報告書の表紙

◁報告書の表紙

 スペイン・バスク地方に本拠を置くモンドラゴン協同組合は、7万人以上の組合員と日本円になおして1兆円以上の事業高を誇る世界最大の労働者協同組合で、日本を含む世界各地の協同組合関係者がモンドラゴン参りを行っていますが、同グループに属する白物家電メーカーのファゴルの倒産を受けて、岐路に立たされています。今回は、同グループ内のモンドラゴン大学の協同組合研究所LANKIが刊行したブックレット「モンドラゴンの協同組合運動の課題とジレンマ」から、その点について考察してみたいと思います。

 この報告書では、モンドラゴンの歴史を以下の3段階にわけて解説しています:

  • 第1段階(1955~1975): スペイン内戦(1936~1939)の傷がまだ深く残り、経済的にも貧しかった状況の中、「生活の需要を満たす」協同組合運動であった時代。
  • 第2段階(1975~2000): 生活の基本的なニーズが満たされ、量よりも質を求めるようになる一方、欧州統合の中で国際市場における競争が激化する中で、「福祉の」協同組合運動であった時代。
  • 第3段階(2000~): 協同組合運動というイデオロギーがすっかり薄まり、完全に大量消費型社会になる一方、経済危機によりかつてのモデルが成り立たなくなっている時代。モンドラゴンにおいても、白物家電を製造していた協同組合ファゴルが2013年10月に倒産し、困難な時期に。

 ファゴル以前にもモンドラゴングループの中で倒産した協同組合は20組合ほどありましたが、同グループの中でも代表的で、1865名の組合員が働いていたファゴルの場合、その倒産による影響は計り知れないものがありました。スペインでは大抵の家庭において、エアコンや冷蔵庫などファゴルの白物家電が幅広く使用されているほど、ファゴルはスペイン社会に浸透した組合であり、当然ながらモンドラゴングループでも重要な存在でしたが、同組合が倒産することで彼らは失業し、さらに同組合への出資金や積立金も失うことになりました。また、モンドラゴングループ自体の母体となった組合でもあったことから、その倒産はアイデンティティ面も含めて、グループ全体にとって大きな衝撃となったのです。

 同報告書では、1986年のスペインの欧州共同体(当時の名称、EC)加盟、そして1993年の欧州連合(EU)への移行が一つのきっかけとなったと分析しています。これにより、欧州という広い市場を相手にできるようになった一方、すでに国際市場で活躍した多国籍企業との競争にもさらされる結果になりました。実際、欧州全体で400社以上あった家電メーカーが10年で半減し、スペインでも地元メーカーが外国企業に買収されてゆきました。また、スペインでも新規需要が一段落し、買い替え需要もそれほどなくなりました。このような中でファゴルは欧州各国のメーカーと提携する一方で、すでに新興市場として注目されていた中国にも進出し、販売網を広げようとしますが、皮肉なことに、これにより本拠地のバスク州での生産活動が衰えることになります。

 この拡張方針により大量の資金をファゴルは必要とし、債務が増大しました。2004年にはファゴルとほぼ同じ事業規模のフランスのブラント社を買収し、これによりファゴルは2005年には、欧州で5番目の規模の家電メーカーとなり、1万1000人もの従業員を抱えることになったものの、過剰な生産設備や債務が、ファゴルの首を徐々に絞めてゆくことになるのです。

ファゴルのロゴマーク

◁ファゴルのロゴマーク

 このような状況に追い打ちをかけたのが、2008年に勃発した経済危機です。それまでスペインはバブル経済で住宅需要が堅調に伸びており、家電についても十分な需要があったのですが、バブル経済の崩壊によりファゴルの主要市場であるスペイン市場の売り上げが3分の1近くまで激減し、さらに中国など新興国からの安い製品との競争が激化する一方、高級家電も登場し、基本的に中流層向けの商品を作っていたファゴルに大きな打撃を与えます。先進国となったスペインを本拠地とし続けたことによる人件費の高騰を抑えるべく、2012年にはポーランドへの生産拠点の移転などの戦略を立案しますが、時すでに遅しだったと言えるでしょう。

 この報告書では、ファゴルが倒産に至った背景として、以下の点を分析しています。

  • 協同組合モデルの規模と特性: 大規模化してしまったために内部コミュニケーションがうまく行かなくなった。
  • 協同組合文化: 前述のように大規模化してしまったことに加え、組合員自身が協同組合を営利企業ではなくNGOのごとく認識してしまったため、組合に対して労働者としての権利を主張するのみで、組合の共有者としての自己責任が失われてしまった。また、創業者世代が引退し、世代が変わるとより官僚支配型になる一方、協同組合運動としての熱意や意識が失われていった。具体例としては、2012年末のボーナスを資本金に充当しようという経営陣の提案が拒否された事例が挙げられる。
  • グローバル競争という状況における経営上の課題: モンドラゴングループの中でも大きな組合であったファゴルの組合員は、同組合をグローバル資本主義の中のオアシスのように感じていたが、実際にはファゴル社の製品もグローバル競争にさらされていた。また、バブル経済がはじけて苦境を迎える中で、昔のようなぬるま湯体質から脱却しなければならなかったが、遅れをとってしまった。
  • 協同組合モデルにおけるガバナンス: 周辺状況が急速に変わる現在、特に組合員が地理的に各地に散らばるような大規模協同組合では、組合員の合意を理事会が取り付けていたら対応が遅れてしまうので、理事会を強化したり外部コンサルなどとの相談に任せたりするほうがよいのではないかという声があるが、これは民主主義という協同組合の原則に反するというジレンマを常に抱える。
  • 連帯のジレンマ: 協同組合間の協同ということで、特にモンドラゴングループの別の協同組合から積極的に協力が行われ、多額の救援資金がファゴルに注入されたが、同組合の破綻を回避するには至らなかった。そこまでの金銭的負担を他組合に強いる前に、何かできることはなかったのか。また、遅かれ早かれ破綻が避けられないのであれば、救援資金の注入そのものを早めにやめるべきではなかったか。さらに、このような連帯に甘えた経営を当初から問題視すべきではなかったか。
  • 協同組合同士の連携: スペイン銀行(スペインの中央銀行で、今では欧州中央銀行スペイン支店的な役割)の規制により、モンドラゴン系金融機関である労働金庫カハ・ラボラル(現在ではラボラル・クッチャという名称)からモンドラゴン系協同組合に融資できる額が制限されていることから、モンドラゴン系金融機関によるファゴル経営陣への助言がうまく行われなかった。
  • 社会変革という協同組合運動の使命: しかし、ファゴルの破綻を嘆く声がスペイン社会の各地から聞かれたことからもわかるように、より公正で持続可能な社会づくりや地域発展における協同組合の役割は、今でも薄れていない。経営手法の誤りによりファゴルが破綻したとはいえ、モンドラゴングループ内外で数多くの協同組合が健全な経営を続けており、社会変革の手段としての意義は今でも重要である。

 前述したとおり、バスクのみならずスペイン全国でなじみのある家電メーカーとして確立していたファゴルの倒産は、協同組合関係者のみならずスペイン社会全体に大きな驚きと衝撃を残した一方で、製造コストの安さを求めて本拠地のバスク地方から中国などに工場移転を行った罰が当たったという批判も出ました。私としては、以下のコメントを行いたいと思います。

  • 消費者にとっての労働者協同組合の価値とは?: ファゴルの労働者にとっては協同組合の価値は自明ですが、消費者にとっては冷蔵庫の製造メーカーが労働者協同組合だろうが、労働者を酷使してまで価格を下げている企業だろうがあまり関係ありません。消費者に労働者協同組合としての価値をわかってもらうには、たとえばフェアフォン(フェアトレードの原則の下で製造しているスマートフォン)のような価値を示すことが必要でしょうが、フェアフォンのような製品は非常にニッチな分野なので、それを消費者に受け入れてもらうにはまだまだ努力が必要です。
  • 白物家電の成功に甘んじて付加価値の追求を行った: 冷蔵庫や洗濯機などの白物家電は、技術的にはほとんど完成しており、今後もそれほど技術革新が見込まれない分野です。高度成長期の日本の「三種の神器」のうち2つが白物家電(冷蔵庫とエアコン)だったように、途上国を脱して経済成長を始める時期には白物家電は飛ぶように売れますが、一旦普及してしまうと買い替え需要を待つしかなく、それほど売れなくなります。白物家電で培った技術を基にして、テレビやパソコンなどさらに高性能な製品の開発に向かうことができれば、需要を常に確保してさらに成長できたかもしれません。
  • 世代交代の問題: ファゴルだけではありませんが、協同組合の創立メンバーは協同組合運動への意識が非常に高い一方、その子どもや孫が親の後を継いで組合に入ると、そのような意識が薄れる傾向にあります。モンドラゴンが発足してすでに60年が経過し、世代交代が進んでいる中で、どのように当初の協同組合運動の意識を維持あるいは再興するかが、難題としてのしかかっていると言えるでしょう。