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集広舍コラム

狼の見たチベット/第13回

我輩は狼である。改めて、新年の祝いとやらを申し上げる。
新年を祝うというのは、人間独自の風習なので、本来我輩がつきあう義理はないのだが、我輩の話を記録している人間が挨拶したがっていたので挨拶をすることにした。
記録係と言えば、この人間、2009年末に信号待ちで停車中に後ろから追突されて、現在ムチウチとやらに苦しんでいるらしく、我輩の話を記録してお前さんたちに伝える作業が遅れがちになっている。そのうち元気になるだろうから気長に待ってくれればうれしい。

今回は、新年ということで正月について語ろうと思う。
チベットにも正月はある。チベット語でロサルと呼ぶ。
チベットには独自のチベット暦があり、チベット暦での新年を祝う。
そのため、西暦換算では毎年不特定の日がロサルとなる。
西暦2009年には2月25日に、チベット暦の2136年が始まった。
西暦2010年の2月14日に、チベット暦の2137年が始まる。
このチベット暦の新年(ロサル)とは、どのように決まるのだろうか。
チベットの一ヶ月は、月の周期に合致している。
新月の日が一ヶ月の始まりで、次の新月が次の月の始まりである。
このような月の満ち欠けに基づく暦を太陰暦と呼ぶ。
現在、一般に使われている西暦は、太陽の周りを地球が回る周期を一年とするもので、太陰暦に対して太陽暦と呼ぶ。
太陰暦の一ヶ月は、太陽暦の一ヶ月より短いため、太陽暦と太陰暦では年度がどんどんずれていってしまう。
それを補正するために、数年に一度、一年を12ヶ月でなく、閏月を加えた13ヶ月として太陽暦との年度の差を最小限にするように改良を加えた太陰暦を、太陰太陽暦と呼ぶ。
チベット暦は、この太陰太陽暦の一種となる。

話をロサルのことに戻そう。ロサルの祝いは、前年の終わりから始まる。
新年を迎える1、2週間前からチベット人たちはロサルの準備を始める。
昔、まだコンビニなど無い時代に、日本の年末でも正月の準備に買い物をしていたのと同じ感じなのかもしれない。
日本でも、かって各家庭でおせち料理を作っていたように、チベットにもロサルのためのご馳走を作る。
ツァンパ(乾煎りしたハダカムギ、一般にチベット人の主食と言われている)を少量のバター茶で練って団子状にしたものを、チーズとチャン(チベットの酒)で煮込んだものや、デシと呼ばれる炊き込みご飯などがよく知られている。
デシは、赤い色をした炊き込みご飯で、一見日本の赤飯を連想させる。赤飯が古代の赤米(今日本で一般に食べられているジャポニカ米と、東南アジアで食べられているインディカ米の中間的な品種であったといわれている)の色を真似たものを吉事に食べるという風習であることを考えると、チベットでも同じ赤米を食べていた時代があるのかもしれない。もっともお前さんたちが肉牛が食べている飼料のブランドなど気にしないのと同様に、我輩にとってはお前さんたちが食べている米の種類などどうでもよいことだが。
しかし、赤飯を思い浮かべながらデシを食べるとめんを食らうことになる。デシの赤い色は木の根によってつけられているもので、赤飯とは似ても似つかない味だからだ。ちょうどバター茶の香りをかいで、甘いミルクティを想像しながら口に含むと、大きな衝撃を受けるのと似ているかもしれない。

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また、モモと呼ばれる蒸し餃子に似た食べ物もある。これは現在チベット文化圏各地で食べられており、日本でもネパール料理店などにいけば食べることができる。
モモ自体が本来は特別な日のご馳走であるが、大晦日の前の晩には特別なモモを食べる。モモの中に炭や砂糖、岩塩、唐辛子、ヤクの手等様々なものをいれ、自分が食べたモモの中に何が入っていたかで占いをするというものだ。一家の団欒の場でのパーティグッズのような役割を果たしているといえるだろう。
他にはカプセという練った小麦粉を揚げた菓子がある。これも本来はお寺以外ではロサルにだけ食べるお菓子だったらしいが、今はそこまで特別なものでもないようだ。しかしロサルの前になると、特別な大きな花のような形のカプセを作り仏様に備える。新年になってしばらくして、仏様の前から下げてから食べる。硬くなってしまっている場合は、バター茶に少し浸して食べたりすることもあるようだ。我輩には味はわからぬが、人間どもはうまそうに食べている。

日本で正月には門松や鏡餅等の正月飾りを置くが、チベットにもロサルの飾りがある。
さっきまで並べた食べ物と違い、我輩好みの飾りだ。
すなわち「羊の頭」だ。頭を飾りにしたあとの残りの肉を我輩にくれれば言うことなしなのだが、残念ながら残りの肉はチベット人たちが食べてしまう。
欧米のキリスト教徒たちからみたら、悪魔崇拝の象徴に見られかねないが、チベットでは昔から羊の頭をロサルに飾る風習がある。
チベット人が遊牧社会であることが、この正月飾りからもよくわかる。
なぜか、中国政府の主張では中国が侵攻する前はチベット人の大半は農奴だったそうだが。
ところで、残念なことに、最近は本物の羊の頭でなく、瀬戸物やプラスチック製の代用品ですます家庭が都市部を中心に増えてきているそうだ。
他にも年始周りで訪れた家の玄関先でツァンパを空に向けて撒く等、ロサルにはいろいろ独特の風習がある。

このように毎年祝われるロサルだが、2136年(西暦2009年)のロサルは世界中のチベット人社会でロサルの祝いが自粛された。
2008年3月の騒乱で多くのチベット人が犠牲になったことを悼んでのことだった。
これに対して、中国政府はチベット本土のチベット人たちにロサルの祝いを行うことを強制した。チベットが平静であるというアピールのためだった。
祝いたくないときに、祝うことを強要される。中国政府は人の心まで力でどうにかできると思っているのだろうか。

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書名:殺劫(シャーチェ)チベットの文化大革命
著者:ツェリン・オーセル(茨仁唯色、Tsering Woeser)
訳者:藤野 彰(ふじの・あきら)
  :劉燕子(リュウ・イェンズ)
A5並製/412頁
定価 4,830円(税込)
発行:集広舎
発売:中国書店
ISBN:978-4-904213-07-0 C0022

チベット「封印された記憶」の真実——。

一九六六年から十年間、チベット高原を吹き荒れた文化大革命の嵐は、仏教王国チベットの伝統文化と信仰生活を完膚なきまでに叩き壊した。現在も続くチベット民族の抵抗は、この史上まれな暴挙が刻印した悲痛な記憶と底流でつながっている。長らく秘められていた「赤いチベット」の真実が、いま本書によって四十余年ぶりに甦る。

Profile

プロフィール/太田秀雄

1971年福岡に生まれる。地元筑紫丘高校を卒業後、九州大学で生物学を専攻する。コンピュータプログラマを生業とする傍ら、いまだに学究心が捨てきれず大学に戻ろうと画策している。2008年3月のチベット騒乱を機にチベット支援に積極的に関わるようになり、国内外のチベット支援者や亡命チベット人達と広く交友関係を持つ。チベット支援をしているものの、別段中国の全てに否定的というわけではなく、特に三国志や中華料理は大好きである。尊敬する人物は、白洲次郎、ホーキング博士、コルベ神父。

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