経済活動においては、当然といえば当然ですが、基本的に消費者の存在を前提として生産活動が行われます。衣食住や医療・教育サービス、各種電化製品や公共交通などは、消費者がいることを前提として生産されています。コメ農家はコメを求める消費者のために、各種電化製品メーカーは電化製品を求める消費者のために商品を生産しているわけで、商品やサービスを売るためには、それを求めている消費者を獲得することが欠かせません。今回はこの観点から、社会的連帯経済における生産者と消費者の関係について考えてみることにしましょう。

 ブラジルなど中南米諸国で、連帯経済関係者のみならず社会運動関係者の間で広く読まれている「被抑圧者の教育学」(第6回)では、生徒の多様性を理解せずに一方的に教師から生徒に情報を送り込むだけの「銀行預金型教育」ではなく、生徒の実情を教師がきちんと知ったうえで対話型の教育を重視しています。興味深いことに、もともとは資本主義企業のマーケティングの手法を社会啓発運動に応用したソーシャル・マーケティングも、当初は「銀行預金型教育」に近い手法、具体的には単に飲酒運転するなと一方的に伝えるだけでしたが、1980年代以降にはメッセージを訴える相手の実情を知ったうえで、その相手がメッセージを実行しやすくする(たとえば地方で居酒屋から帰宅する手段が自家用車しかない地域の場合、運転代行サービスを充実させて飲酒運転しなくてもよい環境を整える)という手法が主流になりましたが、まさにこれは「被抑圧者の教育学」の提案が受け入れられた事例と言えるでしょう(ソーシャル・マーケティング側で「被抑圧者の教育学」が幅広く読まれていたのか、それとも単なる偶然なのかはわかりませんが)。

 社会的連帯経済関係者が陥りやすい失敗は、自分たちのやっていることが絶対善なので、他の人たちもそのことに価値を見出してくれるはずだと思い込んでしまうことです。たとえば、日本のフェアトレード関係者の大半は、フェアトレードの趣旨から考えてフェアトレードの商品はそうではない商品と比べてより価値があり、一般の商品よりも高い値段をつけても問題ないと思っているでしょうが、2015年に日本フェアトレード・フォーラムが実施した全国意識調査では、実に回答者の49.5%もが「同価格なら買おうと思う」と価格に非常にシビアであり、10%超の価格差があっても買うことを検討してくれる人はわずか13.6%にとどまっています。このように値段設定に非常に敏感な日本の消費者の動向を踏まえたうえで、フェアトレードの価値をわかってもらうように啓発を続けるか、あるいは企業努力を重ねて生産者の受け取り部分はそのままで消費者価格を据え置くようにする必要があるわけです。もちろん、フェアトレードの商品に付加価値を見出さない消費者を切り捨てて、正当な上乗せ価格を支払ってくれる人たちのみを対象とすることもできますが、当然ながらその場合、それだけ市場は狭まることになります。

フェアトレード・フォーラムのサイト

フェアトレード・フォーラムのサイト

 第28回の連載でも書きましたが、社会的連帯経済が提供可能な主な価値は、「環境や労働者の人権に配慮した生産・消費活動」、「出資額ではなく労働に応じた、搾取のない利益分配」、「労働者の能力開発への取り組み」、「地域社会やその経済発展への貢献」、「男女平等」および「民主的な運営」などですが、この中で消費者の関心を引くものはそう多くありません。地域密着型企業が利益の一部を地域に還元したり従業員を週末のボランティア活動に取り組ませたりしている企業の場合、また消費者が運営に関われる企業の場合(たとえば消費者生協)、それらのメリットの価値を評価する消費者を獲得できるでしょうが、正直なところ消費者にとっては、労働者の人権や男女平等まで関心を寄せているとは言い難いのが現状です。

 個人的には、社会的連帯経済の中でも消費者が何らかの形で関われる実例が重要となっていることを考えると、消費者運動として新たな事例を作ったり、既存の事例を推進したりすることが大切になります。スペインの例で言えば、再生可能エネルギーの協同組合ソムエネルジーア、教育協同組合(特に言語教育の分野で子どもに適切な教育を与える)、それに倫理銀行フィアーレなどの場合、それぞれの分野で既存の企業が適切なサービスを提供していないことに不満を持った消費者が集まって設立しています。日本の現状で考えれば、今後は高齢者生協(高齢者生活協同組合連合会のサイトはこちら)に対する関心が高まり、さらに成長が見込めるかもしれません。

高齢者生活協同組合連合会のサイト

高齢者生活協同組合連合会のサイト

 消費者と生産者の関わりという点で見逃すことができないのが、日本で生まれて世界に広がった産直提携農業です(詳細は第110回)。この産直提携も消費者側の運動として生まれたものですが、最初から農家との直接のつながりを重要視しており、場合によっては農地を直接訪問して農作業を手伝ったりもしています。このつながりを通じて生産者と消費者が直接対話を行い、それによりお互いの事情を理解したうえで取引を行うわけですが、「被抑圧者の教育学」が目指す対話型の関係が、生産者と消費者との間に構築されている好例と言えるでしょう。

 また、生産者と消費者ではありませんが、日本各地に存在するNPOバンクでは、預金者と融資申請者との間での人間関係を重視しています。融資申請者が現れた場合、NPOバンクの主要メンバーのみならず一般会員もが融資申請者を訪れ、事業の将来性などについて理解したうえで融資するかどうか決定するのです。NPOバンクの預金者は、自分のお金が社会的な目的に使われることを望んで預金していますので、そのお金の使い道が納得できるものと確信する必要があり、また融資申請者は融資を通じて新しい人間関係を築こうと考えています。運が良ければ、たとえばオーガニックレストランの開店資金の融資案件を気に入った預金者が、そのレストランの開店後にお客としてその店を訪れ、経営を助けてくれる場合もあるのです。欧州の倫理銀行などの類似事例でも、このような形で運営が行われています。

 消費者と生産者をつなぐもう一つの方法として考えられるのが、公共財経済(第48回)で紹介した手法で、環境保護や社会正義などの基準で各企業を点数評価し、それを公表するというものです。これにより、企業にとっては環境保護や社会正義などに対して日頃から関心の高い消費者を引き付けることができるというメリットが生まれます。この場合、生産者からではなく消費者からそのような価値を訴えかけることになりますが、この際に協同組合など社会的連帯経済の関係者が高得点を獲得できれば、消費者の信頼を勝ち取ることができると言えるでしょう。

 現在の日本のように長らくデフレが続き、消費者の財布の紐が堅くなっている現在、社会的連帯経済の商品やサービスも低価格競争に巻き込まれ、その特有の価値を訴えにくくなっていることは確かですが、消費者の声に耳を傾け、その期待を満たす商品やサービスを提供し続けることができれば、市場を拡大することができます。社会的連帯経済の関係者は自分たちの商品やサービスに人一倍思い入れを持っている場合が多いですが、消費者の声を謙虚に聞いたうえで、その消費者に受け入れられるような商品を開発することが求められていると言えるでしょう。