狼の見たチベット

第05回

パンダの住む四川省

 吾輩は狼である。ヒマラヤ山中で暮らしていた吾輩は、ナンパラ峠での虐殺を目撃しチベットに関心を持ちラサまで下りてきた。
 しばらくの間チベット自治区内でチベット人の暮らしや移住してきた中国人の様子を眺めていた吾輩だが、せっかく遠くまで来たので足を伸ばして中国本土にパンダを見物しに行くことにした。

 パンダと言えば、知っての通り今は普通ジャイアントパンダ、中国語で言う大熊猫(ダーシュンマオ)のことを指す。だが元々はジャイアントパンダよりも先にレッサーパンダの方が発見されていたため、パンダと言えばレッサーパンダのことだったそうだ。
 ヒマラヤに住んでた吾輩にとってレッサーパンダはおなじみの生き物だった。中国にだけ住むジャイアントパンダと違い、レッサーパンダには雲南省や四川省に住むシセンレッサーパンダだけでなく、インドやブータン、ミャンマーなどヒマラヤ地域に住むネパールレッサーパンダと呼ばれる亜種がいたからだ。実際、吾輩も何度か胃を満たさせてもらったものだ。
 パンダという名前自体ネパール語で竹を食べるものという意味の「ポンガ」という言葉に由来するとも言われているので、おそらくヒマラヤに住むレッサーパンダが一番最初に西洋人に知られたのではないかと吾輩は推測している。ちなみにレッサーパンダは英語ではレッドパンダやファイヤーフォックスなどと呼ばれているそうである。お前さんたちの国でも何年か前に動物園の立ち上がるレッサーパンダが報じられて人気を集めたことがあるので、これ以上詳しく話さなくても、レッサーパンダについてはお前さん達も良く知っているだろうからこのくらいにする。

 吾輩が見物に向かったのは、もちろん見慣れたレッサーパンダではなく、ジャイアントパンダの方だった。
 ジャイアントパンダの好物は竹だが、実はやつらの体は竹を消化するのには適していない。草食動物に比べて腸が短いため食べた竹から十分な栄養を摂取できないのだ。そこで奴らは一日中竹を食べることで栄養摂取の効率の悪さをカバーしている。
 普段は竹ばかり食べているが、時には小型の動物や魚、虫や果物等を食べる姿も目撃されている。また、しょせん熊の仲間であり、見た目と裏腹に気性が荒い一面があることも知られている。

 吾輩はパンダの住む四川省を目指しチベット自治区を後にした。パンダ見物が第一の目的であったが、少しチベットから離れたい気持ちも動機の一部にあったかもしれない。
 ところが、チベット自治区を離れて四川省内に入り込んだにも関わらず、吾輩は各地でチベット人たちの姿を見かけた。チベットに住めずに逃げ出してきたのだろうか?それとも強制的に移住させられたのだろうか?そんな考えが頭をよぎったが、今の目的はパンダである、気にせずにパンダを捜し求め駆けた。
 ところが、中々パンダの姿が見つからない。以前、遊牧民の家畜を捜し求めた時といい、吾輩の探し物はなかなか見つからない運命にあるようだった。
 乱開発で餌が減ったこと、道路で分断された結果、餌を捜し求めることや、つがいになる相手を見つけれないことのためパンダの数は激減していた。
 一個の竹林の竹は地下で全部繋がっている。その為、十数年に一度枯れる時は、数本の竹が枯れるのではなく竹林全体が枯れてしまう。自分が住む竹林が枯れた時に、違う竹林への移動を道路によって妨げられたパンダは飢えで死ぬことを余儀なくされるのだ。

 さて散々苦労したが、吾輩はようやく一頭の年老いたパンダと出会うことができた。噂どおり白黒であった。
 吾輩は、なんで白黒模様なのか?などという月並みの質問をする気満々で、ここまでやってきたのだったが、実際にパンダにあって口から出た質問は全然違うものだった。
「やあ、パンダ、ここに来る途中、チベット人の姿をやたら見かけたのだが、連中はいつごろこの辺りに来た?何のためにこんなところまでやってきたんだ?」吾輩は、パンダにチベット人のことを聞いていた。
 パンダは、吾輩の方を一瞥すると、さも吾輩が何も知らないのだなと馬鹿にするかのように語った。
 そもそも、この辺りもチベットだと。チベット自治区だけがチベットだと思っていたのかと。そもそもチベットのことを漢字で「西蔵」と書くではないか、今のチベット自治区はチベットの西半分に過ぎないのだと。
 吾輩は「西蔵」という言葉が、チベットの西半分などという意味ではなく、中国の西にある国という意味だと知っていたが、パンダの気持ちを損ねて話を止められてはいけないと思い、黙ってそのまま聞いていた。
 パンダは、吾輩のことを小馬鹿にするような視線を向けて話を続けた。パンダという奴は目の周りのクマがたれ目のようになってて優しげな印象があるが、近くで見ると目そのものは釣りあがっていて目つきはけっして良いとはいえない。
 パンダの話によればチベットは古来「チベット三州」と言って大きく三つの地域に分かれるそうだ。
 仏法の州であるウーツァン。中央チベットとも言われる地域で、チベット自治区と呼ばれている地域はチベット全体ではなく、このウーツァン地方だけのことだそうだ。
 人の州であるカム地方。チベット自治区東部のチャムド地区や四川省のカンゼ州とムリ県、雲南省のデチェン州などが、このカム地方に含まれる。
 馬の州であるアムド地方。青海省全域をはじめとして、甘粛省のケンロ州とパリ県、四川省のガパ州などがアムド地方に含まれる。

分割されたチベット4分の1

 チベット自治区は、チベットの一部に過ぎず、残りの地域は中国の複数の自治体に分割して組み込まれているということだった。 なるほど、それならばチベット人の姿を四川省で見かけたのも納得がいく。この辺りは昔も今もチベットなのだから。
 しかしながら、中国を代表する動物と言われるパンダの居住地すら、元々はチベットの土地で中国によって奪われたものだったとは、吾輩も驚いた。
 それどころか現在中国が公式に中国の領土としている地域の実に四分の一がチベットの土地ではないか。

コラムニスト
太田 秀雄
1971年福岡に生まれる。地元筑紫丘高校を卒業後、九州大学で生物学を専攻する。コンピュータプログラマを生業とする傍ら、いまだに学究心が捨てきれず大学に戻ろうと画策している。2008年3月のチベット騒乱を機にチベット支援に積極的に関わるようになり、国内外のチベット支援者や亡命チベット人達と広く交友関係を持つ。チベット支援をしているものの、別段中国の全てに否定的というわけではなく、とくに『三国志』や中華料理は大好きである。尊敬する人物は、白洲次郎、ホーキング博士、コルベ神父。