夏休み、初めてラサを旅行した。

 高山病にならず、交通事故に遭わず、公安にスマホを取り上げられることなく、拘束されることなく、飛行機の遅延もなく、日本に戻ってこられて良かった!

 2008年のチベット騒乱から10年。中国にとってチベットはどんどんセンシティブのレベルが上がっており、なるべく外国の関心がそこに向かないようにしているように見える。チベット自治区には、もはや外国人は数えるほどしか住んでおらず、その数もどんどん減っているらしい。

 多少でも「チベット問題」に関心を持つ外国人は(入境許可証が下りず)だんだんチベット自治区を訪れるのが難しくなっている。中国の政策が波のように緩和と厳格化を繰り返すなか、今後、再び規制が緩む可能性もあるが、逆にさらに厳しくなって、終いには完全に閉ざされてしまう可能性もある。

参考記事
中国、チベット取材団への本紙記者参加を拒否 日本記者クラブは派遣を中止(2018年6月8日付、産経新聞ウェブサイトより)
チベット本土を旅行する方へ(チベット人権民主センター)
ラサはまるで巨大な刑務所のよう(チベットハウス)

チベット亡命政権ソナム・ダクポ情報国際省次官へのインタビュー

 結果的には、物見遊山旅行でも、やはり行かないより行った方がずっと良かった。チベットが置かれている状況、人々の怒りや、悲しみや、無力感が皮膚感覚で感じられた。

 「なーんだ。チベットハウスの言ってたこと、大げさだったな。チベット人、本土で結構、幸せで楽しそうに生活してるじゃない」と思えれば、その方がずっと良かったのだが……。残念ながら、「古い文化を持つ国が、はるか昔から存在したチベットという民族がいま、死にかけている…」ダライ・ラマ英語スピーチ集)というダライ・ラマ法王の言葉は本当だった。

【動画】ラサへ向かう自動車からの景色(筆者撮影。以下同)

 今回の旅行の友は、『チベットの七年』と『チベット潜行十年』の2冊だった。この2冊には、今から70年ほど前の、外国人の目から見た中国占領直前のラサの様子が克明に描かれている。2018年のラサの光景と、本に描かれている占領前のチベットを重ね合わせてみた。

 回教徒は(…)自分たちの回教寺院を持ち、何の妨げもなく自由に自分たちの宗教を営んでいる。自国の絶対的な僧権支配にもかかわらずファナチックに改宗を要求したりせず、どんなものであろうと他の宗教にも尊敬の念を示すのは、チベット民族のこの上ない美点のひとつである。(『チベットの七年──ダライ・ラマの宮廷に仕えて』ハインリヒ・ハラー著、福田宏年訳、白水社、1981年、206ページ)

ラサのモスク近くでチベット人が店に持ち込んだ冬虫夏草を見定める回族の商人

ラサのモスク近くでチベット人が店に持ち込んだ冬虫夏草を見定める回族の商人

 ここには、野心と進歩どこ吹く風といった精神が脈打っている(…)チベットは戦さの名声と武力から、次第に宗教に傾いていったのである。おそらくはそのほうが幸せであったろう…(同上、197ページ)

ラサ郊外、ダクイェルパの大タンカご開帳に合わせてピクニックを楽しむ人々

ラサ郊外、ダクイェルパの大タンカご開帳に合わせてピクニックを楽しむ人々

 私のチベット滞在中を通じて、仏の教義にほんのわずかでも疑いを表明した者には、ひとりとして出会ったことはなかった。もちろん、たくさんの宗派はある──しかしその相違はほんの外見上のものにすぎない。あらゆる人の胸から輝き出る信仰の情熱は、いかにしても覆いようがない。チベット滞在後まだ日も経たないうちに、私はもうすでに、何の気なしに蝿を殺すということができなくなってしまった。(同上、233ページ)

ジョカン寺の門前で五体投地するひとたち

ジョカン寺の門前で五体投地するひとたち

 チベット独自の文化や生活様式は、数々の技術的発明には馴染まないのではないだろうか? チベットのように完成された儀礼が、今日なお西欧世界のどこに残っているであろうか? この国では誰かが顔を潰すということは決してなく、だいいち人に対して決して攻撃的な態度をとったりはしない。(同上、257ページ)

標高4200メートルを超えた天空で上演されたオペラ「アチェラモ」。出演者は近所の農村の人たちだという

標高4200メートルを超えた天空で上演されたオペラ「アチェラモ」。出演者は近所の農村の人たちだという

 私はチベットに関することならどんな事件も、最大の関心をもって追い続けている。チベットは切っても切れない私自身の一部だからである。たとえどこに暮らしていても、この国への郷愁が私の胸を去ることはない。今もときおり、澄み渡った寒月に夜ラサの上空を過ぎて行く雁や鶴の鳴き声や羽ばたきが、聞こえてくるような気がすることがある。(同上、381ページ)

中国風の赤い提灯が並ぶポタラ宮前の大通り。木村肥佐生やハインリヒ・ハラーを2018年のラサに連れてきたら何と言うだろう?

中国風の赤い提灯が並ぶポタラ宮前の大通り。木村肥佐生やハインリヒ・ハラーを2018年のラサに連れてきたら何と言うだろう?

 チベットは現在中国に編入され、その一自治省にすぎない。しかし歴史的にみて、それまで漢民族の支配を受けたことは一度もなかったし、文化的にも完全に独立していた。そして数百年来、独立主権国家として存在してきたのである。チベットに比べてはるかに独立国家としての形式を備えていなかった人口150万の外蒙古が、今日独立して国連加盟を認められていることを思えば、チベット人の悲しみがわかるだろう。(『チベット潜行十年』木村肥佐生著、1982年。中公文庫版のためのあとがきより)

チベットの貴族婦人風コスプレでラサを歩く漢民族の観光客

チベットの貴族婦人風コスプレでラサを歩く漢民族の観光客

 チベットはあまりに痛ましく、義憤を感じる。未熟な筆力ではあるが、旅行で見知ったこと、考えたことを何回かに分けて書きたい。