれば尻拭い)
  • 競争および個人の利益の最大化
  • 資源の収奪や環境汚染
  • アダム・スミス的な市場万能信仰
  • 弱肉強食的な市場競争や政治腐敗
  • 環境や社会、文化的価値を考慮せず利潤のみを評価する富の概念や評価指標
  • 政府の社会的義務を代替し、権利の主体者としての労働者の参加を抑制するいわゆる第3セクター(非営利セクター)

▲2013年にフィリピン大学で開催されたRIPESS全世界会議におけるパウル・シンジェル連帯経済局長の講演(英語)

 社会問題の緩和や第3セクターについては、あくまでも現在の新自由主義型資本主義そのものに対しては疑問をはさまない傾向にあるため、現在の新自由主義に対する代替案としての連帯経済としてはこのような生ぬるい立場は受け入れられないというものです。市場万能信仰については、それにより社会的格差がここまで深刻化していることから、もはや受け入れられないというものです。富の概念や評価指標についてですが、ブラジルでは特に話題になっていないものの、スペインやドイツなどで最近話題になっており、この連載でも以前取り上げた「公共財経済」ではこのテーマが最近(同憲章の制定後)頻繁に語られており、この点で参考になるのではないかと思います。

 全体的に見ると、ブラジルの連帯経済は資本主義、特に国営企業の民営化や規制緩和などを強く求める新自由主義に反対する運動としての傾向が強いことがよくわかります。人間や地球環境を経済活動の中心に据え、生産者から最終消費者に至るまで、または地域社会の関係者との連携を強めつつ、適切な金融システムや公共政策の構築を目指しています。また、この憲章ができた当時にはまだ存在していなかったものの、その後流行している公共財経済との間で調和性のある思想だと言えるでしょう。