燕のたより

第35回

ラァジャァ!ラァジャァ!──「親日」「媚日」という罪でネットから全面的に封殺

1.変態辣椒(ビェンタイ・ラァジャァ)とは何者か?

 友人に時事漫画家の変態辣椒(ビェンタイ・ラァジャァ)がいる。本名は王立銘、1973年生まれの湖南の人で、筆者と同郷である。
 ラァジャァは社会問題・事件について、大手ポータルサイトの新浪、騰訊などで諷刺漫画を発表し、フォロワーは70万を超え、その影響力は大きい。
 毎年開催される「両会(全国人民代表大会・政治協商会議で翼賛国会)」、重慶における文革式の革命歌キャンペーン「唱紅打黒」、2010年の高速鉄道事故、習近平の「新政」など諷刺し、共産党政権の痛いところを、漫画で鋭く突いてきた。
 それはユーモア、ウィット、繊細な感情を知性に結びつけ、メタフィジカルで啓蒙的に民衆に自分の権利を目覚めさせるものとなっている。独裁者が残酷なのは、暴力に訴えることしかできないくらい凡庸だからであり、それは滑稽でさえある。また、その貪欲さは猥雑である。これらが、一つ一つの作品に具象化されている。
 またそれは、常に国家、領土、民族を“公分母”とする見方に対して、分子たる個人の存在を気づかせる。漫画という比喩的暗喩的な表現により、生き生きした皮膚感覚で、権力に理不尽に翻弄される民(個人)の姿を活写する。
 このような作品は「グレート・ファイヤー・ウォール(ネット検閲システム)」により閉塞状況にあるネット空間に新鮮な風を吹き込んでいる。

2.身柄の一時拘束―中国社会は恐怖で覆われ、手で触れられるようになっている

 そのため、たびたび公安当局に「お茶を飲まされ(中国語の被喝茶。お茶を飲もうという名目で法的手続きなしに訊問・恫喝される)」てきた。さらに、2013年、浙江省余姚の水害に対する政府の救援が不足しているという情報の「転載」を理由に、「不確実なデマを飛ばし、社会の正常な秩序を攪乱した」という罪状で、身柄を一時拘束された。中国では、当局が「不確実なデマ」と見なす情報の転載が500件、あるいは閲覧が1000件になると、発信者は三年以下の懲役を科される(2013年9月より)。
 しかし、これに対して、ネットで影響力のある李承鵬や人権活動家の胡佳がネット市民(網民)の間に情報を拡散させてネット世論を喚起し、また彼の家族を、法律相談や「送飯(一緒に手作り弁当を持って留置場に面会に行く)」などで支援した。こうして、ネット空間とリアル空間の相乗効果により、当局は彼を釈放せざるを得なくなった。それは草の根のエネルギーであり、将来の中国民主化を準備するための「土づくり」になると言えるが、それでも当人にとって深刻な体験であった。
 彼は6月に来日し、大阪でたびたび会っている。彼は「思い出せば、ゾッとして背筋が寒くなる。恐怖に包まれ、なかなか抜け出せない」と語る。
 これは決して彼だけのことではない。あるネット市民は、たとえ真昼でも、宅配便がドアをノックしても開けないという。国保が宅配便や電気修理などを装い自宅に侵入し、逮捕するのは常套手段となっているからだ。
 また、深夜にドンドンとノックの音がすると鳥肌が立つが、警官が近隣の家をノックしたのだと分かるとホッとする。しかし、いつか自分の身にも降りかかってくるのではないかと不安が消えない。まさに、中国社会は恐怖で覆われ、手で触れられるようになっていると言っても過言ではない。

3.来日中のラァジャァへの文革式の激烈な「大批判」と恫喝

 ラァジャァは奥さんと一緒に来日し、日本各地を旅し、日常的な生活や風情を発信している。
 しかし、8月18日、人民日報傘下のサイト「人民網」の「強国論壇」は、章言という筆名で、文革式の激烈な「大批判」を発表した。その表題は「変態辣椒の親日、媚日 漢奸(売国奴)の正体を見破る」で、プロパガンダのアジ演説のような個人攻撃であった。
 その内容は、次の通りである。

 ウエイボーで影響力のある変態辣椒は、長期にわたり公然と親日、媚日の言論を繰り広げてきた。日本は世界で唯一平和憲法を持つ普通の国家であり、日本国民は日常生活の隅々まで礼儀正しく、優しく、よく助けあう。日本訪問中、街頭で一度も口げんかを見たことはない。別れるときは、お互いにお辞儀をする。日本人は「雷鋒(道徳的模範とされた人民解放軍兵士)」などなくても、友愛的な社会関係を築いている。
 しかし、近年、日本の右翼勢力が頻繁に事を荒だてて挑発し、歴史に逆行し、被害国の国民感情をなり振り構わず傷つけ、人類に対して他に類を見ない大惨事を引き起こしたことに、政府は反省も謝罪もしない。どうしてこのような国で善人が善行をしているなどと言えるのか。
 中国文化を、悪意を持って貶め、日本の習俗を美化する。こいつの媚日の正体が徹底的にさらけ出された。自分の祖先や古典を忘れ去り、民族の自尊心や愛国の感情など一かけらもない。
 日本政府が、ヒステリックに激しき気勢をあげて「仇華抑中(中華を敵視し抑え込む)」に突き進んでいる昨今、ヤツは何と、こんなにも露骨に情勢に逆行し、生々しい媚日の漢奸の醜い面構えをさらしていて、吐き気がする。
 ネットの世界は法外の地ではない。いかなるネットユーザーも道徳、法律、国家利益など「七つの最低限度」を守らねばならない。変態辣椒はウエイボーで長期に大量の親日、媚日の言論を発布してきた。この道徳に反し、最低限度を挑発する行為に対して、関連部門は法律に基づき処分せよ。ヤツのでたらめが人心を惑わすのは断固として許さない。

 そして一夜のうちに、ラァジャァのウエイボー等々、全てのアカウントが封殺され、彼は中国のネット空間から消し去られた。
 同時に「章言」名の記事は、中国共産党中央宣伝部傘下の「環球時報」グループのサイト「環球網」に転載され、さらに十数のサイトのトップに転載された。
 また、当局に雇われた「五毛党」はラァジャァを恫喝する情報を書き込み、「帰国すれば消すぞ」などと脅した。

4.「七つの最低限度」を突破して

 先の「人民網」のいう「七つの最低限度を越えた」とは、「法律を守る」、「社会主義制度を擁護する」、「国家利益を守る」、「社会公共秩序を維持する」、「公民の合法的権益を保障する」、「道徳の気風を尊重する」、「情報の真実性を保障する」である。
 これに関して、注目すべき漫画がある。中国共産党中央宣伝部傘下のサイト「荊楚網」は、ラァジャァを攻撃するため、以下の漫画を掲載した。

ラァジャァ作の漫画

 しかし、これは見方を少しずらせば、「七つの最低限度」を諷刺し、ラァジャァはそれを突破したというようにも捉えられる。事実、そのような情報も発信されている(次々に削除)。

 ラァジャァは挫けず、これからさらに中国共産党の歴史の真相に迫り、「抗日戦争」というが日本との戦いを避けた史実を隠し、抗日戦争に勝利したという偽りの歴史を神話化して政権樹立の正統性としていることを覆すような漫画を描こうとしている。現在、抗日ドラマを次々に量産しているが、それは政権の支持が揺らいでいるからである。
 さらに、1972年の国交正常化で賠償を放棄したのは共産党政権で、漢奸というなら、中国共産党の方である。このような作品により、中国のありのままの姿を日本人に知ってもらいたい。これがラァジャァの願いである。
 我が友ラァジャァを温かく見守ってください。

コラムニスト
劉 燕子
中国湖南省長沙の人。1991年、留学生として来日し、大阪市立大学大学院(教育学専攻)、関西大学大学院(文学専攻)を経て、現在は関西の複数の大学で中国語を教えるかたわら中国語と日本語で執筆活動に取り組む。編著に『天安門事件から「〇八憲章」へ』(藤原書店)、邦訳書に『黄翔の詩と詩想』(思潮社)、『温故一九四二』(中国書店)、『中国低層訪談録:インタビューどん底の世界』(集広舎)、『殺劫:チベットの文化大革命』(集広舎、共訳)、『ケータイ』(桜美林大学北東アジア総合研究所)、『私の西域、君の東トルキスタン』(集広舎、監修・解説)、中国語共訳書に『家永三郎自伝』(香港商務印書館)などあり、中国語著書に『這条河、流過誰的前生与后世?』など多数。
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