社会的企業については、韓国の事例が最近では日本でも多少話題になっているかと思いますが、スペインはカタルーニャ州にあり、牧場やヨーグルト工場などを擁しているラ・ファジェーダは、そのような事例に関心のある方にとって非常に興味深い事例ですので、今回はドロース・ゴンサレス著「ラ・ファジェーダ: 社会的で利益の出る起業家の狂気の歴史」(2013年)から同社の発展を紹介したいと思います。

▲ラ・ファジェーダの紹介ビデオ(スペイン語字幕)

 本編に入る前に、一点注意しておきたいことがあります。社会的企業に似た概念としてスペインでは「社会的包摂企業」(empresa de inserción social、全国連合会のサイトはこちら)がありますが、この両者の間には厳然とした違いがあります。社会的企業の場合、例えば障碍者や長期失業者など、一般企業ではなかなか雇用が見つからない人を中長期的に雇用することが目的となっていることが多いですが、スペインの社会的包摂企業の場合、同じ障碍者や非行少年などであっても、その企業に研修生として入り、1年前後研修を受けた後に、通常の企業へと就職させるのが目的となっています。ラ・ファジェーダはその意味ではスペイン特有の社会的包摂企業ではなく、むしろ諸外国の社会的企業に近い存在だと言えるでしょう。なお、この本の刊行時にはラ・ファジェーダは労働者協同組合でしたが、その後財団へと法人格を変更しています。

今回取り上げた本の表紙

◁今回取り上げた本の表紙

 ラ・ファジェーダは280名(2013年当時)が働いていますが、そのうち過半数の160名(同じく)は主に知的障碍あるいは精神障碍を抱えた人となっており、それ以外の人が技術指導や経理などさまざまな分野で事業をサポートしています。カタルーニャ州では同社のヨーグルトが3位を占めており、毎週100万個以上が売れており、2015年度の総収入は約1681万ユーロ(約20億4000万円)となっています。高品質により、他社よりも宣伝力で劣り(宣伝費用がない)、競合製品と比べて4割ほど割高であっても好調な売り上げを示している点は、目を見張るべき点でしょう。同社の特徴としては、障碍者が持つ能力を評価する点、組織への帰属意識を作る点、そして誠実性を重んじる点が挙げられます。

 同社の創設者は、心理学者であったクリストバル・コロン氏です(余談ですが、クリストバル・コロンは、アメリカ大陸に到達したクリストファー・コロンブスのスペイン語名でもあります)。当時知的障碍者が、家族からも引き離されてプライバシーも守られないみすぼらしい施設に閉じ込められていた現状を目の当たりにしたコロン氏は、カタルーニャ州北部ジローナ県ガロッチャ郡内で、雇用を作り出して彼らに社会参加させることで、彼らの生活の質を向上させようと決心し、1982年に労働者協同組合ラ・ファジェーダを創設します。当初は縫製やマネキン製造などに取り組んでおり、細々と事業を行っていました。

 この状況が変わるのは、1985年に同郡内の1万5000ヘクタールの土地が、カタルーニャ州法によってガロッチャ火山地域自然公園に制定されてからです。フランスとの国境であるピレネー山脈に近いこの地域には休火山がありますが、自然公園に制定されたことにより自然環境の保護が必要となり、その事業をラ・ファジェーダが請け負うことになりました。これをきっかけとして牧場の運営が始まり、1989年時点では年間で60万リットルの牛乳を生産した他、育苗事業も行っていました。しかし、現在の欧州連合(EU)の前身にあたる欧州共同体(EC)が1992年に牛乳の生産調整を指示したことから、牛乳を加工してさらに付加価値をつけることにしました。チーズはすでに零細農家が数多く存在し、彼らと競合する一方、カタルーニャにこそ当時存在しなかったものの、欧州各地で小さなヨーグルトブランドがあることを知ったコロンは、ヨーグルトの製造を決意します。

ラ・ファジェーダの製品

◁ラ・ファジェーダの製品

 ヨーグルトというと、通常はいろんな酪農家からメーカーが原乳を買い取ってから加工するため、原乳の品質にどうしてもバラつきが出てしまいますが、牧場も同時に経営しているラ・ファジェーダの場合、原乳そのものの品質管理をしやすいという大きなメリットがあります。ここから、ラ・ファジェーダ独自の旨みのある商品が開発され、その後、名門デパートなどへの流通網を確保することで、市場を開拓してゆきました。ヨーグルト事業が成功を収め、原乳が足りなくなったことから、今では周辺の酪農家からも原乳を仕入れていますが、それでも品質については妥協することなく、農家にも高い基準を求めています。

 また、ラ・ファジェーダにおけるマーケティング戦略についても語っておく必要があるでしょう。大企業のようにテレビCMや新聞広告を大々的に打てるわけではないラ・ファジェーダは、ブランド作りにおいても以下のような工夫を行っています。

  • 牧場の牛をブランドのデザインに採用。大手他社が牛を使っていないことから、ラ・ファジェーダらしさを強調することに。
  • 牧場やヨーグルト工場を一般開放し(要事前予約)、家族連れや学校の社会科見学などの団体を受け入れ。実際に現地でヨーグルトを試食してもらうことにより、その品質を体感してもらい、その後お客さんになってもらう。

 ここからは、ラ・ファジェーダの成功について、いくつかコメントしたいと思います。

 まず、いわゆる「社会的企業」であることを決して表に出さず、あくまでも商品の品質で勝負している点が挙げられます。前回の記事ではモンドラゴングループの白物家電メーカー・ファゴルの倒産について取り上げましたが、生産者の中では労働者協同組合や社会的企業であることは大きな価値を持つ一方、大多数の消費者にとってはそんなことはどうでもよく、あくまでも商品の価格や品質のみが関心の対象になります。フェアトレードのようにその社会性の価値を理解してくれる顧客を取り込めれば別ですが(といってもこちらの調査によると日本の消費者はかなり価格設定に厳しく、8割以上の消費者は同価格か10%の価格差でなければフェアトレードの商品を購入しない)、そのような社会性を消費者に認識してもらえない場合、品質を高めることで商品の魅力を高めることが欠かせないでしょう。

 次に、先ほどの点に関連しますが、市場分析をきちんと行い、当時カタルーニャでは手薄だった地元産の良質なヨーグルトとしてブランドを確立できたことが挙げられます。当時のカタルーニャではヨーグルトは大企業による寡占状態でしたが、ラ・ファジェーダは大企業が真似できない良質のヨーグルトを作ることで、このような状況に風穴を開けることに成功しました。社会的連帯経済の事例は通常小規模で、価格競争に入るとどうしても不利になってしまうため、少々高くてもそれに見合う品質を提供することで、市場内における位置を確立する必要があるわけです。

 また、社会状況の変化にきちんと対応して事業を行い、雇用を守ってきたことが挙げられます。ラ・ファジェーダは当初の縫製業から、現在の牧場・育苗園の運営やヨーグルト製造などへと事業を変えていますが、クリストバル・コロン氏にお会いした際に彼は、大事なのはヨーグルトの製造ではなく、障碍者に社会参加の機会を与えることであり、ヨーグルトの製造はあくまでもその手段でしかないことを力説していました。もちろんヒット商品であるヨーグルトのブランドを守ることは大切ですが、その成功にあぐらをかくのではなく、常に変わってゆく周辺状況を理解したうえで、成功する事業を立案・運営し続けてゆくことが欠かせないわけです。

 ラ・ファジェーダの牧場は、バルセロナ市内から100キロちょっとという距離にあり、バルセロナ市民が週末に日帰りで出かける行楽地として非常に人気があります。山間地なのでアクセスには自動車が不可欠ですが、バルセロナにお越しの際には、ラ・ファジェーダまで足を延ばすか(前述の通り事前予約が必要)、それが無理なら市内のスーパーで同ブランドのヨーグルトをお試しになることをお勧めいたします。