狼の見たチベット

第07回

蝕まれる水と大地

 吾輩は地球に優しい狼である。なぜなら、前回今回と環境について語っているからだ。
 しかし、何時の頃からか定着した「地球に優しい」という言葉、吾輩たちから見れば実に尊大としか思えない。
 いつも会うたびに隣人を10発殴っていた男が、隣人の怪我が酷いので殴る回数を8発ずつに減らした。
 そして男は自ら語った「ああ、俺は何て隣人思いの優しい男だろう。」
 人間の言う地球に優しいという言葉は、この男の言う優しさと大差なく思うのは吾輩だけだろうか。
 もちろん、それでも殴られる側からすれば回数が減らないよりはましだとは思うが。

 話は変わるが、チベット人と日本人には似ている部分があると言う連中がいる。
 もちろん違う部分も多いが、似ている部分の一つとして自然への畏敬の念があげられる。
 日本人は、古来、山を、森を、河を、自然の一つ一つを神として畏れ神聖視した。八百万の神々という奴だ。
 とはいえ、最近のお前さんたちには昔のような自然への畏敬の念は消えていっているように見える。
 かっては吾輩の同族のことを「大神(おおかみ、おおがみ)」と呼び、力強き自然の象徴としてまつっていたはずが、気がつくと害獣として狩り尽してしまった。
 また神聖な場所としてまつっていたのはずの山々に、幾ばくかの金を稼ぐために産業廃棄物を投棄するような輩までいる。
 この点チベット人たちは違う、彼らは山々への畏敬の念をいまだに失っていない。
 もちろん全ての山を神聖視しているわけではないだろうが、彼らは聖なる山々に畏敬の念を持ち、とても大事にしている。
 そもそも、平地が4000mもあるチベット高原に、さらにそびえ立っているような山だ、天にも届くという言葉がこれほど相応しい場所もない、神聖視するのもなるほど納得がいく。
 いずれ詳しく話すこともあるかもしれないがカンティセ山脈にあるカイラス山と呼ばれる山など、チベット仏教のいろんな宗派の本山の寺院よりも深い信仰を集めているようにさえ見える。
 元々、山を崇拝する信仰は、仏教以前の土着宗教であるボン教の時代にまでさかのぼるそうだ。よくもまあ、そんな昔からの風習がいまだに色あせずに息づいているものだ。
 仏教がチベットに広がっていく時、ボン教の神々の地である山々で、仏教の高僧たちは魔術合戦でそれぞれの山の神を鎮めていき、チベット全土が仏教国になったという話が残っている。
 もっともボン教の信仰が完全に消え去ったわけではなく、今でもカイラス山を巡礼する時、ボン教徒たちは仏教徒への対抗心から仏教徒たちと逆周りにカイラス山を回るそうだ。

チベットでの資源採掘に反対するロゴ←チベットでの資源採掘に反対するロゴ

 前置きは、このくらいにそろそろ本題を語ろう。今回はチベットの大地や水が蝕まれている話をする約束だった。
 大地を水を直接的に蝕むというのはどんな話か?察しの良い諸君らは気づいているかもしれないが地下資源の開発の話だ。
 チベットには豊富な地下資源がある。世界の埋蔵量の半分と言われるリチウムや、それには及ばないまでも世界最大の埋蔵量を持つといわれるウラン、さらにクロム鉄鉱や銅や鉄などの金属資源の埋蔵量もかなりのものと言われている。他にもアムド地方からは年間100万トンの原油が産出しているし、有望な金山がアムド地方だけでも8箇所稼動している。
 小難しく語っても、吾輩もお前さんたちも得をしないので、ざっくばらんに言えば、チベット各地に豊富にある地下資源を、中国人が適当に掘り返しまくっている。結果、廃水や粉塵で、土壌や水が汚染されている。それだけの話である。

 それだけの話であると言ったものの当事者達にとってはたまったものではない。
 吾輩がラサの東、ギャマという場所で見かけた話をしよう。
 ギャマでは20年も前から中国人たちが何か掘っているらしい。チベット人たちの会話に耳をそばだててみたものの、どうやらそこに住むチベット人達は、中国人が何を掘っているのか知らないようだった。
 吾輩が最初にギャマを訪れたのは2008年のことだった。当時吾輩は2008年の騒乱がチベットにどんな傷跡を残したかを見届けようとチベット各地を駆け巡っていた。駆け疲れた吾輩がギャマ・シンチュ川の水で喉を潤そうとすると、一羽の鳥が話し掛けてきた。
「狼さん、その水は飲まないほうが良いよ」
 吾輩は、木の枝にとまった鳥を見上げて何で飲まないほうがいいのだと聞いてみた。吾輩がどれだけ疲れ喉が渇いているのか、この鳥はわかっているのだろうか。
 鳥は答えた、中国人たちが鉱山の残留毒物を川の上流に投棄してるんだ。この村でもたくさんの牛が死んで、村人たちが嘆いているんだよ。
 吾輩は、あわてて、川岸から3mほど後退った。吾輩は飲み水もないような土地にいれるかと、ギャマを早々に後にした。
 吾輩が再びギャマを訪れたのは2009年の6月だった。あれから、あの場所はどうなったのだろうかという関心からだった。 けっして記憶力がなく、以前困った目にあった場所だということを忘れて通りかかったわけではない。
 見慣れぬ水路やパイプが、村の水源から鉱山に向かってひかれていた。そして川の水は枯れていた。
 パイプは昨年は耕作地が広がっていたはずの場所を通っていた。村人たちの嘆きに耳をすますと、それらの土地は何の補償もなく取り上げられたということだった。
 川の水だけでなく村の井戸の多くも枯れているようだった。村人たちの顔から渇きによる疲弊が伝わってきていた。
 6月20日、村人達は鉱山の中国人たちと衝突した。それは3人のチベット人に負傷をもたらしただけだった。

 ギャマで起きたのとと同じような光景がチベット各地でくりひろげられていた。
 そして、チベット人達にとっての被害は物理的なものだけではなかった。中国はチベット人の信仰の対象である山々でも、その下に有望な資源があれば他の場所同様に掘り返しているのだった。

 カナダにコンチネンタル ミネラル(HDI/Continental Minerals)という会社がある。チベットでの地下資源の採掘を請け負っている代表的な外国企業だ。
 この会社は、中央チベットのShethongmon において14年に及ぶ金・銀・銅の採掘を計画しているそうだ。
 鉱山はヤルルン・ツァンポという川のすぐそばにある。この川はチベット第 2の都市であるシガツェなど、多くの町や村の主たる水源となっている。この計画が現実になれば多くのチベット人がギャマの村人と同じ状態におかれることになる。
 多くのチベット人や支援者達がチベット本土やカナダを含む世界各地から抗議の声をあげつづけているそうだ。
 彼らがチベットの大地を守れることを、吾輩も切に願う。

 StopMiningTibet!
 Students for a Free Tibet(英語)
 http://www.stopminingtibet.com/index.html

コラムニスト
太田 秀雄
1971年福岡に生まれる。地元筑紫丘高校を卒業後、九州大学で生物学を専攻する。コンピュータプログラマを生業とする傍ら、いまだに学究心が捨てきれず大学に戻ろうと画策している。2008年3月のチベット騒乱を機にチベット支援に積極的に関わるようになり、国内外のチベット支援者や亡命チベット人達と広く交友関係を持つ。チベット支援をしているものの、別段中国の全てに否定的というわけではなく、とくに『三国志』や中華料理は大好きである。尊敬する人物は、白洲次郎、ホーキング博士、コルベ神父。