当Webコラム『燕のたより』でお馴染みの劉燕子さんによる警鐘文が本年1月14日付け「産経新聞」夕刊の文化欄に掲載されました。著者の許可を得て、追記を加えた全文をここに紹介いたします【集広舎編集室】

新疆ウイグル問題 「パレスチナ化」に警鐘

劉 燕子

1月14日付け「産経新聞」夕刊の文化欄

 2009年7月5日、北京から約3千キロ離れた中国北西部・新疆ウイグル自治区の中心都市ウルムチでウイグル人と漢人との間で流血事件が起きた。死者197人、負傷者は約2千人にのぼった。その記憶がまだ薄れることのない昨年10月28日、ウイグル人が遥か遠い新彊から北京へ車を走らせ、中国を象徴する天安門の毛沢東の肖像前に突入、車両炎上事件を起こした。中国当局は新疆ウイグルの分離・独立組織によるテロ事件と発表、ウイグル人5人を拘束した。
 中国において暴力的な集団抗議活動は続発、大型化している。中国当局はこれら抗議活動を単にテロと断定。「テロ=国際社会の共通の敵」というコンセンサスに便乗し、ウイグル人を分裂主義勢力、不法宗教活動、そしてテロリストというイメージに結びつけ、「取締強化」や「徹底鎮圧」の必要性と合法性を強弁している。しかし、これでは問題が解決しないばかりか、ウイグル族の不満は蓄積し、今後も爆発を繰り返すだろう。
 ウイグル族に限らず少数民族と漢族との対立は激化、中国当局はどこから手を付けていいか分からない八方ふさがりの状況にある。中国の作家で民族問題研究者の王力雄(おうりきゆう)氏は「高圧的な強硬手段は毒薬を飲んで渇きを癒やすような手法で、新疆における民族問題は既に臨界点に近づき、出口のない混迷に陥るという “パレスチナ化” の過程にある」と警鐘を鳴らす(『私の西域、君の東トルキスタン』集広舎・参照)。

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 日本人にとって新疆は浪漫や郷愁を誘うシルクロードの地域だが、今や中国の、いやアジアの火薬庫になりつつある。「新疆」という名称自体は元来、「新しい領土」という植民的な性格を示唆していた。また、「西域」も華夷秩序の漢人から見たもので、トルコ系イスラムのウイグル人から見れば「東トルキスタン」である。1933年と44年には独立が宣言されたが、大国のパワーポリティクスの狭間で潰えた。
 この新疆で、1949年の中華人民共和国建国時には、ウイグル族など先住民族は人口の90%以上を占めていたが、今では漢民族が40%以上にまで増えている。
 8つの国境線を持つ新疆に「建設兵団」という屯田兵が送り込まれ、それに伴い漢人が大規模に移住し、先住民を呑み込みつつ石油や鉱物資源を乱掘し、環境を破壊、伝統的な文化を踏みにじり、母語さえも失わせようとしている。中国には「民族区域自治制度」があるが、その名の下で分離・独立を封じ込め、一方で優遇政策を加味するが、弥縫(びほう)策に過ぎないため、少数民族も漢族もそれぞれ不満や怨嗟(えんさ)を募らせている。
 少数民族は「開発」による経済成長から排除され、格差は拡大する一方だ。教育で多少優遇されても就職で厳然と差別され、経済成長の恩恵を受けることもない。しかも日常生活、伝統文化、宗教、母語を守ろうとすればテロの烙印(らくいん)を押されるので、その結果、恐怖が社会を覆い、さらに恐怖が憎悪と結びつき、暴力に訴えては鎮圧されるという暴力の応酬、悪循環が進行しているのだ。

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 そんな状況下、王力雄氏は武力は解決につながらず、「対話」による民主化で多民族平和共存の方向に進むべきだと提起する。
 彼は専制体制が崩壊し民主化が始まろうとする転換期に、「爆発」が全面的に起きる可能性が最大になると冷静に現実を捉えている。つまり、専制体制ではテロや暴動を鎮圧できるが、それが崩壊すると暴力を抑えきれずに続発、その連鎖反応で全土へ危険性が広がると指摘する。天安門で燃え上がった炎は、その遠因になり得、決して見過ごすことはできない。
 中国では言論統制がますます厳しくなり、自由な「対話」も許されず、中でも民族問題はタブー中のタブーとされる。しかし、内戦や虐殺など大規模な流血を避けるためには良識ある漢人と少数民族の「対話」が不可欠だ。その対話実現に向け、アジアで民主主義をリードする日本の協力に期待を寄せる王力雄氏ら中国文化人が少なくないことを私は訴えたい。

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 付記:拙論が発表された翌日、15日午後、北京の中央民族大学のウイグル人学者、イリハム・トフティ氏が公安当局に拘束された。彼はウイグル人と漢人の「対話」に尽力していたが、彼のような存在さえ許されない状況は、いよいよ出口のない混迷が深まっていると言えよう。