狼の見たチベット/第14回
我輩は狼である。 2月14日と言えばバレンタインデーだ。お前さんたちの国、日本では女性が男性にチョコレートを送り、代わりに一ヵ月後に高価な品々を巻き上げるという変わった風習があると聞く。
バレンタインの起源はローマ時代に遡る。当時、ローマ帝国は兵士の結婚を禁止していた。故郷に愛するものを残すことで、兵士が命がけで戦えなくなることを避けるための法だった。
しかし、法で禁止したところで人の心からの思いは変えることなどできはしない。どうやら古代ローマの為政者は、現代のどこぞの為政者と同じ程度に人の心を理解できない存在だったようだ。
狼の見たチベット/第13回
我輩は狼である。改めて、新年の祝いとやらを申し上げる。
新年を祝うというのは、人間独自の風習なので、本来我輩がつきあう義理はないのだが、我輩の話を記録している人間が挨拶したがっていたので挨拶をすることにした。
記録係と言えば、この人間、2009年末に信号待ちで停車中に後ろから追突されて、現在ムチウチとやらに苦しんでいるらしく、我輩の話を記録してお前さんたちに伝える作業が遅れがちになっている。そのうち元気になるだろうから気長に待ってくれればうれしい。
今回は、新年ということで正月について語ろうと思う。
チベットにも正月はある。チベット語でロサルと呼ぶ。
チベットには独自のチベット暦があり、チベット暦での新年を祝う。
狼の見たチベット/第12回
我輩は狼である。
2010年、新しい年の幕開けだ。
ヤクから聞いた話の続きをする予定だったが、その前に一つ語らねばならない話がある。
ドンドゥプ・ワンチェンという名前を覚えているだろうか。
チベットの現状を世界に伝えようと、普通に生活しているチベット人たちの生の声を映像にとりためて送り出した男だ。
(狼の見たチベット第3回、第9回参照)
2008年3月から中国当局に拘束されていた彼に、昨年末2009年12月28日に非公開の裁判で、懲役6年の判決がくだされていたことがわかった。
中国がチベットに設置している刑務所では、通常囚人たちは医療の恩恵を受ける機会を与えられない。
病や衰弱が末期に来た囚人のみが、刑務所内で死亡したわけではないという体裁を繕うために、軍病院に移送されたり、家族のもとに引き渡され、そして息絶えるのが慣例だ。
以前語ったように、ワンチェンは不衛生な留置所内での拷問と虐待でB型肝炎に感染している。ワンチェンが6年の懲役を生き延びることができるのか。我輩はいたたまれない思いで、ただ吼えることしかできなかった。
狼の見たチベット/第11回
我輩は狼である。
すべての生き物は、生まれ、成長し、そして死を迎える。
それは、あらゆる者にとって、避けることのできない運命である。
人間という生き物は、死というものに対して多くの価値観を持っている。
単純に消滅として受け止めるもの。
死後、天国、あるいは地獄が待ち受けていると考えているもの。
あるいは、肉体は滅んでも魂は不滅で、何度でも生まれ変わり続けると信じているもの。
残念ながら我輩は死んだという経験がない、あるいは少なくとも記憶に残っていないために、どの価値観が正しいかを論ずることはできない。
狼の見たチベット/第10回
我輩は狼である。チベットの空は青い。
ナンパラ峠の虐殺に始まり、九回に渡ってチベットについて語ってきた。
チベットで今どんなことが起きているのかの片鱗ぐらいは伝えられたのではないかと思っている。
今、どうなっているのかを知ったら、次に出てくる疑問はどうしてこんな状況になったのか。今までの経緯という奴を知りたくなるのが人情というものかと思う。もっとも我輩は人でなく狼なのだが。













