今年は一九八九年六月四日に起きた天安門事件(六四と略称)の二十五周年である。
劉暁波は獄中でノーベル平和賞の受賞を聞いたとき、涙ながらに「自由や民主のために努力してきた者、天安門事件の霊魂に与えられたと思う」と語ったという。
 劉暁波は毎年、事件を追悼する詩を書いている。ここで、十七周年に書いた詩を紹介する。

  ◇ ◇

暗夜の白百合 – 天安門事件十七年忌

もう十七年になる
また「六四」の忌日になる
また恐怖の闇夜が降りてくる

若き、生き生きした
生命が
一瞬にして枯れ葉に変わり
朝日に燦めく初露に触れた

久しく抑え込まれてきた
秘密の陰謀と残忍な虐殺は
依然として堂々たるブラックホールの中に封印されてるが
見えない傷口や
突然引き裂かれた思想が
墳墓の中の物語を語る

ぼくの視線は傷だらけで
まっすぐには見られず
無数に曲がりくねっても
暗闇の中で荒れ果てた世界を
光り輝かせる

妻の劉霞に感謝する
毎年六月四日
いつも白百合のブーケを買ってくる
今年は十七本の白百合

暗夜に白百合が
霊魂の原野を吐露する
純白の白百合が燦めく
ほころぶ花びらが燦めく
スッと伸びる緑の葉が燦めく
淡い花の香りが燦めく
弔意でもあり、懺悔でもある

死しても浮かばれぬ瞳こそ
唯一の純白と光輝
民族の精神の暗部を刺し貫く

暗黒に閉じ込められた百合の花は
霊魂の光
ぼくの心魂の眼を開かせる
母親たち(事件の真相究明に粘り強く取り組み「天安門の母」と呼ばれる)が灯すろ
うそくが見える
ヴィクトリア公園(毎年香港で追悼集会が開催)や
世界各地で灯される
霊魂のためのろうそくが見える

自由が失われた日々
百合の花は暗黒に落ちて逝った
時間だけが霊魂と対話する
純白 霊魂のために灯された祈りの火
凝視 灼熱をもってぼくを照らし出す

自由を渇望する人は死んだが
霊魂は抵抗の中で生き続けている
自由から逃避した人は生きているが
心魂は恐怖の中で死んでいる

絶対の空無に対峙する
野蛮な劫掠に対峙する
その強靱さは
揺るぎなくそびえ立つ
内奥から取り出した一束の光が
一筋の路を照らし出す

  ◇ ◇

 今もなお劉暁波は獄中で、劉霞まで自宅軟禁である。さらに民主化運動どころか、憲法の遵守と実施を提唱する「新公民運動」さえ取り締まられている。
 日本が積極的平和主義というならば、この暴政は、まさに座視するに忍ばざるものだろう。できることは、暴政に抵抗する人士や家族のための基金会や義塾など、いくつもある。それが鬱勃たるアジアをリードするにふさわしい責務ではないだろうか。