6月10日にスイスでは、現在はどこの国でも認められている民間銀行による通貨創造を禁止し、同国の中央銀行であるスイス国立銀行のみが通貨創造権を有するようにしようという提案について国民投票が行われました。残念ながら26%の可決しか得られずこの提案は否決されましたが、今回はこの内容について解説したいと思います。

 本題に入る前に、簡単な質問から始めましょう。この記事をお読みの皆さんが持っているお金(日本円)は、誰が作って発行したものでしょうか ?
 先ほどの質問に対して大多数の人は、「日本銀行」、「印刷局」あるいは「造幣局」と答えることでしょう。1000円札から1万円札までのお札には必ず「日本銀行券」また「国立印刷局製造」と記載されており、国立印刷局(旧大蔵省印刷局・財務省印刷局)が印刷したお札を日本銀行が発行していることがわかります。その一方、1円から500円までの硬貨については、造幣局(旧大蔵省造幣局・財務省造幣局)で製造されており、財務省を通じて日銀に交付されることで発行されます。その意味で、「日本銀行」、「印刷局」あるいは「造幣局」という回答は正しいと言えます。

 しかし、実際に流通している日本円の大部分は、このような紙幣や貨幣という形ではなく、銀行の預金残高として存在しています。たとえばある人が1000万円持っている場合、この1000万円は財布の中の手持ちのお金やタンス預金などの現金ではなく、銀行への預金残高という形で存在しています。そして、この預金残高の大多数は、実は銀行自身による信用創造で作られたものなのです。

 私たちは普通、銀行は、誰かが預けたお金を貸していると思いがちですが、実態は違います。準備預金制度のおかげで銀行は、実際に預かった現金よりもはるかに多くの額を貸し出すことができます。具体的には、預金総額のうち準備率以上を預かっていればOKで、このため例えば準備率が10%の場合にある銀行が100万円を預かった場合、100万円÷10%-100万円(既存の預金額)=900万円まで貸し出すことができます。実際にはお金を貸し出すといっても、融資を受ける人に現金を渡すわけではなく、融資を受ける人の口座に入金するだけ(パソコン上の数字をいじるだけ)ですので、銀行が貸したお金が全額その融資先の預金口座に移る=融資を受けた人は融資全額を銀行に預けることになります。こうして、銀行の金庫にしまわれた100万円は手付かずのままで最大900万円を、銀行が「創造」できてしまうのです。

 この準備率については日本銀行が決めており、金融機関の種別や残高規模により異なりますが、2018年4月現在で1.3~0.05%と非常に低いものになっています。例えば農林中央金庫の定期預金については0.05%という最低の準備率になっており、農林中央金庫は貸出総額のわずか0.05%の現金を保有したり、あるいは日銀上の口座に預金したりしておけばよいことになります。裏を返せば、農林中央金庫が定期預金として現金を1億円預かった場合、なんと最大で2000億円(1÷0.05%)ものお金を貸し出すことができるわけです(詳細はこちらで)。実際、2018年2月末現在での日本円の流通額は1316兆円(M3、現金通貨+預金通貨+準通貨+譲渡性通貨)ですが、このうち現金はわずか98.6兆円に過ぎず、日本円の大半は現金以外の形で銀行などの民間金融機関が創造していることになります。そして、このような現行の通貨創造には、以下のような問題が付随しているのです。

  • 債務としての通貨創造。たとえばマイホームを買うために銀行から2000万円を借りた場合、2000万円が市場に流通することになる一方、このお金を借りた人は2000万円に金利がついた額(たとえば3000万円)を返済せねばならず、社会全体で見ると通貨流通量(資産)よりも債務(負債)のほうが多い状態になる一方、この人がお金を返すと通貨流通量が2000万円減ることになる(金利の1000万円は銀行の収入に)。
  • 誰かが借金しているおかげで通貨が流通。このような通貨制度では、誰かがお金を借り続けることでのみ通貨の流通が保証される。バブル経済崩壊後の日本ではお金を借りる人や企業が減ったため、国債の発行という形で政府が借金をすることにより通貨が流通し続けることになる。
  • 民間企業による営利事業としての通貨創造。バブル経済の時期には、特に不動産に対して過剰融資を行って経済が過熱する一方、一旦不況になると貸し渋りや貸し剥がしを行い、より経済を冷え込ませる結果になる。

 このような状況を変えるべく、英国を中心として世界各地で民間銀行による通貨創造を廃止し、中央銀行のみが法定通貨を発行できるようにしようという運動が広がっています。英国ポジティブマネーについては以前の連載で取り上げましたが、その後欧州を中心に各地で同様の主張をもとに活動する団体が次々と結成され、それら各国団体の連携組織として国際通貨改革運動(IMMR)も誕生しました。スイスでは完全通貨という意味のフォルゲルト(ドイツ語)モネー・プレーヌ(フランス語)モネータ・インテーラ(イタリア語)が活動を行っており(主権通貨という名称で英語版のサイトも運営)、彼らの努力が実って国民投票に至ることになりました。主権通貨のパンフレット(英語版)によると、この通貨改革が実現した場合、以下のような特徴を持つ、より公平で安定した通貨制度が達成されることになります。

  • 現行の経済における過度な債務の形成が副産物として必然的に作り出されることがなくなり、金融危機が起こりにくくなる。
  • 金融危機が起きてもお金が「消え去る」ことはなくなる。
  • 公的資金の投入を通じて納税者が金融危機のツケを払う必要がなくなる。
  • 通貨発行益が政府に行くため、このお金を利用して政府は、減税や国債償還、インフラ建設や行政サービスの提供、あるいはベーシックインカムの提供など、さまざまなことが実現可能となる。

 ちなみに、フォルゲルトのシモン・ゼンリッヒ氏は2017年10月に訪日し、東京でその取り組みについて講演を行っていますが、その様子についてはこちらでご覧になることができます

 この通貨改革は、世界各地で注目されています。英国内の状況については前述のリンクを参照してもらうとして、国際通貨基金(IMF)では研究者2名が、このような改革を評価する論文を発表しています。アイスランドでは首相官邸が同様の研究報告書(英語)を発表しており、日本語訳も公開されています。ユーロ圏ではオランダで、通貨創造についての調査の実施が同国国会で可決しており、スペインではスペイン銀行のミゲル・アンヘル・フェルナンデス・オルドニェス前総裁が、英国ポジティブマネーの提案内容を評価する発言を2017年11月に同国国会で行っています(その後2018年2月に行った講演の英訳はこちらで)。さらに日本でも、「公共貨幣」(東洋経済新報社)の著者である山口薫氏が公共貨幣フォーラムを主宰しており、同フォーラムの関係者を中心として日本でも通貨改革について一般市民に広く知らせたり、実証実験の立案に取り組んだりしています。

ミゲル・アンヘル・フェルナンデス・オルドニェス・スペイン銀行前総裁の国会での発言(日本語字幕つき)

 現在は銀行が牛耳っている通貨発行権を政府や中央銀行が取り戻すと、その国の政治的成熟度にもよりますが、利潤の最大化という資本主義の論理にとらわれない形で通貨発行が可能となり、これにより持続可能な社会づくりのために必要な事業への投資が進むことになります。しかし、このような提案に対しては、通貨発行権という既得権益を失うことを恐れた大銀行がこぞって反対しキャンペーンを展開したこともあり、スイスではこの提案が実現することはありませんでした。スイスでの経験に学びながら、この提案の実現に向けてさらなる知恵を絞ってゆくことが大切だと言えるでしょう。