歴史時代小説を読む/第24回
雨宮由希夫の歴史時代小説を読む/第24回
書 名 『花や散るらん』
著 者 葉室 麟
発 売 文藝春秋
発行年月日 2009年11月15日
定 価 本体1500円+税
葉室 麟は1951年、北九州市小倉の生まれ。2004年デビュー作『乾山
晩愁』で第29回歴史文学賞を受賞し、以後、一貫して歴史・時代小説を書い
ている。
「忠臣蔵」は歴史小説家の看板を掲げる限り避けられないテーマであるらし
い。「忠臣蔵」については事件発生このかた300年間、書き尽くされたよう
でいて、これはもう動かしがたいという決定的なものがない、とされる。「忠
臣蔵」についてわかっていることは、以下の史実のみである。
〈元禄14年(1701)3月14日。赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(たくみの
かみながのり)が勅使下向の殿中において、吉良上野介義央に刃傷に及び、即
日切腹を命じられる。大石内蔵助良雄ら赤穂浪士四十七士が主君の仇・吉良上
野介の邸に討入ったのは元禄15年(1702)12月14日のことであっ
た。〉
「刃傷の原因」、「討ち入りの目的」、「大石良雄の資質がどうであったか」
は主たる争点であり、これらを組み合わせれば、“さまざまなる忠臣蔵”が可
能となろう。
視点を変えればがらりと異なった風景が見え、事件の背後に問題の核心が潜ん
でいることがわかるかもしれない。作家には新しい視点と解釈で作品をものす
ることが求められる。
本書の帯の謳い文句に「気鋭が描く全く新しい『忠臣蔵』。雅(みやび)と武
(もののふ)。西(朝廷)と東(幕府)の戦い」とある。
浅野内匠頭がなぜ刃傷に及んだかについては古来、内匠頭の乱心説や吉良の賄
賂強要説、塩をめぐる争い説等々があるがいずれも決め手を描いている。事件
の発端となる肝心かなめのことが謎に包まれているのだが、本書の作家は将軍
綱吉の生母桂昌院の叙位問題を「忠臣蔵」にからめてストーリーを造形してい
る。
主人公の雨宮蔵人(あまみや・くらんど)は京・鞍馬の山裾の村に、角蔵流雨
宮道場という柔道の道場を開き、妻の咲弥(さくや)と香也(かや)という名
の娘の三人で穏やかに暮らしている。
咲弥の歌道の師匠である中院道茂(なかのいんみちもち)が咲弥を介して蔵人
に「神尾与右衛門(かみお・よえもん)を斬れ」と告げることから、雨宮夫妻
は「忠臣蔵」に関わりあうことになる。神尾与右衛門は高家筆頭吉良上野介義
央が京の情勢を探るために遣わした吉良の家臣であり、中院道茂は当代きって
の歌人で歌壇の指導者で、幕府への批判を憚らず口にする硬骨の公家である。
将軍綱吉の生母桂昌院への叙位を画策する幕府の方針に従い、吉良上野介は公
家に金を貸し付け、神尾に回収させる。公家に金を貸したのは、公家を縛り、
禁裏を思いのままに動かそうとするための吉良の奇策であった。
雨宮蔵人とともに重要な役割を持つのは羽倉斎(はぐら・いつき)である。羽
倉は 伏見の稲荷神社の神官の息子で、三代将軍家光の五十年忌勅使・大炊御
門(おおいみかど)前右大臣経光(つねみつ)に随行して江戸に下り、「忠臣
蔵」にかかわることになる。羽倉には「妻になっていたかもしれない女人」が
あった。10年前の元禄3年(1690)3月、仁和寺で出会った女人は正親町権
大納言実豊(さねとよ)の娘辨子(なかこ)で、二人は互いに魅かれあう仲と
なるが、やがて、辨子は16歳で、柳沢保明の側室・町子となる。
今をときめく柳沢吉保は将軍に諂うだけの阿諛者という世評がある。吉保に
は、正室定子、嫡男吉里(綱吉の子ではないかという噂あり)を産んだ側室染
子の他、多数の妻妾があり、町子はその一人であった。
将軍御台所信子の信頼厚く大奥の取締を任されている右衛門佐(うえもんのす
け)が町子に近づく。信子は五摂家のひとり鷹司教平の娘で、京の八百屋の娘
だという卑しい出自の桂昌院の叙位を阻むために策を弄する。右衛門佐に浅野
長矩という大名を使うようにいったのは羽倉であった。<政権の根源は朝廷に
ある>とした山鹿素行が教導した赤穂浅野家なら禁裏の危難を救ってくれるの
ではないか、と羽倉は考えた。
「浅野様に命じて、堀部安兵衛に神尾を斬らせよ、という右衛門佐。「そんな
ら、浅野を勅使饗応役にしたらええかもしれまへんなあ」と動く町子。
かくして、浅野家に大奥からの密命が下る。この話を持ち込んだのが柳沢吉保
の側室の町子であり、成し遂げることは吉保の意向にかなうことなのだと浅野
長矩は受けとめる。
元禄14年(1701)3月14日。この日、長矩は朝から持病の<つかえ>に
悩まされる。長矩は伝奏屋敷で吉良を討つつもりだった。
刃傷が起きる。———御台所信子をはじめ京から来た大奥の女達が桂昌院の
従一位叙位に反発していることを吉保は知っていた。大奥は今日、叙位の内意
が伝えられることを妨害した上で、上野介にこれ以上、叙位に関わると命は無
いと脅かしたのだと吉保は納得すると同時に、この刃傷に吉保自身も無縁でな
いことに気がつく。町子からの求めで長矩を饗応役にした以上、責任が生じて
いるのだ。
——「浅野の口を封じるしかない」。即日、庭先での切腹という迅速な処分
は、吉保の意向であった。長矩が何を意図して刃傷を起こしたのか、その痕跡
は拭い去られたかのようだった。
長矩が刃傷に及んだ理由を知った吉良上野介は「たかが叙位のことで自身は切
腹、家は断絶。家臣のことなど何も考えておらぬような」と長矩の軽挙に舌打
ちする。
念願の桂昌院叙位が実現したものの、隠居した上野介には何の沙汰もなく、無
論、論功行賞もなかった。吉保に見捨てられた上に、桂昌院叙位の功を吉保に
奪われた上野介は、吉保への復讐に残りの命を燃やす。
松の廊下の刃傷が桂昌院の叙位を拒みたいという大奥の女人たちの憎しみから
端を発したことを察知した大石内蔵助は「我らは、女人の憎しみに踊らされて
討入りは行わぬ」と堀部安兵衛らに申し渡す。
意外な結末が待っている。
本所松坂町の吉良邸において、香也を抱き、逃げも隠れもしない上野介の前
で、赤穂浪士と浪士たちの味方であったはずの雨宮蔵人が刃を交える。香也と
いう名の娘は上野介の孫娘であった。
元禄赤穂事件の背景には桂昌院の従一位授与を巡る朝幕間の紛争があったとす
る見解は以前から存在し、本書の作家の独創ではないが、江戸城大奥や朝廷内
のそれぞれの確執をつぶさに描写して、“刃傷沙汰の真相”に迫ったところが
本書の読みどころである。
人物配置という観点での斬新さは柳沢吉保の側室町子の人物造形であろう。町
子なくしては本書のストーリーは成立しない。
実在の町子は、吉保の栄達を、『栄華物語』にならって『松蔭日記』に著すほ
どの出色の才を持った吉保の側室であるが、本書では、町子は本阿弥光悦に仕
えた者の娘で遊女を母として生まれ、しかも、吉保の側室となりながらも公家
の娘としての誇りを持ち続け、武家社会に異議を唱える女性として造形されて
いる。
従来の柳沢吉保像は将軍綱吉とともに、吉良に贔屓する悪役として描かれるこ
とが多いが、町子を細々と描くことにより、我が世を謳歌した権力者の実相が
うかびあがり、元禄という時代の狂騒が伝わってくる。佳作である。
(平成22年1月6日 雨宮由希夫 記)
雨宮由希夫
2006年まで三省堂書店に勤める。神田本店(現・神保町本店)にては新刊書・人文書の仕入れ販売に従事、かつ、作家や将棋棋士などのサイン会を盛んに催した。北方謙三、浅田次郎、柳美里、塚本青史、谷川浩司、羽生善治の各氏とも交流が深い。特に、柳美里さんサイン会中止事件の際の毅然とした行動はあまねく知られ、「90年代の神保町の名物店長」といわれている。三省堂書店退社後は大学出版社勤務の傍ら、主に歴史時代小説の書評などの執筆を続けている。中国古代・近代をふくめ、源平から幕末維新まではむろんのこと、明治大正期までを背景とした歴史時代小説 の中に、歴史の真実 とそこに生きた人々の息吹きを嗅ぎとることを評論の要とする手法に特色がある。














