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集広舍コラム

北京の胡同から/第22回

北京「漫才」をめぐる私見

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写真/張全  

まだまだ続く漫才ブーム

 いつの世も生活に「笑い」は欠かせない。文化の爛熟した都市ほど、「お笑い」文化も豊かなもの。その形式は地方によって様々であろうが、北京でいえば、そういった文化の蓄積の厚さをもっともしみじみと感じさせるのが、「相声(漫才)」だ。
 北京では数年前、人気漫才師、郭徳綱が火付け役となり、相声ブームが訪れた。そのピーク時に比べれば最近はだいぶ下火になったようだが、北京の相声はまだまだ健闘中だ。中でも若手のチャレンジが実際の寄席を通じて感じられるのが、鼓楼近くにある「広茗閣」。ここでは「80後(1980年代生まれの人々)」を含む、まだ知名度の低い漫才師たちが毎日舞台を繰り広げている。週末になるとほとんどの席が聴衆で埋まるが、その多くはだいたい40歳以下の若・中年層。地元の人に交じり、出勤帰りのホワイトカラーも目立つ。若手の漫才師たちは、日本のアニメ関連の話題など、今の若者文化と密接に関わる内容を盛り込みながら話を展開。早口言葉や、方言の模倣などの高いテクニックも懸命に披露していた。
 一方、比較的ベテランの漫才が聞けるのは、東城区文化館で毎週土曜に開かれている「週末相声倶楽部」などだ。このほか、天橋や前門の「徳雲書館」、「張一元天橋茶館」、「広徳楼」などでも、先述の郭徳鋼やその弟子たちが、元気に舞台を繰り広げている。

北京の胡同から/第21回

耳で愉しむ胡同

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jiao mai wang/photo by 張全

 胡同に住んでいて楽しいことは多々ある。五官でいえば、目、耳、鼻、舌などは、もう面白いことだらけだ。といっても、すべてを説明しようとすれば、いくら紙面があっても足りないので、今回は「耳で愉しむ胡同」についてお話したいと思う。

北京の胡同から/第20回

「青木さん家の奥さん」北京版上演――北京で見つめる「日本人」像

 北京で長く暮していると、よく日本の知人から言われるのが、「日本の文化からも離れないようにね」という趣旨の忠告だ。

 もちろん、それはそれでとても有難いことなのだが、実際は、北京の日本文化をめぐる情報は多くの日本の人が考えている以上に豊富だ。正直なところ、筆者は大相撲も、人間国宝が演じる歌舞伎も、東京以外では鑑賞が難しい日本の小劇場の名舞台なども、北京で生まれて初めて自分の目で観る機会を得た。かつて本コラムでも紹介した通り、2008年の「日本ドキュメンタリー映画交流会」では、日本の優秀なドキュメンタリー映画が一気に6本も鑑賞でき、「観たかったのに見逃した」という日本在住の映画ファンの友人に羨ましがられたものである。

特報/北京芸術区

北京の胡同から/特別編

「当たり前の権利」を求めて——暴力に抗うアーティストたち

近年、中国にも現代アートなるものが存在し、一部の作品にいたっては、かなりの高額で取引されていることが、日本の人々にも知られるようになってきた。北京五輪後、金融危機の打撃は受けたものの、北京の郊外に広がる広大な芸術区の数々では、まだまだ意欲的な創作活動や展示が行われている。北京で活躍する欧米出身のキュレーターの中には、現在の北京の芸術的雰囲気の強さは「芸術の都パリ以上だ」と言う人もいるほどだ。

先日の『新京報』では、アジアをまたにかけて活躍してきた文化人である陳冠中も、「金がなくても、北京で絶望することはない。全国で人々が金が多いか少ないかだけを比べている時、北京にはまだ一日中『俺とお前のどちらがすごいか』を競っている人がいる」というコメントで、北京の魅力を伝えた。

パリとの比較はともかく、後者については、筆者も同感だ。経済的な利益は二の次、ただ自己表現をしたい、という純粋な一念で、仲間と切磋琢磨しあいながら制作活動を続けている人々を、筆者はこれまで多数インタビューしてきた。

だが、どんな創造的行為にも、それを支える環境が必要だ。ところが先日、悲しいニュースが伝わってきた。どうも、本来ならクリエイター達をしっかり支えるべき人々まで、今は金欲のとりことなってしまったようなのだ。

北京の胡同から/第19回

やむを得ない事情により、長らく連載をお休みしてしまい、申し訳ありません。 春節を機に心機一転し、再開させていただきます。ちなみに、先月1月に新しい 訳著『乾隆帝の幻玉——老北京骨董異聞 』(劉一達著、中央公論新社刊)が刊行 されました。こちらでは、民国期の北京を舞台にした、ストーリー性とディテー ルの豊富な小説の形で、皆さんに北京の奥深い文化を楽しんでいただければ、と 願ってます。

継続か否か——保護と伝承の合間で揺れる廟会

中国の最も盛大な祭日と言えば、やはり何といっても日本の旧正月に当たる春節 だろう。旧暦に基づいた多くの北京の行事が、さまざまな歴史的経緯から消失、 または商業化、形骸化の一途をたどっているなか、春節はまだ割合と伝統的な節 句としての雰囲気が濃厚な祭日の一つだといえる。

春節ならではの風習の中で、爆竹や餃子を食べることと並んで、大きな存在感を 誇っているのが、廟会巡りだ。廟会とはそもそも縁日に寺院の周辺に立った月ご との定期市が由来で、かつては春節に限らず毎月開かれていた。文革をはさんで 一時期途絶えたが、その後政府のバックアップによって徐々に復活。今は毎年春 節が近づくと、北京では次の廟会をめぐる話題が新聞を賑やかに埋めている。

Profile

プロフィール/多田麻美

1973年静岡県出身。京都大学で中国文学を専攻後、フリーランスのライター兼翻訳家に。
芸術、文学、映画、建築など、北京および中国の文化関連の記事の執筆や翻訳を主に手がけ、とりわけ北京の胡同にまつわる文化に強い関心がある。北京在住。
訳著としては新中国成立後の北京の都市計画や城壁の取り壊しをめぐる問題を追いかけた王軍著『北京再造』(集広舎)、および『乾隆帝の幻玉』(劉一達著、中央公論新社刊)。共著に東洋文化研究会編『北京探訪』(愛育社)など。ペンネームは林静ほか。

著者ブログ:
胡同逍遥 日文版
Asami 林静

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