アジアから見る日中

第10回

新疆ウイグルに見るイスラムと日本の類似点

ウイグルの古典音楽、ムカムを聞く

◀ウイグルの古典音楽、ムカムを聞く

 このところイスラムについて書いているので、その話を続けたい。中国のイスラムといえば新疆ウイグルに多く住むウイグル人もイスラム教徒だ。中国政府がなぜあそこまで新疆を重視し、圧力をかけるのか。それもやはり世界的なイスラム勢力の台頭、圧力と関係がある、と考えられる。

 筆者はこの3年間で、合計1カ月半ほど、新疆を旅している。それもウイグル人の知識階級と一緒の旅であり、その結果、新疆各地の状況をかなり深く見る機会に恵まれると同時に、ウイグル人のイスラム教に対する考え方、その作法などを垣間見る機会も与えられた。1〜2日一緒にいるだけの旅とは違い、毎日顔を合わせるので、自ずと見えてくる物があった。

 まずウイグル人は一般的に言って「日本人にかなり親近感を持っている」ということがある。日本ではイスラム教というとすぐに「聖戦(ジ・ハード)」などが思い浮かび、またウイグル人というと「暴動」などという暴力的なイメージで語られることが多いが、実際に接するウイグル人の多くに、そのような印象はない。これらはマスコミが視聴者、読者に擦り込んでいることにより起こる誤解ではないだろうか。何故このような擦り込みが起こるかというと「ニュースは非日常的な出来事」であり、報道は突発的な事件を扱うからだ、とあるマスコミ関係者から教えられた。しかもイスラム教徒によれば、「自爆テロなどはイスラムの教えにはない」のであり、事件とイスラム教には関連性がない可能性すらある。

カシュガルのローカル市場

▲カシュガルのローカル市場

 ウイグル人と一緒にいると時々出てくるのが、「もったいない」という発想。勿論お客である我々が訪ねていくと、ご馳走を用意して待っていてくれることが多いのだが、「そんなに食べられないので、量を減らしてほしい」とお願いすると、適量を出してくれることが何度かあった。「もったいない」という言葉を彼らは直ぐに理解してくれる。質素倹約、精神が感じられる。漢族の中国人はたとえそれを理解したとしても、自らの「面子」を重視するので、お願いしても、沢山料理が出てくるのが普通だ。

 「清潔」という点でも似ている。日本も中国も宗教が廃れていると言われて久しいが、日本の寺のきれいさは中国には見られない。ウイグルのモスクも清潔度では日本の寺に近い。宗教的な意味合いがあるとはいえ、食事の前などに必ず手を洗う習慣も似ている。「一旦約束したことは必ず実行する」というクリーンさも共通概念ではなかろうか。元々漢族は北方の遊牧民との関係が深いとされているが、漢族中国人が忘れてしまった感覚を彼らは保持しており、「日本人は約束を守る民族」と言って、尊重してくれている。

政府が進めたカシュガル開発計画は頓挫

◀政府が進めたカシュガル開発計画は頓挫

 また日本に住んだ経験のあるウイグル人は「日本には喜捨という考え方があるでしょう。あれはイスラムの教えと同じだ」という。イスラム圏では商売をしても、一定以上儲けてはいけない、という規範があり、また貧しい者、困っている者には、進んで施しをするという概念に共通性があるという。

 「羊の肉が手の入りにくい、豚肉をよく食べる、など、日本での生活には不便なことも多いが、日本人の行動を見ていると、感覚が非常に近く、嬉しくなることが多かった」と語る人もいた。テレビドラマの「おしん」がイスラム圏でも流行ったのは日本人から見ると意外な感があるが、ウイグル人から見えると「当然」と映るのもそういった理由かららしい。

 中国政府がもしウイグル人を圧迫しているとすれば、その理由は「歴史的な恐れ」ではないか、とトルコのイスタンブールで聞いて耳を疑った。それは「モンゴル人に対する恐怖と一緒です」とその人は言い放った。モンゴル人はクビライハンの時代に初めて世界帝国を築き上げた人々であり、歴史的には長年の間、漢民族を圧迫し続けた存在である。現在の中国人は歴史的なトラウマがあるというのである。それと同じで、「イスラムに対する中国の恐怖」というのが、751年のタラス河畔の戦いでの唐の大敗北だった、との指摘があり、非常にこのお話しに興味を抱いてしまった。

ラマダンでも日が暮れるとパーティのような賑わい

▲ラマダンでも日が暮れるとパーティのような賑わい

 唐朝が純粋な漢族国家であったかどうかは別にして、タラス河畔の戦いでアッバース朝から受けた被害は甚大であり、その後の安史の乱の引き金にもなった。最終的には王朝を壊滅に向かわせた。そして戦いの結果は、紙の製法が西に伝わっただけではなく、興ったばかりのイスラム教が中央アジアに普及するきっかけをも作っている。

 そして近年のイスラムによる圧力。新疆のウイグルの背後には中央アジアがあり、中東がある。中国には西側から攻め込まれた歴史的な経験はないが、内部から崩れる現象は歴史的に何度も経験している。単に「新疆には地下資源がある」などという理由で漢族がどんどん移住している訳ではなさそうだ。

中央国有企業が進出する新疆

◀中央国有企業が進出する新疆

 日本では宗教を学校で教えない。どの宗教を信じるかは個人の勝手だが、この世にはどんな宗教があり、それはどんな教えで、どんな人々が信仰しているのか、を知ることは非常に重要だと感じている。特に新疆ウイグルの現状を考えると、その歴史的背景も含めて、十分に理解するが必要だと思う。

 またイスラムを怖いと思うのではなく、我々日本人の習慣などをきちんと紹介し、彼らに日本を理解してもらうことも重要かもしれない。相互理解が進めば、見方も変わってくることだろう。イスラム教徒が食する「ハラール食品」だけに注目するのではなく、また「日本のおもてなし」を押し売りするだけでなく、信者の生活習慣・規範を示しているイスラム教そのものを少しでも理解することが、イスラム教徒の日本観光促進にも繋がるに違いない。

コラムニスト
須賀努
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。金融機関在職中に、上海語学留学1年、台湾地場金融機関への出向2年。香港駐在合計9年、北京駐在合計5年では合弁会社日本側代表。合計17年の駐在経験を有し、日経BP社主催『中国ビジネス基礎講座』でトータルコーディネーター兼講師を務める他、進出企業向けアドバイスを行う。日本及びアジア各地で『アジア最新情勢』に関する講演活動も行っている。 現在はアジア各地をほっつき歩いて見聞を広めるほか、亜細亜大学嘱託研究員、香港大学名誉導師にも任ぜられ、日本国内及びアジア各地の大学で学生向け講演活動も行っている。 時事通信社「金融財政ビジネス」、NHK「テレビで中国語テキストコラム」など中国を中心に東南アジアを広くカバーした独自の執筆活動にも取り組む。尚お茶をキーワードにした旅、「茶旅」を敢行し、その国、地域の経済・社会・文化・歴史などを独特の視点で読み解き、ビジネスへのヒントとしている。
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