経済とは各人の需要を満たすための商品やサービスを生産・流通する活動のことですが、当然ながらここで、各個人や政府、企業や団体などとさまざまな関係性が生まれることになります。今回はこの関係性、あるいはステイクホルダー(利害関係者)という観点から、資本主義や共産主義と比べた場合の社会的連帯経済を考察してみたいと思います。

 ステイクホルダーという表現にはなじみがない人も多いかもしれないので少し説明すると、英語で株主を意味するシェアホルダーをもじった造語で、ステイク(利害関係)を持つ人たちという意味です。ある企業が事業を行う場合、株主のみならず、労働者、消費者、地域住民、監督官庁、環境保護団体、一般世論などさまざまな人たちに配慮をしなければなりません。このように、企業経営において配慮する必要がある人たちのことを総称してステイクホルダーと呼びますが、今回はこの観点を導入したいと思います。

 資本主義は当然ながら、あくまでも資本家の資本家による資本家のための経済活動で、そこで働く労働者はあくまでも、事務所設備や工場などと同じく、企業の経済活動を行うための道具の一つに過ぎません。実際には各種法律などで労働者の権利はある程度守られていますが、それでも基本的に労働者には会社の経営に口を挟む権利はなく、せいぜい現場で見出した細かい改善点を上司に提案するぐらいです。その上司も、会社全体から見たら社長に至るピラミッド型階層組織の歯車の一つに過ぎず、全体的に見ると社長が独断的に決めた経営方針に従って各部署の社員が黙々と仕事をこなすことになります。もちろん人間の組織ですから、あまりにも社長が社員を酷使したり、社員の意見を無視した経営を行ったりすると社員が大量に離職して組織の運営に困難を来したりするようになるため、社員へのある程度の配慮は必要ですが、社員全体が会社の経営や運営方針について積極的に考えることを勧める構造にはありません。

 また、消費者との関係においても資本主義企業は、必ずしも良好とは言えません。確かに消費者あっての資本主義企業ですから、消費者を引き付けるよう常に努力する必要はありますが、特に競争相手がない分野の商品やサービスを提供する企業の場合、そのような努力は行わず、値段を吊り上げて殿様商売を行うことがあります。たとえば、東京<>京都のように新幹線での移動が圧倒的に便利で飛行機やバスなど他の交通手段に競争力がないルートや、航空会社が1社しか就航しておらず、電車やバスなどの移動が不便なルートなどでは、そのルートを独占している鉄道会社や航空会社は、できるだけ高い値段をつけてチケットを売りさばこうとします。

 さらに、利益至上主義になりがちな企業の場合、できるだけ生産コストを抑えようとしますが、その過程でさまざまなしわ寄せが出てきます。具体的には下請けから部品を買う場合にその値段を抑えたり、環境保全のために十分な投資を行わなかったり、工場労働者を正規社員ではなく非正規として雇ったり、または産地を偽装した食材を使ったりということになりますが、これにより下請けや地域環境、そして労働者や消費者に悪影響が及ぶわけです。

 このような状況が発生するのは、大部分の企業では社長=資本家ではなく、むしろ社長は株主に仕える雇われ社長(英語ではCEO、すなわち最高経営責任者)であるためです。特に上場している会社の場合、その業績評価の主な指標は株価になりますので、CEOは株価を上げて株主のご機嫌を取ることに忙殺されます。安定株主が多い企業であれば、中長期的な経営戦略を了解してもらった上で、一時的な赤字や減益は認めてもらえますが、そういった事情を理解しない投機筋が多い会社の場合、CEOは無理をしてでも当面の利益を出さざるを得なくなります。すると上述したようなしわ寄せが来て、一時的利益のために長期的な会社の安定性や環境を犠牲にすることになります。すなわち、株主の利益を最優先するあまり、それ以外のステイクホルダー(社員、納入業者、地域社会、消費者など)に悪影響を与えてしまうわけです。

 この資本主義に代わる経済体制として19世紀に提唱され、20世紀にはいくつかの国で実現されたのが社会主義ですが、これは国家を唯一の資本家とした経済体制で、利益を追求する必要のない国家が企業を保有すれば、上記のような問題が解決されると考えられたのです。しかし実際にはこのようにして誕生した国営企業の非効率な経営のために社会主義国家の大部分は行き詰まり、今ではほぼ全ての国が社会主義を放棄しています。

 この原因を考えるために、国営企業とそのステイクホルダーとの関係について考えてみましょう。企業にとって唯一の株主は政府ですから、その意向に沿った経営が重視され、社長といえども政府には逆らえません。確かに通常の資本主義と違って利益を出せという圧力はそれほど受けないかもしれませんが、そのかわりに上意下達の意思決定が行われ、現場の声はほとんど経営に反映されなくなります。むしろ、資本主義でも零細企業で社員全員の顔が見え、お互いに信頼している会社のほうが、よほど現場の声が反映された経営を行っています。これら国営企業では会社への貢献度と関係なく同一賃金になっているところも多く、こういうところでは頑張って働いても見返りがないことから、ノルマを果たすだけの投げやりな態度になる社員が多く、実際これにより社会主義諸国の経済は停滞してしまったのです。

 また、国営企業中心の統制経済になることから消費者の意向も無視され、消費者は欲しいものを市場に求めることはできず、これら国営企業が提供する商品の中から選ぶしかありませんでした。旧東ドイツは社会主義諸国の中では比較的経済発展が進んでいましたが、同国を代表する乗用車トラバンドは、ベンツやフォルクスワーゲンなど当時の西ドイツの乗用車と比べてはるかに見劣りしており、生産能力も限られていたために注文から納入まで何年も待つ必要がありました。資本主義体制であれば、車両をできるだけ多く売るために最新のデザインに凝ったり増産体制を整えたりすることでしょうが、このような努力は見られなかったのです。

ベルリンの壁の崩壊直後に西ベルリンへと次々に被って来る東ドイツ製トラバンド(1989年)

▲ベルリンの壁の崩壊直後に西ベルリンへと次々に被って来る東ドイツ製トラバンド(1989年)

 また、環境保護面でも社会主義諸国は資本主義諸国に後れを取っていました。言論の自由がなかったことから一般市民などによる環境保護運動も盛り上がらなかった社会主義諸国では、政府が環境を保護する動機を持たず、そのため当時の西側であればあり得ないような環境汚染の問題も数多く抱えていました。

 このような資本主義や社会主義と比べると、社会的連帯経済はさまざまなステイクホルダーの声に耳を傾けて、誰もが満足できるような経済活動の運営に適していると言えます。以下協同組合について、その原則論に従って考察してみましょう。

 まず株主という点ですが、協同組合の場合は当然ながら組合員が株主であり、これは第2原則「組合員による民主的管理」および第3原則「組合員の経済的参加」によって達成されます。組合員は自ら出資しており、出資額に関係なく1人1票であることが多いため、組合員による民主的経営が可能となります。労働者協同組合であればそこで働く労働者として、消費者協同組合であればそのサービスを利用する消費者として組合員が、自分たちの希望を叶えるための経営を実現できるわけです。資本主義企業の株主や、国営企業における政府のように、自主運営を妨げる外部者はいません。これにより特に労働者協同組合では、労働者自身が自らの労働条件を決められるようになるため、原則的に労働者が酷使されることもありませんし、逆に労働者が経営側と対立してストライキを起こすこともありません(労働者の一部だけがストを行う、いわゆる山猫ストならあり得ますが)。

 次に、特に消費者協同組合においては、消費者自身が組合員ですから、自分たちが購入したいと思っている商品やサービスを求めることができます。また、内なるフェアトレードとでも呼ぶべき産直提携は、日本発の運動として海外に広まり、英語ではCSA(Community Supported Agriculture)あるいは日本語のままTeikeiと呼ばれますが、ここでは生産者と消費者が直接向き合って話をすることで相互理解を深め、お互いに満足の行く経済活動を目指すことができます。

産直提携の国際ネットワークURGENCIのサイト

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 さらに、周囲の環境についても、社会的連帯経済は環境保護に熱心である傾向があります。協同組合の第7原則に「地域社会への関与」がありますが、協同組合は自分だけがよければそれでよいのではなく、あくまでもその組合のある地域社会との協調を基盤として発展しなければならないのです。この地域社会には環境も当然含まれているため、協同組合が事業を起こす場合、できる限り周囲の環境に悪影響を及ぼさないように配慮する傾向があるわけです。

 今回お話しした内容はあくまでも原則論で、実際にはかなり違う場合もありますが、出資者・労働者・消費者・環境の4つの観点から、資本主義・社会主義そして社会的連帯経済を比べてみると、その性格の違いがよくお分かりいただけたのではないでしょうか。