この連載では、日本語以外で書かれた世界各地の報告書について紹介する機会が多いですが、日本国内のフェアトレード関係者が作成に携わった「フェアトレードビジネスモデルの新しい展開」という報告書が、先ごろ国際貿易投資研究所(ITI)から刊行されたことから、今回はこの報告書についてご紹介したいと思います。

報告書の表紙

◁報告書の表紙

 この報告書は、現在世界的に広がっている自由貿易は、本来フェア(公正)であるべき自由貿易が実際にはフェアではなく、それにより特に途上国で多くの人たちが苦しんでいるという現状認識から始まります。特に資金力があって市場を支配しがちな先進国側の論理を途上国に押し付けるのではなく、生産者と消費者が平等な立場に立ち、「持続可能な生活保障をベースとする取引価格設定、前払い、長期的な継続的安定した取引関係、技術・情報提供等」を実現する必要があるという認識が語られます。実際、このようにしてフェアトレードは生まれています。

 次に、企業側においても、CSR(企業の社会的責任)に加え、人権や環境面などで問題がないかをチェックするエシカル・トレード(倫理的取引)の大切さ、さらには社会的責任投資(SRI)の大切さが指摘され、これらは国連の「持続可能な開発目標」(第93回参照)へとつながっています。

 フェアトレードにおいて生産地となる途上国は、伝統的に国外への原材料の販売に主眼を置いてきましたが、フェアトレードの概念が途上国内でも知られるようになると、主に高学歴中産階層をターゲットとした国内での販売も始めるようになってきており、国内都市部の消費者を獲得した事例の場合には、何かと取得が面倒な各種認定なしでも事業が成立するようになっています。また、フェアトレードでは前払いを行うことなどにより生産者の販売意欲を高めていますが、単に前払いをするだけではなく、農家が必要な資金を手に入れられるようにすることで、仲買人としてのフェアトレード団体への信頼をさらに高めたり、単一作物に頼るのではなく業態の多角化を図ったり、地域の総合的な開発に取り組んだりすることの重要性も強調されています。

 欧州などと比べると日本はフェアトレードの分野で出遅れている面は確かにあり(国際フェアトレード認証ラベルの2015年の推定で、世界のフェアトレード市場は約1兆円であるが、日本の国内市場規模はわずか100億円、とはいえ2007年の9億8400万円から比べると8年で10倍に増大)、それでもフェアトレードの商品を社員食堂などで使ったり、自社の流通網でフェアトレードの商品を取り扱ったり、あるいは認証なしで独自に生産者と直接関係を築いたりする企業が少なくありません。これらの企業の中には、広報活動の中にフェアトレードを取り入れて、社内だけではなく日本社会一般にフェアトレードの意義を伝えようとしているところもあります。とはいえ、フェアトレードの認知度の向上が必ずしも売上増につながっていないのが、今後の課題だと言えるでしょう。

 この報告書は、単に現状分析にとどまらず、以下の8点の提言も行っています:

  1. 国際的合意である2030年へ向けた持続可能な開発目標への本格的な取組みの一環としてフェアトレードを位置づけること
  2. フェアトレード団体を貿易主体として能力強化する支援を行うこと
  3. 途上国のフェアトレード生産者の能力向上のためのODAの一層の活用を行うこと
  4. 中小企業の海外(途上国での製造業)進出支援に当たってはフェアトレード支援(専門家派遣、認証取得等)をとくに注目して行うこと
  5. フェアトレードに取り組む日本企業に対する「社会貢献支援」へのインセンティブの付与(税制優遇措置等)を行うこと
  6. 地域における中小企業支援策としてフェアトレードを取り入れること
  7. 自治体におけるフェアトレードタウンへの取組み促進と支援を本格化すること
  8. 消費者向けのフェアトレード(倫理的消費)の啓発活動(啓発セミナーの開催等)の実施、支援を強化すること

 上記の点に加えて、日本政府に対しては2020年の東京五輪やパラリンピックを契機としてフェアトレードの啓発活動を行ったり、社会的企業や消費者教育を推進したり、JICAやJETROなどの機関にフェアトレードの推進を取り組ませたりすることが、また地方自治体には、自治体による各種国際交流事業の一環としてフェアトレードを含めたりすることが、また大学などの教育機関において消費者教育や人材育成に取り組んだりすることが提案されています。

 また、国際協力機構(JICA)による国際協力プロジェクトを活用した形での、メキシコ・チアパス州におけるフェアトレードの推進の事例も取り上げられています。この事例では、どのような品質のコーヒーを消費者が望んでおり、そして高く売れるのかについて生産者自身が、コーヒー豆の加工や焙煎の技術研修を通じて学ぶことで、付加価値の高いコーヒーの生産意欲や能力を高めることを主眼としていますが、本来であればこのような研修が可能な施設を現地で設立することが望まれる一方で、地元の州政府がフェアトレードに興味を持たず、あくまでも従来の大企業向けの輸出のみに特化している点が問題点として指摘されています。

 この他、有機農業とフェアトレードの両方への関心が高まることを歓迎する一方で二重認証の手間が発生する点、農業以外を志向する農家が増えている現状に対応する必要性、そして限られたフェアトレードの市場を巡った生産者同士の市場争奪戦が起こっている点なども、問題として提起されています。

 また、フェアトレードタウンについては、日本で3番目に(熊本市と名古屋市に次いで)、そして県庁所在地でない都市としては初めて認定された、神奈川県逗子市の事例が紹介されています。同市では2011年5月の「逗子まちなかアカデミー」でフェアトレードが取り上げられたことから、行政関係者や一般市民などの有志によって「逗子フェアトレードタウン勉強会」が設立され、その後2015年3月に「逗子フェアトレードタウンの会」へと発展します。このような団体を基盤として各種イベントを開催し続けています。しかし、地域社会への浸透という点ではまだまだで、特に地場有力企業を通じた活動が必要であると指摘されているものの、その難しさも同時に認識されています。

▲逗子フェアトレードタウンの会のサイト

 この報告書では、企業によるさまざまなフェアトレードへの取り組みが紹介されていますが、社会的連帯経済の推進という立場からは、大企業自体がフェアトレードの商品を取り扱うケースに対して注意する必要があると言えます。大企業が社員食堂でフェアトレードのコーヒーを扱ったり、各種イベントでフェアトレードのコーヒーを宣伝したりすることは問題ありませんが、大企業自身がフェアトレードのコーヒーを取り扱う場合、それにより社会的連帯経済の市場シェアが失われる危険性があります。単なるフェアトレードの市場規模拡大ではなく、連帯経済全体の成長の一環としてのフェアトレードの成長を模索するのであれば、あくまでも生産から流通・小売に至るまでできる限り連帯経済関係者の手で(たとえば大手スーパーではなく消費者生協で)運営することが欠かせないでしょう。

 また、フェアトレードではコーヒーの取引が大半を占めていますが、その他の農産物にも実践を広げてゆくことが欠かせません。途上国から先進国へと輸出される農産物の中で、比較的フェアトレードと親和性の高いものとしては、お茶やバナナ、チョコレートやカカオなどが挙げられますが、コーヒーと比べてこれら商品におけるフェアトレードの浸透率はかなり低くなっています。このような分野でも、さらに市場を開拓してゆくことが今後は大切になることでしょう。