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第05回

インド人がヨーガを始めた──心の安定とは

ヘルシーなベジタリアンフード

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 前回「インド人が最近紅茶を飲み始めた」という題で書かせてもらった。「少し誇張が過ぎる」とのご指摘も頂いたが、最近のトレンドをご紹介する、という意味合いでご勘弁願いたい。そして今回もう1つ、性懲りもなく掴みネタで行きたい。「最近インド人がヨーガ始めたよ」、これも一般の日本人にはなかなか理解できないフレーズではなかろうか。ヨーガは当然インドが発祥の地であり、その歴史も長いはず。なのに何故? 何の話?(尚今回はインドのものをヨーガ、アメリカ発のものヨガと表示して区別している)

 確かにヨーガはインドの発祥であり、かの地で長く行われてきており、その歴史は1000年の単位にも及ぶ。但し昔から一般のインド人が日常的に行っていたか、と言うと、それは違うようだ。インドの上位カーストであるバラモンがヨーガをやっていた、と言う話もない。ヨーガの発展段階の歴史も体系的に纏まっているとも聞いていない。むしろサドゥ『外道(道を外れた者)』と呼ばれる修行者が行っていたとの話があり、インドの主流ではなかったことが伺われる。

宿舎のベランダから見る中庭

宿舎のベランダから見る中庭

 最近のヨガブームはアメリカ発。ダイエットヨガ、ホットヨガなど、エクササイズの一環としてヨーガの一部を切り取って、肥満を治したい、健康でいたいアメリカ人のニーズに合わせて発展した。日本や中国にも輸入されているが、これは本家インドのものではない。ヨーガはインドでは体操ではないし、ましてや痩せるためのものではない。

 今年に入り、筆者はインド国内にあるヨーガ学院に滞在してみた。ここは100年弱前、ヨーガを科学的に分析して、その効用を広めたインド人が建てた学院で、ヨーガの正統派の1つともくされている。学院内は木々に囲まれ、人々はゆったりと歩き、我々が思うインドの喧騒などは全くない、素晴らしい環境にある。そこではヨーガを学ぶために世界中から生徒が集まってきており、6週間コース、1年コースなどでみっちりヨーガの理論と実技を学ぶ。

 同時に1週間滞在して、アユルベーダを行うことも可能である。そのプログラムにもヨーガが含まれており、筆者はアユルベーダのトリートメントとヨーガを組み合わせて、結果的にかなりの効果を得た。ただその効果のある部分は「1日中ボーっとしている」「ネットやPCを見ない」「静かな環境の中で散歩する」ことで得られたものであった可能性も高い。現代社会は、特に日本人や中国人は、「毎日何かをやっていないと不安で仕方がない」状況に追い込まれ、いや自分を追い込んで、日々を過ごしている気がしてならない。ヨーガの目的も究極的には「心の安定」を得ること、そしてそれが体の健康にも繋がる、のではないか、とこの地に滞在していると思えてならない。

ヨーガルーム

ヨーガルーム

 ここには外国人に混ざって(?)インド人の姿もかなり見られた。アメリカやカナダに住むインド人がわざわざここまでやって来て、ヨーガに取り組んでいた。全くの初心者も多く、簡単な動作も上手く出来ない。「生まれて初めてヨーガをやったが難しい」との感想が聞かれ、外国人からは笑いが漏れた。アメリカなどでヨーガが流行っているが、「どうも本物とは思えず、ここに来た」らしい。そして初心者にもかかわらず「やはりヨーガの本質はインド人には理解できるがアメリカ人には難しいと思う」という結論に達したという。理由は「それが文化というもの」とのことだった。この地に滞在すれば、その感覚も理解できる。

 またムンバイからやってきたインド人のオジサンが2人いた。何となく場違いな感じがしたので聞いてみると、何と「勤めているインド企業の福利厚生で1週間送られてきた」という。最近はインド企業でもストレスが多く、心の病になる人も出てきているらしい。この2人もヨーガは初めて。「1週間何もしないと落ち着かないね」というのを聞いて、都市の一般インド人は我々とそうは変わらない、と感じる。

スチームバス

スチームバス

 その2人と雑談していると、突然庭で大声がした。よく聞くと中国語だった。ヨーガの解釈について激論を交わしている。インドのオジサンは目を丸くして「何を喧嘩しているんだ、こんな所まで来て」と聞くので、「いや彼らは喧嘩しているのではなく、議論しているのだ」と説明すると、信じられない、という顔をした。確かにこの環境下で、周囲の迷惑も考えずに大声を出すのは如何にも見栄えが悪い。

 実はこの学院には中国人の団体が20名も来ていた。2週間コースで1500米ドルも支払っているという。一体どんな人たちが来ているのか聞いてみると「北京でヨーガスタジオをやっている」「広州で弁護士をしているが、その傍らヨーガを教えている」など、ヨーガインストラクターが殆どだった。わざわざここまで来た理由は「箔を付けるため」らしい。

 彼らもヨーガを教えながら迷っているようだった。アメリカ留学中にヨーガを習って、中国で自分のスタジオを開いた、などという例が典型的だが、数年もやっていると「何のためにこのポーズをしているのか分からない」ということになるらしい。それでも中国でヨーガスタジオは大流行。ビジネスの為には、悩んでもいられない。そこで本場インドへやって来て、インド人の先生と写真を撮り、スタジオに飾って箔を付けることになる。更には自分の疑問をここでぶつけ、心の安定を図るらしい。勢い、通訳者と解釈について議論にもなり、高い授業料を払っているという思いからか、つい中国流の大声が出てしまう。

唯一ネットが繋がる図書館

唯一ネットが繋がる図書館

 この学院のマネージャーに5年前に会った時は「中国人はいい加減なので面倒で困る。あまり受け入れるつもりはない」とキッパリと話していたのだが、今回はその中国人が大挙して宿舎を占拠しているので驚いた。ある意味で中国人は「インド人には敵わない」と思っているところがあり、インドの原理原則主義にはビジネス上でかなり手を焼いている。それでもさすが中国人! 粘り強い。この5年の間に一部の熱心な中国人生徒がちゃんと渡りをつけ、資本力に物を言わせ、きちんと入り込んでしまった。

 初めてヨーガをやりに来たインド人たちも中国人の集団には驚きを隠せない。正直インド人もあまりやって来なかったヨーガをアメリカ人が始めた時は文句を言わなかったが、突如中国人が始めると面白くない、という感情が湧くのだろうか。いや、今やインドもヨーガの重要性に気が付き、様々な研究を進めており、国際的にも「ヨーガはインドのもの」という発信をしているらしい。それでも既に巨大ビジネス化してしまったヨガ、インドはヨーガを取り戻し、心の安定を図ることが出来るのだろうか?

コラムニスト
須賀努
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。金融機関在職中に、上海語学留学1年、台湾地場金融機関への出向2年。香港駐在合計9年、北京駐在合計5年では合弁会社日本側代表。合計17年の駐在経験を有し、日経BP社主催『中国ビジネス基礎講座』でトータルコーディネーター兼講師を務める他、進出企業向けアドバイスを行う。日本及びアジア各地で『アジア最新情勢』に関する講演活動も行っている。 現在はアジア各地をほっつき歩いて見聞を広めるほか、亜細亜大学嘱託研究員、香港大学名誉導師にも任ぜられ、日本国内及びアジア各地の大学で学生向け講演活動も行っている。 時事通信社「金融財政ビジネス」、NHK「テレビで中国語テキストコラム」など中国を中心に東南アジアを広くカバーした独自の執筆活動にも取り組む。尚お茶をキーワードにした旅、「茶旅」を敢行し、その国、地域の経済・社会・文化・歴史などを独特の視点で読み解き、ビジネスへのヒントとしている。
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