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点石斎画報/第1回

力攻北甯

◎頁三甲一《力攻北甯》

北甯之役中法叠有勝負其城之收復與否雖無確耗而戰績有可紀即戰陣亦可圖也此次法兵三路並進竊恐深山窮穀中遇伏驚潰乃布長圍以相因比會合奮勇齊驅一時煙焰蔽空雷霆不測地軸震蕩百川亂流而華軍已於前一日退守險要狐善疑而兔更狡總如善棄者之爭一先著耳

《力攻北寧》
北寧戦役は中国軍とフランス軍の勝負つかずの結果に終わった。フランス軍は三方向から進攻し、深山峡谷を通って北寧城下に迫った。彼らは重砲をもって攻撃し、一時は火炎が天に冲し、山も地も崩れ裂けるほどであったが、あにはからんや中国軍は1日前に北寧城から撤退し、山険の要害に依っていた。まさしく「狐は疑り深く、兎はさらに悪賢い」のである。

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点石斎画報について

平凡社のアジア歴史事典の説明によれば、「中国上海の漢字紙《申報》の増刊として1884年(光緒10年)以来発行された画報。旬刊で毎紙8図」とあり、また数年前に《大阪府立中ノ島中央図書館》で開かれた展覧会の説明には下記のようにあります。

「中国語新聞『申報』で有名なイギリス人アーネスト・メイジャーが上海で経営した申報館から1884年に創刊された旬刊の絵入り新聞であり、各号8葉9図で約15年間、528号をもって終刊となった。また12号毎に1集として文字記号が振られ、まとめて販売もされた。『点石斎画報』の名は「石を点じて金と成す(点石成金)」という意味をとって名付けられた申報館付設の印刷所『点石斎石印書局』にちなんだもの。 」

詳細は上記引用先のサイトをご参照下さい。

引用先/大阪府立中ノ島中央図書館 - 中国の絵入新聞『点石斎画報』展

ブログ本文執筆/徳澄雅彦

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