廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第103回

ポルトガル・アゾレス諸島における社会的連帯経済

 ポルトガルでは2015年10月にポルトガル連帯経済ネットワーク(REDPES)が結成されましたが、3月11日(土)にアゾレス諸島の中心都市ポンタ・デルガダ市内で開催された同ネットワークの総会プラス連帯経済の紹介イベントに参加してきました。これに合わせて現地の事例も見学してきましたので、その様子を報告したいと思います。なお、ポルトガルにおける社会的連帯経済については、第52回の記事もご参考にしていただければ幸いです。

 その前に、アゾレス諸島について紹介したいと思います。ポルトガルは、欧州大陸にある本土(首都リスボンやポルトなど)に加え、モロッコ沖にあるマデイラ諸島と、本土のはるか西(リスボンから1500キロ程度)の大西洋上に浮かぶアゾレス諸島から構成されており、9つの島に約25万人が住んでいます(そのうち半数強がサン・ミゲル島に在住)。アゾレス諸島はメキシコ湾から流れてくる北大西洋海流のおかげで非常に温暖で、サン・ミゲル島にある主要都市ポンタ・デルガダは福島市とほぼ同じ緯度にありますが(北緯37度45分)、最も寒い2月の平均最低気温が11.0度(奄美大島の気候に相当)、そして最も暑い8月の平均最高気温が25.6度(函館市の気候に相当)と非常に温和な気候に恵まれており、風光明媚な場所でもあることから、避暑地あるいは避寒地として欧州各地から数多くの人が保養に訪れる人気の観光地となっています。

アゾレス諸島の地図

▲アゾレス諸島の地図

 大西洋北東部には、このアゾレス諸島の他にも、モロッコ沖に浮かぶマデイラ諸島(ポルトガル領)やカナリア諸島(スペイン領)、そしてセネガル沖に浮かぶカボ・ヴェルデ(元ポルトガル領で現在は独立国)といった諸島がありますが、これら諸島は火山性であるという共通点があり、これら4つをまとめてマカロネシアという名称が与えられています。マカロネシアは地理的には欧州ではありませんが、欧州の国であるポルトガルやスペインの一部であることから、税制優遇や各種補助金などが各国政府やEUから出ており、離島というハンデを克服しやすくなっています。また、冬は暖かく夏は涼しい気候のおかげでこれら諸島では、観光産業も発展しています。

マカロネシアの地図

◁マカロネシアの地図

 アゾレス諸島での連帯経済ネットワークとしては、1999年に結成された協同組合クレザソールが機能しており、現在では慈善団体や薬物患者の社会復帰支援団体、障碍者支援団体、地域開発団体、精神衛生クリニックなど25団体がこの組合に加盟しています。同協同組合自体も、中小企業向けのマイクロクレジットの提供(報告書はこちらで: ポルトガル語)移民支援(ポルトガル語講座、外国人登録支援、起業のための法制度上の支援など)や音楽や絵画などを通じた文化活動などを行っており、また同組合の敷地内には連帯経済関係の学術誌を発行しているACEESA(大西洋連帯経済研究センター協会)の事務所もあります。さらに、連帯経済関係の各種商品をまとめてCores(英語・ポルトガル語)というブランドを作っており、連帯経済に関心のある人が関連の商品を探し出しやすくなっています。

 クレザソールに加盟する事例の中でも特に興味深いものは、若者や障碍者などに加え、移住先から追放された帰還者への支援も行うアリスカ(2007年創設)です(NPOとしてのサイト/各種商品の紹介サイト)。同NPOの活動を紹介する前に、帰還者についてちょっと説明したいと思います。

 現在ではアゾレス諸島は経済的に安定していますが、その辺鄙な環境ゆえに以前は貧困が深刻で、それゆえにアゾレス諸島から世界各地へと移民が渡ってゆきました。その中でも地理的に比較的近くにある北米には(ボストンからポンタ・デルガダまでは飛行機で5時間程度)数多くの人たちが移住した一方で、不法移民として米国やカナダからアゾレス諸島へと追放された人たちも少なからずいます。彼らの中には幼少時に北米に移住し、北米での滞在の方が長かったことからポルトガル語を苦手にしていた人たちも多く、ある意味で外国ともいえるアゾレス諸島への帰還を強制された彼らに対する社会統合支援を行う必要があり、アリスカはこれにも取り組んでいるのです。

 アリスカは、陶器や家具(椅子やテーブルなどの木製家具)の製造に加え、住宅のインテリアリフォームやガーデニングのサービスも行っています。また、サン・ミゲル島内で各種イベントに参加したり、同団体自身で参加したりするほか、新聞やテレビなどにも積極的に出演して商品の広報を行っています。

アリスカが製作した陶器類

▲アリスカが製作した陶器類

伝統的なアズレージョによる看板

▲伝統的なアズレージョによる看板

 アゾレス諸島で活動する連帯経済団体の中でも最古参となるのが、1984年に活動を開始し、1996年に法人格を獲得したカイロスです。この団体も、障碍者などの雇用支援を中心として活動しており、食事やお菓子を提供するその名もコジーニャ(ポルトガル語でキッチンの意味)や住宅のリフォーム、そして保育園などを運営しています(なお、今回の滞在中は昼食と夕食をカイロスでご馳走になりました)。

カイロスの施設で頂いた昼食。地元特産の牛肉とパイナップルが使われている。

◁カイロスの施設で頂いた昼食。地元特産の牛肉とパイナップルが使われている。

 また、農業についても積極的な取り組みが行われています。アゾレス諸島の農業は酪農(牛肉および各種乳製品)が中心で、市街地を離れると牧草地が広がっていますが、緯度の割に冬も温暖な気候を活かしてバナナやパイナップルも栽培されています(パイナップルは温室栽培)。このような中でクレザソールは、持続可能な農業の実践や教育にあたる農園キンタ・ド・ノルテ(直訳すると「北の農園」)や、ポンタ・デルガダ市内の住宅地にある農園キンタ・ド・プリオロの運営も行っています。

キンタ・ド・ノルテの画像

▲キンタ・ド・ノルテの画像

 アゾレス諸島は火山島ということで、温泉や湖など風光明媚な場所が多いことでも知られていますが、当然ながら連帯経済側でも、観光関係の事業を立ち上げています。クレザソールはAzores for All(英語・ポルトガル語)というアゾレス諸島の刊行サイトを立ち上げており、単なる観光案内のみならず、カヌーやジープなどでのツアー情報、また高齢者や障碍者などにも優しいツアー情報などを提供しています。さらに、セッテ・シダーデス湖畔では、クレザソールに加盟している団体がエコ・アトランティダという名前の店を開いており、地元の特産品を販売したり、レンタサイクルを貸し出したりしています。

サン・ミゲル島フルナスの温泉

▲サン・ミゲル島フルナスの温泉

セッテ・シダーデス湖(サン・ミゲル島西部)

▲セッテ・シダーデス湖(サン・ミゲル島西部)

 今回の訪問では、特に社会的企業系の事例(カイロスやアリスカ)、農園そして観光関連の事業を目にすることができましたが、特に農園や観光関連に関してはさらなる展開が見込まれるような気がしました。避寒地のみならず避暑地としての性格も備えているアゾレス諸島は、エコツーリズムの観点からさまざまな観光資源を組み合わせることで、ポルトガル本土や諸外国からの観光客をさらに呼び込める可能性を秘めています。このような可能性の追求を連帯経済が行っていることは、特筆すべきことでしょう。

 その一方で、他の地域と比べるとこれらアゾレス諸島の事例は、社会運動としての側面が弱いような気がしました。スペインやポルトガルでは、資本主義的ではない経済を目指すカタルーニャ総合協同組合(日本語での詳細はこちらで)や再生可能エネルギーの協同組合(スペインのソムエネルジーアやポルトガルのコオペルニコ)、また各種教育協同組合などの事例がありますが、このような事例は今回特に見当たりませんでした。連帯経済の幅を広げるにあたって、さまざまな視点から新たな経済活動を起こしてゆくことが欠かせないでしょう。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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