援助とビジネスの境界で「開発」を考える

第10回

『アフリカ進捗報告2014』:「緑の革命」「青の革命」の推進……そして「白の革命」へ

 本コラム第1回では『アフリカ進捗報告2013(Africa Progress Report 2013)』をとりあげましたが、今月初めに『アフリカ進捗報告2014』が公表されました。同報告は、コフィ・アナン前国連事務総長を代表とするアフリカ開発に深くかかわる10名の著名人から構成されるグループ「アフリカ進捗パネル(Africa Progress Panel)」が毎年5月に公表しているものです。今年の報告書の副題は、『穀物・水産資源・資金:アフリカの「緑の革命」「青の革命」にファイナンスする』となっており、アフリカの貧困層の多数を占める小規模農業・漁業従事者の現状と貧困削減に向けた取り組みの必要性に焦点を当てています。今回は『アフリカ進捗報告2014』の政策提言を筆者の気づきの点を交えながらご紹介したいと思います。なお、報告書はこちらから全文ダウンロードできます。

インド洋に面したタンザニアの漁村

▲インド洋に面したタンザニアの漁村

経済成長を続けるアフリカの課題

 今回の報告書は、過去10年以上、アフリカ諸国は経済成長を続け、輸出・投資は拡大し、援助依存は軽減し、またガバナンス分野の改革も進み、人々の声は政策により反映されるようになり、政府の透明性は高まってきたものの、経済成長の恩恵は国民に平等に行きわたっていないと現状を分析しています。そして、経済成長と国民全般の福祉の向上が結びついていない理由として、貧困層の多数を占める小規模農業・漁業従事者に対して、政府が対応を怠ってきた点を指摘しています。また、『アフリカ進捗報告2013』は、アフリカの鉱物資源を保有する国々と国民は、海外企業の租税回避や資源価値の過小評価により、多くの富を損失している点を取り上げましたが、今年の報告書は、鉱物資源と同様の損失をもたらしている、違法・無報告・無規制(IUU)状態にある水産業及び森林伐採における略奪的な商業活動への対応の必要性を強調しています。本報告書で示された政策提言の概要は以下の通りです。

5項目の政策提言

    (1)成長の恩恵をより公平に国民に配分すべき

  • 貧困を根絶するためには「誰もが恩恵をうける成長(inclusive growth)」を実現し、国民の機会を拡大していくことが不可欠である。アフリカ各国政府は、2015年以降の開発目標において、農村部/都市部、所得差、男女差による就学率、子供の死亡率、基礎サービス利用の格差を5年間に半減させるという目標を設定する必要がある。
  • 「誰もが恩恵をうける成長」を実現する上では、社会保護の拡充が必要となる。アフリカ各国政府は、現在GDPの3%に相当する額をエネルギー分野の補助金として配分しているが、同補助金の恩恵を受けるのは富裕層・中間層であるため、貧困層が裨益する社会保護プログラムに振り替えるべきである。
    (2)アフリカ「緑の革命」を加速すべき

  • アフリカの農業生産性は他地域と比べ非常に低い。農業生産性の向上は経済成長、貧困削減、食糧安全保障、栄養改善を達成する上で不可欠である。アフリカ各国政府、国際社会、民間セクターは、アフリカにおける「緑の革命」の実現のために協力すべきである。小規模農家は生産性向上のために種子、肥料、技術を必要としている。アフリカは飢餓と栄養失調を終わらせ、食糧を輸出し、国際食糧市場の主要なプレイヤーとなり得る。
  • アフリカ各国政府は、国家予算の少なくとも10%を農業・農村開発分野に配分するという「マプト宣言」の目標を実行すべきである。また、アフリカ全体で年間350億ドルに達する食糧輸入を低減すべく輸入代替策を進めると共に、アフリカ域内での農産品貿易の促進に向けて関税・非関税障壁を削減し、流通インフラを整備する必要がある。
    (3)水産資源・森林資源の略奪を止めさせるべき

  • アフリカの資源はアフリカの人々のために適正に管理されるべきである。国レベル/地域レベルでの取り組みには限界があるため、国際社会は、アフリカの資源の略奪を防止するための多国間スキームを構築する必要がある。
  • 西アフリカにおける水産資源の略奪による損失は年間13億ドル。国際社会は、アフリカ各国政府と協力して、水産資源の略奪を終わらせるべく、「青の革命」を起こす必要がある。漁船寄港国政府は違法・無報告・無規制(IUU)漁業を取り締まる国際合意を批准し、実施する必要がある。アフリカ各国政府は、漁業資源管理、IUU漁業監視の能力を強化し、地元漁民を保護すると共に、商業漁業許可に関する情報を開示し、透明性を高める必要がある。
  • アフリカにおける森林資源の略奪による損失は年間170億ドル。国際社会は、アフリカにおける持続可能な森林管理に中国を取り込む必要がある。中国政府が発表した「中国企業の海外における持続的な森林資源管理・利用のためのガイドライン」の適用はその有益な第一歩となる。アフリカ各国政府は、森林伐採許可に関する契約内容を全面的に開示し、許可は伐採による損益を提示し、地元コミュニティーの同意を得た上で付与されるべきである。
    (4)インフラ整備に投資し、より利用しやすいファイナス制度を構築すべき

  • エネルギー/運輸インフラ整備では、投資規模・効果を考慮し、アフリカ域内協力が不可欠である。アフリカ各国政府は、域内協力を推進するアフリカ開発銀行と共に必要な資金を確保すべく、革新的な手法(例:各国の外貨準備を建設国債として活用)を探るべきである。
  • 国際社会は、アフリカ各国による資金調達上の障害である投資リスクを軽減すべく、世銀グループMIGA(多数国間投資保証機関)の役割拡大を検討すべきである。世銀、アフリカ開発銀行は民間セクターと協力し、現状では過大に査定されているアフリカの投資リスクを是正し、よりバランスのとれた認識を醸成すべきである。
  • アフリカ各国政府は、多くの自国民が機会獲得とリスク軽減のために既存のファイナンス制度(貯蓄・借入・保険)を利用できない状況を踏まえ、ケニアのM-pesa(携帯電話のメッセージ機能を活用した安価な送金システム)の成功事例に倣って、携帯電話を利用したバンキングや電子商取引のシステムの振興を支援すべきである。
    (5)「誰もが恩恵をうける成長」を実現するための資金を確保すべき

  • アフリカ各国政府は、「誰もが恩恵をうける成長」に必要な資金を確保するために国内における資金調達を強化するために国内外の事業者に付与している免税措置の情報を開示し、効率的で公平な徴税システムの確立をめざして税制改革を進め、国内の課税基盤を拡大するとともに、国内貯蓄を奨励すべきである。
  • 国際社会は、租税回避問題への対応を進め、各国政府間での税務情報自動交換システムの構築を急ぎ、アフリカ各国政府が同システムの恩恵を受けられるように能力強化を支援すべきである。多国籍企業は、財務や納税に関する情報を全面的に開示すべきである。
  • アフリカは高額すぎる送金手数料により年間18億ドルを損失している。G8諸国は、2008年G8サミットのコミットメントに沿って、在外アフリカ人による母国への海外送金の手数料を現行の10%から5%に半減させるべきである。

小規模農家の収入向上のための包括的アプロ-チ

 『アフリカ進捗報告2013』で強調された租税回避問題への対応の必要性は、昨年6月のG8サミット、昨年9月のG20サミットにおいても主要議題の一つとして取り上げられ、『アフリカ進捗報告2013』は国際社会による取り組みの大きな潮流を作り出す上でしかるべき影響力を有したと言えそうですが(本コラム第1回・第8回参照)、「緑の革命」及び「青の革命」の必要性を強調する『アフリカ進捗報告2014』についても、既に国際社会が合意している取り組みを具体的に進展させていく上で影響力を及ぼすことが期待されます。

 アフリカの農業生産性の向上をもたらす「緑の革命」の重要性については、筆者も強調しすぎることはないと考えています。一方、筆者が農業分野の専門家から幾度となく教示されたのは、農業には天候リスクや農産品の市場価格変動の問題があり、農業生産性向上のための種子、肥料等の追加投入が必ずしも小規模農家の収入増、貧困削減に結びつくとは限らないという点です。従って、農村インフラ整備(小規模灌漑、農村道路、保管・流通施設等)に加えて、収入増加効果の大きい農産物加工及びそれを可能とする加工技術導入、携帯電話による市場価格の最新情報の入手が可能とする小規模農家の価格交渉力の強化等を含む包括的なアプローチの必要性を改めて想起したいと思います。

もう一つの資源略奪への対応~「白の革命」も必要

 今回の報告書の政策提言では取り上げられていないものの、今後、国際社会の取り組みが必要とされている「もう一つの資源略奪」があります。略奪の対象となっているもう一つの資源とは、砂です。鉱物資源、水産資源、森林資源を巡る問題はアフリカやアジアの開発の現場でも頻繁に議論されており、筆者も非常に馴染みがありましたが、砂の略奪については、今年4月に放映されたNHK・BS番組「BS世界のドキュメンタリー:サンド・ウォーズ~広がる砂の略奪」を視聴するまで認識する機会がありませんでした。

 同番組は、砂は空気のように資源としては認識されていないものの、水を除けば地球上で最も消費される商品であり、ガラス、日用品からICチップまで広く利用されており、特に建設業が最大消費者であり、地球上で年間150億トンが採取されていると説明しています。問題点として、既に陸や川に存在した砂の多くが採取し尽くされたため(砂漠の砂は風で摩耗しているため建設資材や埋立てには利用不可)、現在では大型海砂採取船により、無規制のまま海底から大規模に採取され、不正取引や密輸が行われていること、海底砂の大規模採取は海洋の生態系を大きく破壊し、漁業に深刻な打撃を与え、更に陸地から海底への砂の移動を引き起こし、砂浜や島の消失を壊滅的に進行させていることを指摘しています。
 そして、砂の略奪にはこれまで十分な注意が払われておらず、今後の対応が急務であり、仏のブルターニュ地方の沿岸地域では砂の略奪を阻止し、地元の砂と漁業を守るための運動が活発化していることを紹介しつつ、砂(コンクリート)に代替できる建築資材の活用やガラスのリサイクルによる砂の再利用を検討すべきと主張しています。

『アフリカ進捗報告2014』は、アフリカ沿岸部におけるIUU漁船による略奪を阻止し、水産資源を適正に管理し、地元漁民を守るために国際社会による「青の革命」の推進の必要性を強調していますが、それに倣えば、仏ブルターニュで始まった砂の略奪を阻止し、地元の砂と漁業を守る取り組み、いわば「白の革命」も国際社会の協力を得ながら、今後同様にアフリカ沿岸部においても推進される必要が出てくるように思われます。

 

【主な参考資料等】

  • FAOニュースレター2010年1月号(和文PDF)(Agreement on Port State Measures to Prevent, Deter and Eliminate Illegal, Unreported and Unregulated (IUU) Fishing 関連記事)
  • NHK・BS「BS世界のドキュメンタリー:サンド・ウォーズ~広がる砂の略奪」(2014年4月放映・仏Rappi Productions/La Compagnie des Taxi-Brousse 2013年製作)
コラムニスト
黒田孝伸
1959年佐賀市生まれ。九州大学法学部卒、英国サセックス大学開発研究所「ガバナンス・開発」修士課程修了。青年海外協力隊を経て、外務省及び国際協力機構(JICA)において、開発援助業務に従事。訪問国数80か国、うち長期滞在は6か国計17年間。現在は福岡でフリーランスの開発援助コンサルタントとして、ソーシャルビジネス、地域通貨、社会的連帯経済などの勉強会に参加しつつ、「開発」につき考察中。
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