廣田裕之の社会的連帯経済ウォッチ

第113回

トランジションガイド

 化石燃料に頼らないライフスタイルを模索するトランジション・タウンズについては、すでに第32回の連載で紹介していますが、このトランジション・タウンズが新たな導入ガイドを刊行しましたので、今回は「トランジションを実践するための必須ガイド」と題されたこのマニュアルを読みながら、その実践について考えてみたいと思います。なお、原文(英語)はこちらでご覧になれます。

マニュアルの表紙

◁マニュアルの表紙

 このガイドでは、「天然資源が有限であることを尊重しレジリエンス(復元力)を創造」、「包摂性と社会正義を推進」、「補完性原理を採用」、「バランスの注視」、「学習実験ネットワークの一部」、「アイデアやエネルギーを自由に共有」、「協力して相乗効果を模索」そして「ポジティブな展望やクリエイティビティを助成」という、トランジション・タウンズの原理を紹介するところから始まります。ただ、レジリエンスと補完性原理は日本の読者の皆さんにはあまりなじみのない概念だと思われますので、ちょっと補足したいと思います。

 レジリエンスは「回復性」と訳されますが、ここでは化石燃料一辺倒の、効率はよいかもしれないが脆弱な現代文明から、再生可能エネルギーなど多様なエネルギー源を活用することで柔軟性のある文明へと移行しようという意味で使われています。また、補完性原理は、政治的な意思決定について、できるだけ小さな単位で(EU単位ではなく各国単位で、各国単位ではなく地方単位で、地方単位ではなく市町村単位で)行うべきということです。大きな単位になればなるほど政治家や官僚などによるトップダウン型で非民主的な意思決定が行われる傾向にあるので、そうではなくできるだけ小さな単位に下ろして、そこで市民によるボトムアップ型の意思決定を推進しようというわけです。

 次に、トランジションを実施するための必須要素として、以下の7項目が挙げられています。

  1. (協力する方法を学習できる)健全なグループ
  2. (一緒に作り上げようとする将来をイメージできる)ビジョン
  3. (内輪の仲間グループを超えて大きなコミュニティを作ってゆくための)参加を促す力
  4. (他者との)ネットワークと提携
  5. (他者に発想のヒントを与え新しいインフラを作ってゆく)実践プロジェクト
  6. 世界全体のトランジション運動の一環として
  7. (これまでの活動の)振り返りと(これまでの活動の成果の)お祝い

 まず何よりも必要なのは、健全なグループです。公共交通の拡充や補完通貨の実践、あるいは野菜の地産地消プロジェクトなどがどれだけ素晴らしいものであっても、そのプロジェクトをきちんと実行できるチームがなければ絵に描いた餅でしかありません。このため創設段階(みんな意欲的。目的の共有やお互いの知り合い、意思決定などについての合意の制定などが必要)、嵐の段階(緊張関係が生まれる段階。対立関係を克服する手法が重要)、規範制定段階、実施段階(定期的に反省や表彰を必ず行うこと)、終了段階(燃え尽き症候群などによりメンバーが離れ運動が終了する段階)という5つの段階を認識したうえで、段階ごとにすべきことを行うことが大切になります。また、最初の会合では誰もが発言する機会を持ったり、タイムキーパー、記録係と司会(みんなのやる気を出させる)を任命したり、お互いの可能性を認識したりすることが大切となります。

 2つ目のビジョンについてですが、トランジション関連で生まれる具体的なプロジェクトにより、将来の私たちの生活がどのように変わるのかを、ことばや絵を通じてイメージすることが欠かせないわけです。

 3つ目の参加を促す力についてですが、トランジションの活動が仲間内だけの小さなグループに終わらず、幅広く発展してゆくためには、さまざまな人たちを取り込む必要があります。その際にそれぞれの意見に耳を傾け、ニーズを満たし、包摂を高め、新しい人間関係を作る架け橋になり、居心地のよい範囲から出て新しいことにチャレンジしたり、権力構造が乱用されないようにしたりすることなどが欠かせないわけです。

 4つ目のネットワークと提携についてですが、他の団体が行っている業務との重複を解消したり、新しい人たちと会ってアイデアを出したりします。トランジションの運動はあくまでも競争ではなく協力が大切なので、目的達成のためには協力を惜しまない姿勢が大事なのです。

 5つ目の実践プロジェクトですが、具体的に実施すべきプロジェクトが事前に規定されているわけではなく、各地域の事情に応じて適切なプロジェクトを練り上げていることが大切になります。たとえば自転車のシェアリングプロジェクトは、坂の少ない平坦で小ぢんまりとした街では魅力的でしょうが、長崎のように坂が多かったり、ロサンゼルスのようにだだっ広く都市圏が広がっていたりする街ではあまり意味がありません。もちろん世界各地ですでにトランジション運動により実践されている実例を知ることも大切ですが、最終的にはあくまでも地域特有の事情を踏まえたうえで、何ができるかを考えることが大切になります。

△“In Transition 2.0”(画面下の字幕を設定すると日本語字幕が表示されます)

 6つ目の「世界全体のトランジション運動の一環として」ですが、世界各地でトランジションという同じ目的で活動している仲間がたくさんいる現在、彼らと連携して知恵や実体験などの交流を行うことは、各地における実践例のさらなる発展のためにもさらに重要となってきます。もちろん、日本国内の事例はまだまだ非常に少なく(現在わずか4か所)、海外の事例と交流するには英語などの語学が必要になってきますが、トランジション運動自体が日本国内でまだまだ知られていない現在、地域で孤立するのではなく、世界各地に同じ仲間がいるんだという意識を持ち続けることが大切です。

 そして最後の振り返りとお祝いについては、他のプロジェクト同様、定期的にこれまでの活動を評価することの大切さが述べられていますが、ここで大事なのは実現できなかったことについて責任追及しがちな反省ではなく、実現できたことを素直に喜ぶポジティブな感覚です。日本人はどうしても完璧主義になりがちで、少しでもできなかったことがあると否定的にとらえがちな感覚がありますが、そうではなく前向きな態度を取ることで、トランジション運動自体を楽しいものにし続ける必要があるわけです。

 トランジション運動の実践のためのステップについては、第32回の記事で紹介されている12のステップと重なる内容が多いのでここでは繰り返しませんが、ドーナツ化現象についてはちょっと触れておきたいと思います。これは、トランジションの活動が進展し、市民農園や地域通貨など具体的なプロジェクトが立ち上がるようになると、それらプロジェクトの運営にエネルギーの大半が注入される一方、トランジションの本来の目的が曖昧化してしまう可能性があるというものです。トランジション運動自体は非常に幅広い社会変化を促すものであり、またプロジェクト間での協力も可能であることを考えると、木を見て森を見ず状態にならないように自戒し続けることが大切であることがおわかりになるでしょう。

 トランジションの7項目は、お住まいの地域における社会的連帯経済の推進においても大切な役割を果たすことになります。

  1. 健全なグループ: 社会的連帯経済のネットワークを広げてゆけるチームの結成。
  2. ビジョン: 社会的連帯経済においてはRIPESS憲章(第66回記事)に代表されるビジョンがすでに複数存在しているが、各地の状況を勘案した上で翻案。
  3. 参加を促す力: 以前からの仲間内だで小ぢんまりとするのではなく、地域社会全体を巻き込んでゆく力。
  4. ネットワークと提携: すでに社会的連帯経済を実践している団体、あるいは社会的連帯経済の実践団体とまではいかなくても、非常に似た趣旨で動いている団体を巻き込む。
  5. 実践プロジェクト: 社会的連帯経済の地域ネットワークを活用して、可能であれば新しい事業を立ち上げてゆく。
  6. 世界全体のトランジション運動の一環として: 全世界ネットワークであるRIPESSに参加して、可能であれば国際会議に参加したり、ネットで情報を得たりして、世界の情報に触れる。
  7. 振り返りとお祝い: それまでの活動を振り返ったり、あるいはそれまでの業績を称賛したりする機会を定期的に持つ。

 以上、皆さんの地域における社会的連帯経済の推進という観点からも、このトランジションガイドが役に立てば幸いです。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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