パラダイムシフト──社会や経済を考え直す

第04回

ビットコインの教訓

 世界でも代表的な仮想通貨あるいは暗号通貨として一躍有名になったビットコインは、急速な値上がりにより世界各地の投機家の関心を引き付けることになりましたが、同時にその暴落によってその魅力が薄れてきています。前回(第3回の記事)は誰が通貨を発行すべきかについて検討しましたが、その内容を踏まえてビットコインについてちょっと考察してみたいと思います。

 ビットコインは、2008年にナカモト・サトシという人が発表した論文をもとにして導入された電子通貨で、ブロックチェーンという技術に基づいています。ブロックチェーンは情報をつなげる技術で、複数のコンピュータ上で同じ情報を共有しつつ、過去の情報を改変することなく新しい情報を追加してゆくため、まるで紙幣やコインのように、AさんからBさんの手へと通貨が移動する様子をオンライン上で再現できるのです。

ビットコインの受け取りを示す画像

◁ビットコインの受け取りを示す画像

 そしてビットコインは、マイニングと呼ばれるプロセスを通じて創造されます。このマイニングでは非常に複雑な数学の問題が出され、この問題を受信した世界各地のコンピュータがこの問題の解答を出すべく複雑な計算を行い、世界で初めて解答を出したコンピュータにビットコインが与えられる(マイニングが行われる)ことになります。このマイニングによる創造されるビットコインの総数は2100万ビットコインと限られているため、通貨流通量が一定に保たれ、インフレが起きないのがビットコインの魅力だとされています。

 しかし、通貨流通量が2100万ビットコインと一定であることは、必ずしも物価の安定を意味しません。ビットコイン自体は単なる情報列でしかなく、金(きん)や石油など実物の裏付けがないため、ビットコインの価値自体は需要と供給により相対的に決定されることになります。当然ながら需要(ビットコインを買いたい人)のほうが供給(売りたい人)より多ければビットコインは値上がりし、逆に需要よりも供給のほうが多ければ値下がりしますが、この際に通貨流通量は何の役割も果たさないのです。

 担保という観点から通貨制度を分類すると、ビットコインはフィアット通貨、すなわち担保なしで流通する通貨になります。この通貨の特徴として、通貨発行者(ビットコインの場合にはマイニングに成功した人)はシニョレッジ(通貨発行益)が得られる一方、通貨への信用がなくなると価値が急落したり、そもそも誰からも受け取ってもらえなくなったりします。補完通貨(地域通貨)の実例としては、イサカアワーズ(米国ニューヨーク州)や交換クラブ(アルゼンチン)がこの類型に該当しますが、前者では消費者生協に通貨がたまり過ぎたことから、後者の場合には通貨供給量が増えすぎてインフレになったことから信用が失われ、流通しなくなってしまいました。

 また、このようなマイニングによる通貨創造には、もう一つの問題があります。マイニング用のコンピュータの数には制限がないため、複数のコンピュータをマイニング専用で運用できる人のほうがマイニングに成功する確率が高くなります。たとえば、全く同一性能のパソコンを100人が1人1台ずつマイニングに充てた場合、マイニングできる確率は100分の1ですが、そのうち誰かが抜け駆けしてマイニング用に1台ではなく11台のパソコンを充てた場合、その人がマイニングに成功する確率は10分の1(110分の11)へと急上昇します。ビットコインの価値が急上昇したことから、マイニングで採掘したビットコインを売って儲けようと考える人が続出し、特に電力料金の安い国にはそのような人が少なからずいます。

 しかし、通貨の公平な分配という観点から見た場合、このようなマイニングによる通貨創造には問題があります。ビットコインのユーザー全てがマイニングに取り組んでいるわけでなく、またマイニングを行っている人の間でもその条件にはかなりの差があるということです。当然ながらマイニング専用のコンピュータを多数運用している人ほどマイニングにおいて有利な立場になり、これによりビットコインという不労所得が得られる一方で、マイニングに取り組んでいない人は誰かからビットコインを買ったり、あるいはビットコイン建てで商品やサービスを売ったりしなければなりません。通貨制度の民主化という観点から考えた場合、このような状況は許容できるものではありません。

 さらに、米ドルなど法定通貨との為替レートが急騰すると、通貨の本来の機能である交換機能が失われることになります。たとえば、1ビットコインが1万円の場合、200万円の新車を買うには200ビットコインが必要になりますが、このビットコインが100万円にまで値上がりすると2ビットコインで買えるようになり、逆にいうとビットコイン建てでは急落することになります。このように全ての商品やサービスの価値が急落すると、よほど今すぐ商品が必要でない限り買い物を避けるようになり、商品の取引が沈滞することになります。言い換えれば、投機の手段(所持により儲けるための手段)としてのビットコインと、商品の交換手段としてのビットコインは両立しないのです。

 それでは、より持続可能で公正な並行通貨を運営するには、どのような点を改善すべきでしょうか。担保と通貨創造の方法という観点から、私見を以下繰り広げたいと思います。

 通貨発行のための担保ですが、フィアット以外に以下の4つの方法があります。

  • 法定通貨: 商品券や図書カードのように、日本円などの法定通貨を担保として発行するもので、世界的にはキームガウアー(ドイツ)ブリストル・ポンド(英国)バークシェアー(米国)パルマス(ブラジル)などが有名。法定通貨がないと発行できないという制約がある一方で、法定通貨の信用のおかげで多くの地元商店に受け取ってもらえる。
  • その他の商品やサービス: 食料品などの具体的な商品、あるいは特定のサービス(ピアノレッスンや日曜大工など)の提供を約束した紙を交換所に引き渡すと、その商品やサービスの価値ぶんの補完通貨を発行するもので、事例としては多くないが、アルゼンチン・コルドバ州のコミュニティ時間銀行はこの形で運営。農村地域のように食料品などの生産物が十分ある場面では十分に機能し得る。
  • 相互信用: LETSで採用される仕組みで、各会員が口座を持ち、その口座上で数字をやり取りすることで取引を決済するもの。
  • 融資: スイスのWIR銀行はこの方式。普通の銀行と同様の方式で融資を行うが、その際に法定通貨ではなく並行通貨で融資を行う。元金はWIRで返済可能だが、利息部分はスイスフランで支払う必要がある。

△LETSの一つであるTEM(ギリシャ・ヴォロス市)の実践例を紹介した動画

 また、同じフィアット通貨でも、政府自体が発行する場合には、税金や社会保険料の支払い手段にすることで担保となります。政府通貨にはさまざまな可能性があるのですが、これについては別の機会に詳しく見てみることにしたいと思います。

 上記の中で、一番ビットコインの精神に近いのは相互信用方式ですが、この場合には抜け駆けする人が出てくる可能性があります。具体的には、マイナス残高の限度額いっぱいまで使ったのちに退会したり、あるいは連絡不能になったりする会員のケースです。その一方で、一般の商店や地場企業を広く巻き込むのであれば、日本円を担保にしたものが一番手っ取り早いですが、そのかわり日本円そのものに完全に依存するというジレンマを抱えてしまいます。その他の商品やサービスを担保にするもの、また融資として通貨を発行するものも有効ですが、いずれにしろその通貨を受け取ってくれる幅広いネットワークが必要になります。

 また、上記の方法を採用した場合、インフレやデフレについては基本的にそれほど気にする必要がなくなります。具体的に見てみましょう。

  • 法定通貨: 当然ながら、法定通貨自体がインフレでない限り通貨価値は安定。
  • その他の商品やサービス: 商品の場合、その商品自体の価値(生鮮食品などすぐに価値がなくなってしまうものは不可)。サービスの場合、そのサービスをきちんと提供する約束の信用性と、そのサービスの質(例えば、山田さんのギター教室の場合、ギター教室を本当にやってくれるかという信頼性と、その教え方の質)。いずれにしろ、商品やサービス自体が受け入れられるものである限り問題なし。
  • 相互信用: 他の会員が提供する商品やサービスの質などという点では、基本的に上記の「その他の商品やサービス」と同じ。
  • 融資: 融資を受けている企業が、その返済のために並行通貨を受け取る義務。

 個人的には、これら4つの方法のうち、特にその他の商品やサービスを担保とした通貨発行が、ビットコインの目指すような通貨制度に比較的近いと思われます。お米やガソリン、灯油など、誰もが多かれ少なかれ必要とする商品を担保とすることで価値の安定を実現しつつ、主に銀行融資として発行される現在の法定通貨の問題を克服することができれば、より交換手段として適切に機能することになるでしょう。

 ビットコインの最大の功績は、並行通貨について一般市民が話題にし始めるようになったことだと言えます。ビットコイン自体は欠陥が多く、商品やサービスの交換手段として中長期的に安定して使うには適していませんが、ビットコインの失敗を教訓としてより適切な通貨制度について一般市民の間で広範な議論が巻き起こることを期待しています。

コラムニスト
廣田 裕之
1976年福岡県生まれ。1999年より地域通貨(補完通貨)に関する研究や推進活動に携わっており、その関連から社会的連帯経済についても2003年以降関わり続ける。スペイン・バレンシア大学の社会的経済修士課程および博士課程修了。著書「地域通貨入門-持続可能な社会を目指して」(アルテ、2011(改訂版))、「シルビオ・ゲゼル入門──減価する貨幣とは何か」(アルテ、2009)、「社会的連帯経済入門──みんなが幸せに生活できる経済システムとは」(集広舎、2016)など。
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