この日ランガマテ市からチッタゴンに戻る。

出発前にアシシュに二度ほど電話するが、う~ん出ない、、。明日の重要なミーティングを成功させるためには今日中に会って誤解を解かなければ。そして彼の真意をたしかめたい。「アシシュは、ああ見えて、結構いいやつですから」と言ってた井本さんの顔が幾度も目に浮かぶ。

勇んでチッタゴン行きのバスに飛び乗る、が、、、

途中交通事故だかで通行止、、、長い渋滞、時速10キロでのろのろ運転、、、、いじわるに降り続く梅雨の様な不快な雨が窓に湿たたってる。 車内は湿気と熱で低温サウナの様な蒸し暑さだ。

2時間遅れで到着。バスを降り乗ったリキシャ(人力車)の親父ときたら行き先のホテルの場所、知りもしないくせして「知ってる知ってる」って、おまえ何回同じとこ回ってるんだよ~!

1時間近く探し回ったあげく着いたホテル、予約してあるはずなのに、、、え~なんで満室なんだよ!はあ、政治家の会議でお偉いさんが泊まってるからとかって… 知るかそんなの! 

へとへとでやっとホテルに落ち着く、、、あ!アシシュに電話しなきゃ、、「もしもし、ご飯でも食べませんか…?」

幸運なことに彼の家はホテルから近く、20分ほどで現れた。一緒にオートリキシャ(エンジン付3輪車)に乗りこみ食事に出かける。と、アシシュ「ちょっと寄りたいところがあるんですが、いいですか?」え~、、まあいいか、と、着いた所はアシシュが応援しているとかいう市議会議員で、その候補者の選挙事務所だった。

そこは投票日を数日後にひかえ、大勢の支持者が集まっていた。「どうぞ」と言われて候補者の前に引き出される!

「日本の友人を連れてきました」とアシシュが誇らしげに言う。俺は支持者でもなんでもないが、従来の客商売で染み付いてしまったわるい癖で、候補者や幹部役員と笑顔で握手を交わす…。

アシシュ、ここぞとばかり皆の前で自慢の日本語を披露するが、キャラリーを意識し過ぎてか、俺でもよく分からない日本語しゃべってる。候補者もいいとこ見せようと負けずと英語で応戦、、、まわりの支持者に聞こえるように俺に向かって話し続ける。

「女性の人権が…」とか、「私がアメリカにいた時は…」とか、、。

…くそ~!またもや、アシシュの引き立て役に使われた…

こういう国では、人間の中身はともかく、先進国、俗にいうリッチカントリーと呼ばれる国の友人がいることは、一種のステータスなのだ。自分の社交の広さや影響力を見せるために使われることがよくある。
俺も例外に漏れず「ミスタ–ジャパン」お飾りとしてもてはやされる。
選挙事務所を出たすぐ後にもアシシュが再び言う。「友人の夕食会にさそわれてるんですけど、一緒に行きましょう」

…く!もうその手には乗らんぞ~

「カカカカ~ムダウン、カ~ムダウン、ミッションを成功させるため、今日だけはとことん奴の言い分を聞こう」と、決めたはずじゃないか、と自分に言い聞かせる。
紳士的に話をそらし「今日は疲れてるので静かな所に行きましょう…」と
そのあと僕は、そうとう溜まっていたと見える彼の言い分を、ひたすらうんうん、そうそう、とうなずきながら耐えしのいだ。
話を聞く分には、創立者の井本氏を尊敬しておりCS(四方僧伽)のメンバーとして真剣に活動したいという気持ちはほんとうのようだ。困っている人たちを助けたいという気持ちも嘘ではなさそうだ。
ただやはりCSには豊富な活動資金があると思っており、当てにしている節がある。さらに痛みを伴うことは嫌いと見える。

僕はこれまでの経緯と、いかに予算不足かを細かくかみくだいて説明した。当てが外れてかアシシュの顔はみるみる困惑していった。さらに誤解を生んだランガマテでの、ブッタバンク開設を決めた経緯などを説明した。
彼の口からは最後に一言「みんなに、ちゃんと説明してくださいね。僕はただ民主的にやりたいんですから」と…。

なんのこっちゃかよくわからんけど「はい、もちろんです。わかました」と答えた。

最終日
6月14日、前回と同じパラマウントホテルのレストランで、みんなを待っていた。約束の時間からすでに25分が経過していた。誰も来ない、、。少しして最初にアシィシュが来た。ピデロップはどうしたんだ、彼はすぐにダッカ行きの飛行機に乗らなければ行けないので時間がない、、やばいな~今ここで合わせておかないと、、。

電話が鳴る!彼からである。選挙時期ということもあり、雨も手伝ってか渋滞がひどいらしい。

さらに少し時間が経過した。
来た!!よかった~

2人は簡単なあいさつの後、アシシュのほうから話を切り出す。過去の栄光というか、いつものパターンでこれまでのCSとの関わり、自分こそがCSバングラのパイオニアなのだといわんばかりのアシシュ。ずうっと静かにうなずきながら聞いているピデロップ。ひととおりアッシシュが話し終わると、こんどはピデロップが話だす。アシッシュをうまくリスペクトしながら、いかにCSの理念と活動に共感したか、そしてどういう思いで取り組んでいくかを、熱く語る彼に、最後は圧倒されたかたちのアシシュだった。

ピデロップは続ける。「ダッカから帰ったらすぐにでも、伊勢と決めたチャクマ族の村でブッダバンクを始める。だからアシシュさん、あなたにも協力してほしい」そして、是非ランガマティに来て、我々がこれまで取り組んで来た自立支援や試験農場などのプロジェクトを見てほしいと訴えた。
別れ際に二人は笑顔で握手をかわし、ピブロップは急いで飛行場に向かった。いい雰囲気で終わることができ、僕はうれしくて涙がでそうだった。

アシシュは僕に向かって一言「とてもいい人ですね」と。

…すべてが報われた気分だ…。

夜の最終会議まで少し時間があいた。しつこさに負けてアシシュが経営する携帯電話屋に寄ってみることにした。
大きなデパートの中にあり一生懸命館内を説明してくれるアシシュだが、こういう場所には興味がない。しかし幸運なことにフォトジェニックなストリートキッズ達がたくさんたむろしており、僕のニコンのシャッター音がしばらく館内に響き渡ることとなった。

…おかげで、いい写真が撮れた…。

夜アシシュ宅、バングラディシュを留守にしていた僧侶のシュモナジュティと言うメンバーの一人が昨日スリランカから帰り、今日初めてブッタバンク・プロジェクト委員会役員全員がそろった。

愛想のよい親しみやすいお坊さんという印象だ。彼は以前CSの支援プロジェクトで、アシシュ達と共にサイクロン被災者支援や炎上した村カグラチョリの修復作業などをしている。そしてこれから始める4箇所目のブッタバンク開設地の責任者でもある。
場所はランガマテ・ラジャストリ地区の、ナランギリボリパラ村90世帯。

ところが気になることがある。話を聞くと彼の村での返済方法は、年一回の一括払いだというのである! 
なぜなら収穫は年に一度だけ、それが年間の収入のすべてだからだ。基本的にそれぞれの地域のやりかたを尊重するのがブッタバンクなのだが、それにしても、ちょっとリスクが大きいのでは?

たとえば冷害や天変地異、さらには略奪などの被害で、返済が出来ないようなことになれば、借りた本人が苦しむことになる。ブッタバンクの精神は総合扶助であり、苦しめることは理念に反する。

返済を数回に分けたほうが、村人のあいだで、状況もわかりやすく助け合うなど、柔軟に対応できるのではと提案した。しかしスノモジュティ僧侶は、「自分がちゃんと見て回るから大丈夫」と自信ありげに言う…。
アシシュや、シャンガプリア僧侶も、大丈夫、大丈夫とあいかわらず軽い、、!お前らが一番大丈夫じゃないんだよ~と言いたい所だが…

まずはやってみないことには、と、とりあえずここは尊重することにした。

ここではふれないが一年後、懸念はみごとに的中した。

ひととおりの事務的な経過報告のあと、やっぱり!黒幕のシャンガプリア僧侶がしゃしゃり出て来て、うれしくない存在感を発揮し出した。「わしに何の相談もなしに新しい役員や開催地を決めた!」とか言って、えらい憤慨している。
「これは僕の意志で決めたことです。もちろん僧侶に相談するつもりでいました。」などといくら言っては見たものの、無視を決め込まれぜんぜん相手にしてくれない!
ひたすら吐き出すようなだみ声のベンガル語で巻き舌、いや、まくし立てている…

…この坊主完全に、ボウズ、いやボスのつもりでいる…

ミーティングが始まってからというもの、どの議題にも、とにかく口をはさんでくる。
…気の短い俺は、テンションがあがってきた!

それを察したかアウン「本来だれでも公平に受け入れるのがCS(四方サンガ)のやりかたである」と声をあげた。さらに「あなたさえよけ時期役員候補として、正式な役員には今後の活動を見て決めていくというのでは、どうでしょうか?」とすかさずボウズ、いやボスを立てて、話をまとめた。

正論である。こうなると誰も反対することは出来ない。僕が推薦したピデロップは、これで晴れてCSのメンバーとなった。
実はこのようにもめることは分かっていた。事前にアウンと、打ち合わせて妥協策を準備していたのだ。
正式な委員会役員に出来なかったのは、すんげ~残念だ!が、ま~しかたない…。それにしても、このボウズ、いやボスにはだれも逆らえないと見える。

 アシシュとボスは一心同体と言ってもいい。この関係はいつか必ずアウンを孤立させるだろう。ピブロップが要になる。必ず彼を役員に任命させバランスを取らなければならない。それが出来なければバルワの連中にいいようにされてしまうだろう…。

現実的にブッタバンクを理解し運営する能力は、あきらかに彼らにある。そうすることがバングラデシュで暮らす人々のためでもあると俺はそう思う。

話は変わるが、敬虔な仏教徒を自負するアシシュは、僧侶に対してだけはいつも異常と思える真摯というか、へりくだるというか、、。

日本の仏教とは異なる上座部仏教のビルマやバングラディシュの仏教徒にとって、僧侶の地位は極めて高い。

だからという訳ではないが、信者はお坊さんを見ると床に額をすりつけてお辞儀する。

日本人の俺から見ると土下座でもしているかのように見える。今では気にもとめないが、はじめの頃は異常にも見えた…。

…僧侶と言う存在が偉いのであって、その人間が偉い訳ではない。長く聖職についていると勘違いする輩もいる…。

話を会議に戻そう

会議も終盤になりアシシュが、今後に必要になってくることについて話があると言いだした。

でた!

…嫌な予感が…

まずはこれから運営にかかる経費をどうするのか?

やっぱり、、、金がらみ!…アシシュは顔をしかめもじもじ話し出した。金融業は基本的には違法であるゆえいずれ法的手続きする必要がる。そのためには資金が必要だ。と、、。

僕はためしにこう答えてみた。「その時が来れば日本からの正式なドキュメント類も多々必要になるだろうし、今の段階では法手続きに誰もいくらかかるかわからない。まだ始まってもいない今、その問題を話あっても仕方がない。必然的にその時期がくればやります。それよりも今は、ブッタバンクを成功させてください。」と答えた。

一同無言…やはり誰も具体的にいくらかかるかなんて知らないようだ…。

数日前、アウンが語っていたことが忘れられない。「伊勢、法的に認められさえすれば、俺たちは胸を張って堂々とこのブッダバンクの活動が出来るようになるんだ。」と目を輝かせながら語っていたのがとても印象的だった。ほんとうに早くその日が訪れてほしいものだ、、。

そのあと会議は最終サブジェクトへ。内容はAdminister (管理、運営、施行)とFinancier (財務、金融の管理)担当者の決定するのだとか!

アシシュとシャンガプリア僧侶、二人そろって「どうするイセさん、あなたが決めなさい」と迫られる俺!!「さあどっちだ?」

突然ふられてとまどう俺、そんなもん決められるか~役割分担なんか決める必要あるかい!…と、とりあえず「希望はありますか?」とか言ってその場をごまかした。

が、この2人図々しくも「我々は運営、管理を担当して、金銭に関しては、アウンがいんじゃないか」などとぬかしてきた!

…主導権は握り、めんどうくさい金に関しては、人にやらせると言う魂胆なのか…?こいつらに運営を任したら全てがお釈迦になるのは目に見えている。ん!釈迦を拝んでるからお釈迦、か、、、?

かといって財務をまかしたら自分達に都合のいい様にしか金を動かさんだろう。

どっちに転んでも、この二人に有利に働く。どうしても決めなきゃならんのならアウンとピブロップしかいない。しか~し、とてもそんなこと言える雰囲気じゃ~ない、、、せっかく場が和んで来たのに(汗)

「そんな大切なこと、僕一人にはとても決められません。帰って幹部と相談します」と、役人お決まりの逃げ台詞でなんとかその場をしのぎ会議は終焉したのだった。

そして最後はみんな仲良く握手、結びの言葉は…エブリバディハッピー…。午後7時半ミーティング終了。今回の僕の仕事はこれですべて終了したのだった。

そして、30分後のバングラディシュ時間夜8時から、まるでスケジュールを合わせたかの様に、サッカーワールドカップ日本チームの初戦、ジャパン VS カメルーン戦の試合が始まった。

俺たちはアシシュの日本の好物、ハウスバーモンドカレーを仲良く一緒に食べながら試合を観戦した。賞味期限を見るとなんと2009年6月!ちなみにこの日は2010年6月14日、、。

そして念願だったジャパンチームが初勝利!俺のバングラッディシュミッションの成功に花を添えてくれたのだった。

10時、試合終了。彼らの勝利を見届け、僕は11時発のダッカ行きの夜行列車に飛び乗った。

明日には、バンコク…冷えたビールにありつける…そして至福のタイマッサージ。

ナマスカール ミッションコンプリート

…帰国後わずか4か月、僕は再びこの地に舞い戻る事になる…