廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第86回

ソウル市における公共政策

2014年のグローバル社会的経済フォーラムで挨拶する朴元淳ソウル市長

◀2014年のグローバル社会的経済フォーラムで挨拶する朴元淳ソウル市長

 韓国の首都ソウル特別市は、2011年に朴元淳(パク・ウォンスン)氏が市長に就任後、社会的経済の推進関係でさまざまな公共政策を推進しています。ソウル市の政策は日本においても何かと参考になることが多いと思いますので、今回ご紹介したいと思います。なお、韓国の社会的経済については、こちらの記事もご覧ください。

 朴元淳氏はもともと人権派弁護士で、大手市民団体参与連帯や市民社会向けのシンクタンク希望製作所(日本支部は現在「希望の種」に名称変更し、市民社会レベルでの日韓交流に尽力)、さらにフェアトレードにも取り組んでいるチャリティショップ美しい店などの創設に関わっており、社会的経済分野への造詣も非常に深い人でした。ソウル市では学校給食の無償化をめぐって住民投票が2011年に行われたものの、低投票率により住民投票が不成立になったことを受けて呉世勲(オ・セフン)前市長が辞職後に朴元淳氏は市長選への立候補を表明し、見事に当選して市長になったのです。市長になった朴元淳氏は、以下紹介するような各種政策を実施している他、グローバル社会的経済フォーラムを同市内で2013年と2014年に開催しています。

 ソウル市では、社会的経済支援関連の各種政策の目的に関して「持続可能な社会的経済生態系の造成」という表現を使っています。生態系という表現を経済の分野で使っている点で違和感を感じられる読者の方もいらっしゃるかもしれませんが、i-Coopの金享美(キム・ヒョンミ)女史はこの生態系について、「ある社会の社会的連帯経済に関する好意的な態度と適切な制度的な支援、また社会連帯経済セクター間の協同が相互作用して紡ぐ事業・活動ネットワーク。 多様で健全たる社会連帯経済生態系は住民の暮らしと、コミュニティの持続可能な発展、環境保全に貢献する」と定義しています。

 この生態系の定義について、もうちょっと解説しましょう。社会的連帯経済は、フェアトレードショップや回復企業など個別の事例を単に寄せ集めたものではなく、これら事例全てに対して理念的な共通項を示すことで、日頃行っている具体的な実践活動の内容こそ異なれ、共通の目的に向けて邁進している仲間だという意識を持たせるための概念的枠組みでもありますが、このような枠組みを構築した上で、その多様性を活用してさらなる発展を目指すのが「生態系」という考え方です。たとえば、新規事業を起こしたり、事業を拡大する場合には連帯経済系の金融機関から融資を受ける必要がありますし、フェアトレード団体が販売先を探す際に、消費者生協は非常に有力な販売先になります。このような生態系のさらなる発展において、行政が適切な制度的支援を提供することが欠かせないというわけです。

 同市役所が開設した社会的経済ポータルサイト上では同市の支援政策が公表されていますが、それによると、市内総生産における社会的経済の割合は2%程度にとどまっているものの、これを2020年までに7%へと拡大し、市内での雇用のうち10%を社会的経済が創出するという意欲的な目標を掲げています。その上で、「体系的な中間支援システム構築」、「公共部門の消費市場拡大」、「成長段階別オーダーメイド型総合支援」そして「地域社会中心の協力的生態系基盤構築」という4つの重点分野が定められており、推進戦略として、以下の4項目が掲げられています。

  • 行政主導から市民主導・ガバナンス体系構築へ
  • 人件費中心の直接支援方式から成長段階別オーダーメイド型の総合支援方式へ
  • 雇用創出の量的拡大政策から社会問題解決のための地域革新型社会的企業発掘へ
  • 生態系造成の基盤不足から地域別/特性別中間支援システム構築へ

 このような理念の下、以下の3分野で具体的な政策が実行されています。

 まず、社会的経済の生態系造成に関しては、社会的経済支援センターの運営が挙げられます。同センターは公設民営という形で運営されており、以下のような多様な事業を行っています。

  • 社会的経済のネットワーク強化: 社会的経済部門の組織間のネットワーク支援、業種・部門協同化事業
  • 自治区における社会的経済生態系の造成: 自治区巡回政策懇談会、地域特化事業優秀事例ワークショップおよびネットワーキング、モニタリングなど(ソウル市は25区から構成されている)
  • 社会的経済協同ハブの構築および運営: 青年ソーシャルベンチャー共同プロジェクト発掘および社会革新セミナーなど
  • 市場造成事業:ソウル都市型一括事業、市民市場、公共購買活性化事業など
  • 社会的経済の共有のためのプラットホーム造成事業(オンラインハブの構築)
  • 社会的経済関連の政策の研究調査および政策開発
  • 社会的経済に対する市民への広報および認識改善事業

 次に、協同組合都市ソウルという枠組みで、協同組合相談支援センターによるオーダーメード型総合支援、地域単位協同組合活性化および路地経済協同組合協業体系活性化支援、そして学校協同組合活性化事業という3つの事業を行っています。協同組合相談支援センターは社会的経済支援センター内に置かれており、協同組合相談のためのデータベースやホームページの作成、協同組合相談、教育およびコンサルティングなど体系的総合支援、そして協同組合優秀事例の発掘・広報、協同組合情報および資料提供といった業務を行っています。地域レベルでの協同組合の活性化ですが、区単位での協同組合相談および教育活動支援、地域別に協同組合の優秀事例の発掘および運営充実支援、協同組合連合会および協議会自体の支援力量強化、そして民間協同組合部門の自発的力量と資源の活用が定められています。学校協同組合活性化支援事業ですが、学校協同組合基盤の創設支援、学校協同組合の主体養成および教育支援、 学校協同組合および社会的経済サークルの活動支援、学校協同組合の運営支援および研究調査、そして学校協同組合のネットワーク構築および広報と多岐にわたっています。

ソウル社会的経済支援センター内部の様子

◀ソウル社会的経済支援センター内部の様子

 また、マウル都市ソウル(マウルとは村という意味の韓国語)ではマウル企業に対して、最大5000万ウォンの設立支援金を出すことも決定しています。マウル企業とは日本のコミュニティビジネス同様、地域に根差した企業を指しますが、日本のコミュニティビジネスが社会問題の解決型であるのに対し、マウル企業の場合には雇用や安定した所得の創出に重点が置かれている違いがあります。

 2014年にソウルを訪問した際に、社会的経済支援センターを訪問する機会を得ましたが、日本各地で行政が運営しているNPO支援センターと似ているという印象でした。社会的企業関係の資料も充実し、コワーキング用のスペースも備えられており、設立準備中の人たちが会合を持ったりすることができるようになっています。しかし、当然ながら韓国ではNPOのみならず、社会的企業や協同組合、そしてマウル企業などさまざまな社会的経済の事例が支援対象になるため、日本でも社会的経済に対する意識がある自治体であれば、既存のNPO支援センターを社会的経済支援センターに衣替えし、必要な人材や書籍などを準備するだけで、比較的簡単にこのような支援を日本でも実現可能であるような気がします。

 社会的経済という枠組みの構築においては、韓国は日本よりも一歩先を進んでいます。ソウルをご訪問の際には、ぜひともこちら社会的経済支援センターに立ち寄って、現地で実施されている各種政策について、一度ご覧になられてはいかがでしょうか。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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